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同期がオトコに変わるとき  作者: 涼川 凛
3/4

豹変?

 週明け、いつも通りの時間に出勤すると、営業車にポスターを積み込んでいる真辺に出くわした。顔を見るのはひと月前の飲み以来だ。



「おはよう、真辺。早いね、もう営業に出るの?」


「ああ、今週中には済ませたいからな」


「そうだよね、ポスターたくさんあるもんね。じゃ、気を付けてね。いってらっしゃい」



 積み込み終わった真辺ににっこり笑顔を向け、社屋に入るべくエントランスに向かおうとすると、ガシッと手首を掴まれた。



「藤崎、ちょっとこっちに来い」


「は??」



 いきなり手首を掴まれて驚く間もなくぐいぐいと引っ張られ、どんどんエントランスから離されていく。


 私、まだタイムカードを押してないんですけど……。



 社屋と塀の間の庭というには狭い部分に連れ込まれ、塀に背中を押し付けられた。


真辺を見上げると、眉と眉の間にしわを寄せていて、ちょっと怖い。



 もしかして怒っているのだろうか? 私、何かしたっけ??



 ここ最近の自分の行動を思い出しても、真辺の逆鱗に触れるようなことは何もしていないはず。



「な、何? どうしたの、急に。こんなところに連れてきて、なんか怖いよ……?」



 長い付き合いだけれどこんな真辺を見るのは初めてで、恐る恐る訊ねると、彼はトンと塀に手をついてぐっと顔を近づけてきた。



「藤崎……見合い、したのか?」


「へ? そのことなの? まだ相手が見つからないの。だから探してもらってる最中。でも新たな方法を見つけたから、今度試してみるつもり。真辺こそどうなの? 噂聞いたよ。気になる子ができたんだって?」



 近すぎる真辺の胸の辺りを押して、何とか離す努力をする。


一生懸命押してると、塀についていた手を放して少し離れてくれた。



「……聞いたのか。真田だな」


「うん。その彼女の大山さんから聞いた。この間の飲みで私が言ったこと分かってくれて、実行してくれてるんだなーって、ちょっとうれしくなった」


「まあ、藤崎に言われたのもあるが、俺もそろそろ本気になろうと思っていたんだ。藤崎の言葉はきっかけに過ぎない」


「そうなの? でも好きな子見つけるの早かったね」


「本当は前からずっと気になっていて、少しずつアプローチはしていた。でもなかなか気付いてくれなくてな、かなり手強い」


「え、トップセールスの真辺でも苦戦してるの? というか、恋に営業は関係ないか。でもちっとも気づかないなんて、真辺のアプローチの仕方が下手なんじゃないの? 今までコクられてばっかりだったから、コクり方知らないんでしょ」


「そんなことねーよ。超絶鈍感なだけだ。ところで藤崎は今度の日曜暇か?」


「今のところは、なにも予定はないけど」


「じゃあ、俺の部屋に来いよ」


「え!? 私が真辺の部屋に? なんで?」


「なんでって……手伝ってほしいことがあるからだよ。朝9時A駅に迎えに行くから待っとけ。分かったな」



 私の返事も訊かずに、真辺は一方的に決めてスタスタと歩いていってしまった。



 手伝ってほしいこと? 一体何だろうか。



 ぼーっと考えていると始業前の音楽が鳴り始めていて、慌ててエントランスに向かう。


連れ込まれた場所はかなり遠く、全力で走る。



 もうっ、遅刻したら真辺の責任だ!


