躍動
学園にチャイムの音が鳴り響く。
6時限目の講義が終わり
周囲のクラスメイトが放課後の予定についての話題などで盛り上がっている。
グっと背伸びをすると大きなあくびが一つもれた。
今日は良い1日になった。
穏やかな風に吹かれながら講義の内容をBGMに、大半の時間雲を眺めることに費やせた。
完全に意識が飛んでいたときに、アスナからヘアゴムをぶつけられたのは誤算だったけど・・・。
爺ちゃんにバレたらどんなに怒られるだろうか・・・プロ格闘家渾身の一撃ならまだしも
アスナの放ったヘアゴムを後頭部にくらったなんて・・・。
そんなことを考えていると、いつものように和輝とアスナがやってきた。
「今日も相変わらずの脳天気だったな。
よっぽどテスト前に僕とアスナちゃんに絞られたいんだろうね。」
和輝がヤレヤレといったのオーバーなリアクションで話している。
「お兄ちゃん、今日現国の先生が、ここはテストに出すから覚えておくようにって
言ってたのちゃんと聞いてた?」
アスナは口調こそ優しいが、その顔はなかなかに不機嫌そうで笑っていない。
「え!?そんなこと言ってたの?・・・あ」
講義の内容ちゃんと聞いてたの?とくると思って生返事を返そうとしていたのだが、
テストと聞いて思わず本音で返してしまった。
二人からの冷ややかな視線に耐え切れず隼人の目は泳ぎ、身体は一回り小さくなったような印象さえ受ける。
「赤点とらないくらいの点数でいいから、俺はのんびりしたいんだよ・・・。」
追い詰められた隼人は開き直った。
「そうはいかないな。清十郎さんやさくらさんから、勉強を見てくれるよう頼まれている。
僕が見ている手前、赤点回避程度の成績で満足するなんてありえない!」
和輝はマジだ。
「私も何も学年で10番以内に入れなんて言わないから、半分より上くらいにはいてほしいな。
カズ君とゆっくり教えればお兄ちゃん飲み込み早いし、ちゃんとやれば出来るんだから」
アスナも心底心配している。
「僕も無理ならここまで言わない。」
「お兄ちゃん・・・。」
ここまで言われては隼人に勝ち目はない。
「・・・わかったよ。先生の話を聞くように努力します・・・。」
しぶしぶといった感じで隼人は肩を落としながらつぶやいた。
そのコメントを引き出せた二人は満足そうだ。
「さて、隼人への尋問も終わったし、今日俺は生徒会から用事を頼まれてるから、二人で帰ってくれ。」
「あ、そうなんだ。じゃあアスナ帰ろうか。」
それを聞いたアスナが何やら申し訳なさそうにしている。
「お兄ちゃんごめん。今日お友達と新しくできたお店見に行く約束してて・・・。」
なんだそんなことで気にしているのか。
「気にしないでいいからいっておいでよ。いくら脳天気な俺でも一人で家には帰れるよ。」
その言葉を聞いて二人がプッとふきだしている。
「隼人はどこかいかないのか?」
「うん、今日は爺ちゃんとの組み手だから、早く帰らないと。」
「なるほどな。じゃあ今日はここで解散だな。また明日」
そう告げると和輝は先に教室をでていった。
「じゃあ、私も友達待たせてるから行くね。」
「ああ。気をつけてな。」
アスナも長い髪をなびかせながらパタパタと教室を後にした。
「さて・・・。俺も帰りますか。」
立ち上がり教室を出ようとする隼人にクラスメイトから
「またあしたな~。」「隼人君バイバイー」なんて声があちこちからかかる。
それに答えながら隼人も教室を後にした。
一人で帰るの実は結構久しぶりなんじゃないか?
