015
ひどく、世界がゆっくりになった。
指を鳴らしながら体格のいい男子が二、三人日和の後ろから出てきた。彼らは笑っていた。笑いながら、一人が私を羽交い絞めにした。一番体格のいい男子が固めた拳を振り上げた。
それを私は、他人事のように見ていた。
私は反射的に目を閉じようとしている。
拳が迫ってくる。
逃げようとする。
動けない。
そんなこと、分かっていた。
それでも私は――――――
――――――え…………?
それでも、迫ってくるはずの拳はいつまでたっても私を傷つけることは無かった。
ゆっくりと、私は目を開ける。
その拳は、鼻先五センチで止まっていた。
拳の主は真っ赤な顔をして、必死に拳を進めようとしている。だがそれを許さないくらいの強い力で、私を守っているのは、
神谷先輩だった。
「お前ら、何やってんの?」
甘い、低い声。確かに、先輩の声だった。
神谷先輩が、肘をつかんで、その拳を止めていた。
「まあ、大体分かってたけどね? そんなもんだろうよ、俺はな、こんなんだからさ、ブラジルでいろいろあったんだよ。
人間ってみんないっしょだねえ?」
なあ、そう思うだろ?
無表情のまま、先輩は言った。美しい顔をした人の無表情はこんなにも恐ろしいのかと思うくらい、その姿は私の知っている神谷先輩とはかけ離れていた。
はじかれたように私を羽交い絞めにしていた男子が私を離した。
「お前ら、こんなことして楽しいわけ?」
先輩が静かな声で話しながら拳の主を離した。違う。振り払った、と言う方が正しい。もんどりうって倒れたその男子は呻きながら神谷先輩を見た。
突然の学校のスター登場に、屋上にいるほとんどの人は状況を把握していなかった。そう―――――
私で、さえも。
どうして先輩はここに? 何で? 私はちゃんと断ったはず―――――あ。
そう言えば、場所を聞かれたのか。
でも、どうして…………?
目の前が、急に暗くなった。気がつけば、先輩の腕の中にいた。
「怖かったな」
「大丈夫だから。…………あとで、な」
先輩が耳打ちをする。―――今の状況を、理解できていなかった私は、ただ、困惑するこことしかできなくて。「ちょっと、目、つぶってて」
先輩のぬくもりが離れて。
目をつぶった私は、押し殺した悲鳴と、乱暴なドアの開閉音と、音の無い世界を聞いた。