滑り込むように押したタイムカードは始業1分前で、ホッと胸をなでおろした。


 走ったせいでずれたメガネを直して息を整え、業務に勤しんだ。





 そして一週間が瞬くうちに過ぎた日曜日の9時少し前、私はA駅のロータリーに立っている。


真辺は動きやすい格好で来いと言っていたからカットソーにジーンズのスタイルだ。



 約束の9時になったころ、白い車がロータリーに入ってきて私の前で停まった。


助手席側の窓がスーッと開いて真辺が「乗れ」と言うので、素直に助手席に座る。



「手伝ってほしいことって、何?」


「片付け」


「どこの?」



 車は綺麗なマンションの駐車場に停まり、連れてこられた部屋には未開封の段ボール箱がたくさん置かれていた。どうやら引っ越したばかりのようだ



「ここ、新築? 匂いが新しいね。それに広いね?」


「そうか? 1LDKだぞ。ま、その気になりゃ、ふたりで暮らすこともできるがな」


「そうだよね、リビングも部屋も広いもの。ふたりくらいは余裕だよね」




 リビング部分だけでも12畳くらいありそうだ。部屋の方も10畳はありそう。ひとりで暮らすには広すぎる気がする。


 もしかして、彼女ができたら一緒に暮らすつもりで引っ越しをしたのだろうか。


真辺が今度するのは本気の恋だもの、結婚前提という考えもある。



「わあ、眺めもいいじゃない」



 リビングの窓からは何も遮るものがなく、かなり遠くの方まで見渡せる。



「あ、あれは総合公園じゃない? 夏の花火大会もここからならきっと見えるね!」



 つい、子供みたいにはしゃいだ声を出してしまう。


毎年、ドーン!という低音だけ聞こえる私の安アパートとは雲泥の差だ。


こんなところは家賃も高そうだなどと、所帯染みたことを思ってしまう。



「藤崎」



 すぐ後ろからささやきかけるような声が聞こえて体温も感じ、はからずもゾクゾクと震えて首をすくめる。


そっと振り返ると真辺が至近距離にいた。


ふっと笑いかけてくる顔は妖艶で、瞳が潤んでいるようにも見える。



「……藤崎?」



 飲みの時ならともかく、真昼間からそんな色気を出さないでほしい。


不覚にもドキドキしてしまい、後ずさりをしつつ「何?」と訊くと踵が窓のさんに触れた。



 真辺の腕がすっと伸びてきて、また退路を阻まれると思った瞬間、背後の窓がカラカラと開けられた。ひんやりとした風がひゅうっと部屋の中に入る。



「……今日は何をしに来たんだ?見物か?」


「いえ、お手伝いです」



 しかも、有無を聞かれることなく決められた強制的な。



「じゃあ、始めるぞ」


「はい」



 そこかしこに置かれた段ボールを開封して中身を確かめ、真辺の指示を受けながら片付けていく。


私は食器や本などの小物類を、真辺は衣類関係を担当して、ふたりして片付けていくとお昼にはすべてのものが所定の位置に納まった。


 お腹が空腹を訴えたときに真辺が頼んだ出前のお蕎麦がきて、ふたりでテーブルを囲んだ。



「思ったよりも早く終わってよかったね」


「そうだな。ありがとな、助かった」


「うん、どういたしまして。じゃあ私の役目は終わったし、もう帰るよ」


「ああ送っていく」



 マンションから出て車に乗り込む。


軽快なポップスをBGMにして走り出した車は、何故かETCのゲートを潜ってスピードを増し、乗用車やトラックをどんどん追い越していく。


道路上の看板には隣県まであと数キロと表示されていて……どこに行くんですか。



「あの、真辺君? ちょっといいですか? 私のアパートからどんどん遠ざかっている気がするのですが」


「当然だ。寄り道してるんだからな」


「寄り道?」



 これが? 高速に乗ってする寄り道なんて生まれてこの方聞いたことがない。



 高速運転中の真辺は真剣な顔をしていて、声をかけづらい。


それになんだか下手に逆らってはいけない気がする。


機嫌を損ねたら、サービスエリアでおいてきぼりにされそうだ。


なんといっても鬼畜なのだから……。



 やがて車は高速を降り、大自然の中にある『わくわくふぁーむ』というファミリー牧場に着いた。



「真辺君、随分盛大な寄り道ですね?」


「たまにはいいだろ? ノンビリしようぜ」


「のんびり……そっか、そうだね」



 新緑の間を吹きわたる風が気持ちいい。こうなったら、思いきり楽しもう。



 わくわくふぁーむの中はミニブタとウサギが放し飼いになっていて、子どもたちがエサをあげたりして自由に触れ合っている。


