008
土日を挟んで、合計四日間学校を休んだ。
一週間ぶりの登校だ。正直気持ちの整理はついていない。だがそれでも―――行くしかない。このままでは私は負けたことになる。
両こぶしを握りしめ、大きく深呼吸をしてから、わざと大きな音をたてて教室に入った。
その瞬間、全ての音が、止まった。
全員目が私を見ている。足がすくんで、動けなくなる。
チッ。
誰かが舌打ちをして、音が戻ってきた。私はうつむいて目を見開き、震えていた。
―――――…想像以上だ。
でもこれは、一日の始まりに過ぎなかった。
昼休みに教室に若菜先輩が来た。
そのまま連れ出してもらい、例の中庭のベンチで二人並んでそれぞれの弁当を突っついた。
「ねぇ、今までどうしてたの? 書類は?」
先輩の優しい声。二人とも弁当箱の中身をあらかた片づけたころだった。
言いたく、ない。なんて。
言えない。先輩に知られたくない、なんて、言ってられない。
「大丈夫? 言いたくないなら無理して言わなくていいよ?」
「先輩………」
先輩が私の肩を優しく抱く。私はふるふると首を振って先輩に体を預けた。
「家に、いました。書類は、もう、なくて………」
「え………?」
私はブレザーのポケットから、要項の破片を取り出した。細かく破られているけど、見る人が見れば十分分かる。
―――――これが、私の夢のかけらだって、事。
先輩が私の肩を抱く腕に力を込めた。かすかに見開いた先輩の唇が、細かく震えていた。
聞いたこともないような硬い声で先輩は私にささやいた。
「………誰が、やったの」
「クラスメイト、です」
先輩の顔が嫌悪でゆがんだ。それだけで、言わなければよかったと思った。
「ごめん、佳奈ちゃん…………」
「さっきの言葉、取り消す。教えて、全部、お願い――――何が、あったの?」
私はぎゅっと、目を閉じた。
血の味がした。
指先から、優しい温かさが伝わってくる。
手の平で包むように持っているマグに、時折息を吹きかけながら、私たちは熱いお茶を飲んだ。
放課後の家庭科室には、いつもと変わらない独特の静けさが漂っている。ここだけが、辛うじて安心できる唯一の場所だった。
―――じゃあ、放課後、家庭科室で。
―――来てくれる、よね………?
若菜先輩の、今にも泣き出しそうな顔を思い出して、私は目を閉じた。待ってるから、と言ったあの表情。
若菜先輩だって嫌だろう―――例え、他人の話とはいえ、こんな話を聞くなんて。
それを理解しながら、私は全てを、洗いざらい吐き出した。
引っ越してきた時の事、初めてできた友達が日和だった事、そしてその日和に裏切られてしまった事。
「裏切られては、……ないのかもしれません。日和がどんな気持ちだったかなんて分からないですし………。
でも、でも………」
「信じたかった?」
「……はい」
今日の昼休みの後も、大丈夫だった? と若菜先輩は聞いた。私は、先輩から目をそらし、伏せた。
「…………いえ」
ブラウスの袖をまくり、脇腹の辺りを先輩に見せる。たぶんそこには、
「…………っ………」
青黒い、あざが、あるに違いなかった。
「何これ、ひどい………」
「見えない所、狙って、けるんです。……先生とか、親にも、言えなくて」
すん、と鼻のなる音がして、私は驚いて顔を上げた。
いつの間にか、若菜先輩が泣いていた。
「え、あ、……せ、先輩?」
「ご、ごめんね、佳奈ちゃん……っ。私、全然、き、気付けなくって………」
「と、とんでもないです。私こそ黙ってて―――」
若菜先輩はぶんぶんっと首を振ると、わぁぁ、と声を上げて泣き始めた。
先輩は、何も悪くないのに。
ごめんなさい、先輩――――
「これからはなんでも相談のるからっ。佳奈ちゃんの力になるから。
ごめん、本当にごめん。私、全然分かって上げられてなかった……っ」
胸が締め付けられるようだったのが、だんだんとほぐれていく。
辛い気持が、だんだんと楽になっていく。
ああ――――――ここにいた。
私の事、思ってくれる、あったかい人。
溢れそうになる涙をのみこみ、私は顔を上げて笑った。




