012
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます」
先輩から手渡された、タイ焼きを両手で包み込む。思わず崩れた顔を見られたか、先輩に笑われてしまった。
「なにどうしたの」
「………好きなんです。タイ焼き」
「あ、そう。俺も」
ほおばる。ん、うま、と先輩も顔をほころばせていた。
その横顔は、驚くほど整っている。―――――本当にこの人はいつでも楽しそうだ。
見ていると、本当にこっちまで楽しくなってくる。
あ、そうだ先輩。そう言えば私の三つ上ですよね? いつの間に一個上になってるんですか?
んー? 留年だよ?
え………
いや、嘘だって(笑) 同じ“留”でも、留学ね。二年間、ちょっとブラジルまで。
? またどうしてブラジルに?
ああ、ほら、あそこさ、サッカーの本場でしょ。知り合いにめっちゃえらい監督さんがいるからさ、連れてってもらったんだ。
あ、なるほど。じゃあ英語ペラペラですか。
ん。ソーソー。
…………ギャグ言うんですね。
「あ、そう言えば」
先輩が何か思いついたように顔を上げた。突然の事にびっくりする。「え、えっと、何ですか?」
「山本、明日の放課後、ヒマ?」
「あ、はい」
「明日、今日の木の下で落ち合わない? なんか、話足りないわ」
「………分かりました」
家の前まで送ってもらった。夕日が影を落とすアスファルトの上で、私たちは黙り込んだ。
じゃあ、これで。
それだけの言葉が、言えないままで、二人でうつむいていた。
………先に言えたのは、私だった。
「じゃあ、これで」
「うん」
先輩は頷く。うつむいたまま。
玄関への階段に、足をかけた。
「あ、待って」
甘い、低い、声。聞き覚えのある、声だ。
先輩の、声が、私を引きとめた。
「かな」
目を見開き、振り返る。
「は、……はい………」
「…………って、呼んでもいいかな」
「あ、はい……っ、も、もちろんっ!」
そんなに硬くならなくてもいいのに。
そう言って神谷先輩は目じりを下げた。
「じゃあ、ほんとに、じゃあね」
先輩が片手を上げる。
私も、おずおずと片手を上げて、ぎこちなく笑った。………ちゃんと、笑えていたかな。
ぽてぽてとゆっくり歩いていく、先輩の背中を見送った。その背中は、あの時と、まるで変わっていなかった。
変わっていなかった。
私の、ヒーローのままだった。
久しぶりに幸せな気持ちになって、私は笑う。
これまであった、いろんな事、全て忘れてしまえるほどに、先輩と出逢えたことが、
うれしかった。




