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同期がオトコに変わるとき  作者: 涼川 凛
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ウワサ

 そんな飲みの夜から一ヶ月ほどが経ち、飲料水メーカーの支社である職場には繁忙期が訪れようとしていた。


これからどんどん温かくなっていくと、飲料水の需要がぐんぐん高まるのだ。


営業である真辺は外を飛び回り、総務課にいる私は繁忙期の影響をそれほど受けずにいるため、忙しい他部署に応援にいくことがある。



 今日は営業課に来て、販売店舗に配る夏用ポスター作りの手伝いをしている。


ポスター作りと言うと、デザインから考えるの?と思ってしまうけれど、出来上がっているポスターを一枚ずつクルクル巻いて輪ゴムで留めるだけの簡単作業だ。


 

 本社から送られてきた段ボール3箱分のポスターを全て丸める。


営業事務の大山さんと田村さんと私、三人寄ればかしましいとは昔からよく言ったもので、手も動くけれど口もよく動く。


会議室の大きなテーブルの上に丸めたポスターを積み上げながら、仕事の愚痴から社内の噂まで話がどんどん広がっていく。


専用の折り畳み式のケースに丸めたポスターを入れながら、大山さんが思い出したように「そういえばさ」と言った。



「ねぇ聞いた? 真辺さんのこと」


「どんなこと?」



 田村さんが手を止めずにすばやく応えると、大山さんは私の方を見た。



「あ、藤崎さんは知っているかな? 真辺さんと仲がいいもの」


「え、何も知らないけど……なんかあったの?」



 首を傾げて訊ねると、大山さんは一重の目を丸くした。



「あ、知らないの? 藤崎さんにはなんでも話してるイメージだったんだけどな」


「なんなのよ、もう! もったいぶらないで早く言いなさいよ!」



 田村さんが焦れったそうに体を上下に揺らして急かすと、大山さんは少し声を潜めて「真田君から聞いたんだけど」と前置きをした。


 真田君というのは、営業課にいる大山さんの彼氏のことだ。



「真辺さんって今フリーじゃない。つい最近、営業先の事務の子にコクられたんだって」


「またぁ? 真辺さんってほんと、そういう話多いよねー。で、また付き合い始めたの? フリーなら、まず断らないって噂だよね」



 いくらイケメンでも見境がない人って本当にイヤだーと、田村さんが飽きれた声を出した。


営業課の女子の中で真辺は「遊び人」と位置付けられていて、手を出してはいけない男になっていると言う。


自分から行動することはないとはいえ、あの鬼畜さは遊び人とされても仕方がない。



「それがさ、断ったらしいの。その理由がさ、“気になる女がいるから”だってー! あの真辺さんがだよ?」


「うそー!? 気になる女って……コクられたの断るとか、気になるっていうよりも“好きな女”ってことじゃないの? 信じられないー。あの真辺さんが? ね、それって、誰なの!?」


「分かんない。けど真田君がしつこく訊いたら、メガネをかけてる人だって、それだけ教えてくれたんだって。きっと理知的ですっごい美人なんじゃない?」


「メガネかけてる人?っていうのは……」



 ポスターを丸める作業をぴたりと止めて、田村さんが私をじーっと見ている。


何を考えているのだろう。確かに私はメガネをかけているけれども……。


すると、大山さんまでポスターを箱に入れる手を止めて私を見た。


ふたりの顔が「お気の毒」とでも言いたそうに歪んで見える。



「まさかふたりとも私だと思ってる? やだぁ、私なわけないじゃない。真辺にとって私はただの飲み友達で、ストレス解消の相手でしかないよ。この間会ったときは、そんな素振り一切なかったし。メガネ違いだよ」



 手をぶんぶんと横に振って「あり得ないから!」と何度も言うと、ふたりはホッとしたように顔を緩めて「そうだよねー」と言った。


 それからはほかの社員の噂に話が移っていき、小一時間ほど経つと、20畳ほどの会議室の中は丸めたポスターを入れた箱で床が見えないほどに埋まってしまった。


 これを全部真辺たち営業が配って回るのだ。考えただけで気が遠くなる。



「お疲れ様でした。藤崎さん、ありがとう」


「どういたしまして。またお手伝いに来ますから、いつでも呼んでください」



 大山さんたちにお疲れ様でしたと言って、会議室の前で別れる。


今日はすごいニュースを聞いてしまった。


鬼畜真辺に好きな人ができただなんて、まさかの出来事だ。


もしかして、この間の飲みで私が言ったことを気にして実行しようとしているのだろうか。



 それにしても、好きな人を見つけるのが超素早いではないか。


どこかで電撃的な出会いをしたのだろうか。


それならきっと営業先の人だろうけど……でもあの真辺が?