隼人は最後に一人で帰った時の記憶をたどるのだが鮮明に思い出せない。
道場での鍛錬が最優先事項なので、基本的に放課後は道場に帰って鍛錬をしている。
アスナと和輝は委員会に所属していたり、各々用事があったりするのだが、
不思議とあまり被ることがなく、どちらかと帰ることは多々あった。
たまには一人で帰るのもいいものだ。
隼人にだってたまには意味もなく遠回りして帰ってみたい時だってある。
今日は爺ちゃんが待ってるからのんびり帰ることはできないけど、
散歩がてら丘の上の桜の木を見に行くのもいいかもしれない。
そこから何も考えずにただぼーっと街並みなんかを眺めながら時間をつぶせたらいいなぁ。
なんてことを考えながら家への道を急ぐ。
学校から家まで半分の距離に差し掛かった時、
大通り脇の歩道からボールが車道の方に転がっていくのが見えた。
ここから100mほど先だろうか。
それを追って3、4歳くらいの女の子がつられて車道の方に向かっていく。
車道に目をやると一台のトラックがこちらに向かっているが
まだボールや女の子の存在には気が付いていないようである。
「あぶない!!」
隼人は思わず叫んだが、これだけ離れていてはあまり意味をなさない。
現に母親と思われる女性は今もおしゃべりに夢中で娘の状況に気が付いていない。
そしてボールと一緒に女の子は車道に出てしまった。
トラックは今更ブレーキを踏んでも遅いだろう・・・。
後に待っているのは間違いなく誰もが目を覆ってしまいたくなるような大惨事だ・・・。
隼人は目を瞑る。
俺はどうしたい?
その間違いない未来を見たいか?
そんな考えを即座に巡らせる。
違う。
俺は!
女の子を助けたい!!
その瞬間
隼人は駆け出した。
常人では決して間に合わない距離。
自分も危険だ、もう間に合わない・・・ダメだ。
そんな感情は一切ない。
全身の力をすべて使い切るイメージ。
隼人の眼の色がスーッと変わっていく
一点の曇りも無い綺麗な黒い眼から、何もかの吸い込んでしまいそうなそんな蒼い光に。
想像する・・・
自分のこの踏み込みで地球の軌道を変える・・・そんなイメージで・・・
蹴る!!
ドッ!!!!!!
と言う凄まじい音とともに周りの景色がスローモーションになっていくのがわかる。
後80m!!
トラックは女の子に気が付いて急ブレーキを踏んだようだ、
辺り一帯にキーーーーー!!!!という音が響き渡り、
人々の目が集まる、女の子は恐怖で固まってしまった。
母親と思われる女性はやっと状況に気付く。
まだだ・・・もっと・・・もっと!!!!
更にもう1段階ギアを上げる。
踏み込んだ力でアスファルトが割れた。
スローモーションの世界で自分だけが駆ける。
後60m!!
トラックと女の子の距離が縮まっていくスピードとは比べ物にならない速さで
女の子との距離を詰める。
でも・・・このままじゃ・・・
後40m!!
ここにきて先ほどの憶測が確信に変わる・・・。
このままではあと少し、あと少しだけ間に合わない。
常人ではついていくことすらできない辛く、苦しい鍛錬を物心ついた時から毎日積んでいる。
それは何のためだろうか・・・?
後20m!!
爺ちゃんや父さんの背中を見て育ってきた。
いつかはあの背中に追いつきたい。
そう思ってきた。
今のこのスピードは全盛期の爺ちゃんや今の父さんにも引けを取らないはずだ。
それでもダメなのか・・・。
助けられないのか・・・。
・・・。
・・。
・。
嫌だ!!
俺は爺ちゃんの背中に!父さんの背中に追いついて!!
追い越す!!!!
「届け!!!!」
叫んだ!!
何かが花開くような、そんなイメージが脳裏をよぎり、
身体の奥底から力が爆発したような感覚がある。
その時、隼人の前髪の一部が銀色に輝き
身体が先ほどの速度より更にもう一伸び躍動する。
蹴る!全力で地を
伸ばす!!全力で手を
届いた!!
トラックはもう目の前だ
刹那しかない時間にも関わらず不思議と女の子は隼人の眼を見据えている。
「もう大丈夫!」
隼人はそう口を動かすと女の子の手を取り、泣き叫んでいる母親と思われる女性めがけて
女の子を投げる。
もしかしたら擦り傷や打撲といった怪我をしてしまうかもしれない。
隼人は心の中でゴメンと呟いた。