 あのエサはどこで手に入れたのだろうと見まわすと、エサの棚があって、並べられたお皿には小さくカットされた野菜がのっていた。


代金は貯金箱みたいな四角い箱に入れるらしい。



「エサは100円なんだ」



 私も専用のエサを買うべくバッグからお財布を出していると、後ろから伸びてきた手が箱の中に硬貨を入れた。


チャリンと金属的な音がして、エサののったお皿を一つ取って私に渡してくれる。買ってくれたんだ。



「……ありがとう」



 真辺と一緒に手近にいるウサギにエサをあげてひとしきりたわむれたあと、ふぁーむ内をゆっくり散歩する。


手作りソーセージやパン作りの体験教室があって、時間を見ると本日は終了となっていた。


それにここは宿泊施設があって温泉もあり、真辺が「温泉に入るか?」と訊いてきたけれど、とりあえず止めておいた。



 ひとまわりした後売店でソフトクリームを買って、人通りのない芝生の上に座って食べる。


空を見上げると飛行機雲が線を描いていた。


こんな風に日曜日を過ごすのはいつ以来だろうか。



「ありがとう、真辺。ちょっとびっくりしたけど、こんな素敵な寄り道だったらいつでも大歓迎だよ」



 いつでもと言っても、どちらかに恋人ができるまで、だろうけど。


考えてみれば飲み以外で真辺と出かけたことなんて、今まで一度もなかった。


これが最初で最後かもしれない。



 話しかけたのに反応がないので隣を見ると、彼は目をつむっていた。



「真辺、寝てるの?」



 ポンと肩をたたいたら体がこちらに傾いてきた。


思わず身をのけぞると、ゆっくり倒れてきた頭部が私の膝の上にポテンと乗った。



 春のそよ風に吹かれ、少し長めの髪がさらさらと揺れる。



 男のくせにまつ毛が長くて肌が綺麗。


 こんな至近距離でじっくりと真辺の顔を観察するのは初めてだ。


最近は妙に近づいてくるけれど、いつもドキドキしてしまって、まともに顔を見て話せないから。


毎回平気なふりをするのが精一杯。そんなこと、真辺は知らないんだろうな……。



 風に揺れる髪をそっとなでてみると、思ったよりも柔らかかった。


こんなところで平気で寝てしまうなんて、きっと疲れているのだろう。


繁忙期に向けて営業はすごく忙しいから。



 だけど日が当たっているとはいえ夕暮れに近くて、このまま眠っていると風邪をひいてしまう。


よく眠っているから本当は起こしたくないけれど。



「真辺、起きて」



 何度か肩をたたいていると、小さなうめき声を出してゆっくりと目を開け、パッと体を起こした。



「あー悪い。寝ちまっていたな……そろそろ帰るか」



 帰り際に寄ったわくわくショップで、真辺は大きなウサギのぬいぐるみを買った。多分、気になる子にプレゼントするのだ。



 そのあとは帰路につき、真辺オススメのレストランで夕食を済ませた。


地元に帰ったのは夜の9時頃、今日は一日中真辺と一緒にいた。



「今日はありがとう。思わぬお出かけで楽しかった」



 A駅に向かう途中でお礼を言うと、彼はアパートまで送ると言い出した。



「ずっと運転してて疲れたでしょ? 駅でいいよ」


「いいから場所を言え」



 何度断っても「送る」と言うので、甘えることにした。



「あのアパートか?」


「うん、ありがとう」



 アパート前の駐車場まで来たので、お礼を言って降りようとするとパッと腕を掴まれた。



「藤崎、前に言ってた『別の方法』って何だ?」



 一瞬なんのことかわからなかったけれど、すぐに塀での出来事を思い出した。


あのとき、別の方法を見つけたって話したんだった。


 内緒にしてもいいけれど、腕を放してくれない真辺の様子が、すごく知りたくてたまらなそうで……。



「それはね、市主催の婚活パーティだよ」


「市の?……行くのか」


「今度募集があったらそうするつもり」


「俺が、行くなと言ったらどうする?」


「ど、どうって……あの、真辺に、そんなこと言う権利はないと思う」


「権利か……そうだな」



 真辺が顔をゆがめたのと同時に腕から手が離れたので、その隙に急いで車から降りる。


 逃げだすように走ろうとすると、背後から「藤崎!」と名前を呼ばれた。



「受け取れ!」


「は?」



 振り返るのと同時に大きな包みが放物線を描いて飛んできたので、必死で受け止める。


 え? これって、まさか・・・。


 大きな包みを抱えたまま、走り去っていく真辺の車を呆然と見送った。




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