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003

「はみにゃへんはい?」

「ちょっと佳奈。飲み込んでからにしなって」

「ごめん……、で、その神谷先輩がなんだって?」

「だからー、知ってる? って聞いてるの」

 私は少しの間考えた。……誰の事だろう。

「はー、その様子じゃ知らないんだね、かわいそうに」

 五月の、ぽかぽかとした陽の光を浴びながら、私たちは中庭のベンチで自前の弁当をつっついていた。

 日和は、見た目とたがわず、あけすけな性格だ。唯一、クラスの中で信頼できる、と言ってもいい。

 外は、いい。

 教室の、馬鹿どもが騒いでいる横で怯えていなくて済むから。

 それに、日和と二人っきりでいると、不満や不安を洗いざらい吐かせてくれるから、楽だ。……まあ、実際のところ、私は、クラスの中で『空気』だった。変に絡まれるのに比べたらずっといいが。

 やはり、どうしても戻りたい、と思ってしまう。

 あの、温かい空気の中に。


 私たちはよく、このベンチで他愛のない話をして過ごす。この時間が、一番、好きだった。

「サッカーMVPとりまくりの天才王子。成績優秀、眉目秀麗。ありえないよねー。世の中には何をやっても完璧、っていう奴がいるんだよ」

 そう言って日和は私の口にソーセージを突っ込んだ。

「ふぉぐっ……」

「ていうかさ、佳奈どの部活に入ったんだっけ? 部活でそーいう話でないの?」

「ん……ぐっ…そう、だね。出たことはない、かな……」

 ちなみに私は家庭科部だ。基本がさつな田舎者でも料理ぐらいはできるのだ。

「あ、ほら、あれ見て」

 日和が何かに気がついたように私をつつき、前方の渡り廊下の方を指さした。

「あの三人組の真ん中に居る人。神谷先輩」


 ざわり。と一瞬風が吹いた。


 ような、気がした。

 日和が指さした先には、背が高くて、襟足が少し長い男子生徒が友達と笑いあいながら歩いていく光景があった。日和が言うだけあって、すごいイケメンだ。

「あ、あれが………?」

「そう、神谷先輩」

 何故日和が胸を張る。

 日和は少し胸を張り、とん、と胸を叩いて見せた。

「ってあんたどうしたの」

 よほどとぼけた顔をしていたらしい。日和がわざとらしく私の目の高さでひらひらと手を振って見せた。

「ん………いや、なんでもない」


 神谷先輩、か。


 覚えておこう。

 私は大ぶりの卵焼きを口いっぱいに頬張った。



 神谷先輩の名前は、友希(ともき)というらしい。

 すこし気をつけてみていると、校内で神谷先輩の姿や名前はいたる所に存在していた。

 定期テストの成績優秀者の貼りだしの中に。『祝 東関東MVP』の幕の中に。あるいは、校長室の前に貼りだされた地域広報紙の中に。

 ………本当に、すごい人らしい。

 校内で、誤ってつまずき、階段から落ちそうになった女子生徒を助けている所に居合わせたこともあった。抱え込まれた彼女はひどく赤面していた。しかし、

 日和曰く完璧人間だからか―――それともただ鈍いのか。

 神谷先輩はどんなときにもさわやかな笑顔を見せていた。

 実を言うと、一階にある家庭科室からはグラウンドがよく見える。―――そして幸運な事にサッカー部と家庭科部の活動日は同じ曜日だ。

 ボールを追いかけて走るその姿は、ものすごくかっこいい。

 部活動中の神谷先輩と眺める事が最近お気に入りになってきていることは、私の小さな、


 秘密だ。

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