にわかに信じがたいけれど、情報源が真田さんなら真実なのだろう。


 

 マズイ、このままだと真辺に先を越されてしまう。


色気だだ漏れの彼にコクられて、落ちない女子はそうそういないだろうから。


私のささやかな夢『ごめーん、彼と約束があるの(ハート付)』が霧のように散っていく……。



 そうだ、お見合い相手は見つけてもらえたのだろうか。


あの翌日に電話しておいたのに、全然音沙汰がない。


 

 家に帰ったら早速実家に電話してみようと決め、そのあとの業務を速やかにこなした。





 アパートに戻って荷物を置くのもそこそこにして、スマホを取り出す。番号表示は母のスマホだ。


1か月前にスマホデビューしたとうれしそうに語っていた母の性格ならば、料理中だろうと何だろうと肌身離さず持っているはず。



「もしもし、お母さん真奈美です。今いい?」


『いいけど料理中だから手短にね、なに?』


「この間頼んだお見合い相手のことだけど、見つかった?」


『それが、まだなのよー。だって真奈美の条件がキツイんだから、いくら百戦錬磨の仲介人さんだってなかなか見つけられないのよ』


「え、キツイって言っても、年齢が上下3歳差までで、お勤めが私と同県の人ってだけじゃないの」



 なにもイケメンでなければダメとか背の高い人がいいとか、外見の条件を言ったわけではないのにどこがキツイというのだろうか。



『それが両方キツイのよ。3歳差っていったら25から31歳まででしょう。その歳でお見合いをしようという男性はなかなかいないらしいのよ。しかもそっちの地区だなんて、テリトリー外だから余計に難しくて。条件に合えば誰でもいいってわけではないし、妙な事情のある人だったら真奈美も嫌でしょう』


「それは、そうだけど……」


『とにかく探してもらっているけどあまり期待しないで、真奈美も自力で探す努力をしなさい。出会いがなければ婚活パーティに行くとか方法はいっぱいあるでしょう。こっちの進展があったらすぐに連絡するから』


「じゃあ、引き続きお願いしますと伝えて。じゃあよろしくね」



 通話を終了させたスマホを握って固まる。



 そうなのか……条件を満たす相手がいないとは、まったくの予想外だった。


ネットに出てくる婚活サイトのCM見てる限りは、結婚相手を探している男性は世の中にごろごろいるものだと思っていたけれど……。



 どうしよう、自力かー。結婚相談所に登録してみるのもいいけれど、すごくお金がかかるイメージがある。


もっと経済的な方法はないものか。



 うーんと悩んでいると、手の中にあるスマホがブルルっと震えた。


画面には懐かしい名前が表示されていて、胸を弾ませながら出る。



「はい。藤崎です」


『佐々木です。真奈美、久しぶりー』


「おひさしぶりですー! どうしたんですか?」



 電話は1年くらい前に寿退社された先輩からで、赤ちゃんが生まれたとの報告だった。


よかったら顔を見に来てくれない?と言うので、土曜にお邪魔することになった。



「赤ちゃんかあ、いいな……そうだ、お祝いを買わなくちゃ」



 それからは婚活のことはひとまず置いておき、お祝いには何を購入するのがベストなのかネットで検索して過ごした。




「いらっしゃーい。どうぞ」


「お邪魔します。あ、これどうぞ、お祝いです。あと、ケーキも」


「うわーありがとう。気を使わなくてもよかったのに。今ミルク飲んだばかりで寝てるけど、どうぞ見てあげて」


「はい。じゃあできるだけ静かに……わあ、かわいいーっ」



 綺麗にお掃除されたリビングにはベビーベッドが置いてあり、そこに赤ちゃんがすやすやと眠っていた。


手も顔もすごく小さい。透き通るような薄い肌にぷくぷくしたほっぺ。


そばにいるとミルクのにおいがほんのり漂ってくる。


まさに天使という言葉がぴったりで、見ているだけで幸せな気持ちになってくる。


これが母性本能というものなのかな……。



「いいですね。赤ちゃんって。育児は大変ですか?」


「夜中に起きたりして大変だけど、可愛いから大抵のことは我慢できちゃう。どうぞ、こっちに座って」


「ありがとうございます」



 おしゃれな花柄のティーセットとマカロンをテーブルに置いてくれたので、美味しくいただく。


 おしゃべりは旦那様の愚痴という惚気と赤ちゃんを産んだ時のエピソードを話してくれて、聞いてるだけで参考になったり面白かったり、結婚って大変だなと思うけれどもうらやましくなる。



「ね、最近どう忙しい? 彼氏できた? 真辺君とはどうなったの?」



 三つも疑問符がついていてどれから答えたらいいのか迷うけれど、佐々木さんにとっては最後の質問が重要そうなのでそれから答えることにする。



「どうもなってないです。相変わらずの飲み友達です。しかも、彼に好きな人ができたらしいんです」


「うそぉ、そうなの?私、真奈美とくっつけばいいのにって、ずーっと思ってたんだけど。彼って将来有望だし結婚相手にいいと思うよ」


「やだ、冗談止めてくださいー。あんな鬼畜なモテ男が彼氏だなんて絶対嫌です。どこが結婚相手にいいんですか」



 そうなのだ。どこが結婚相手にいいのだ。


抱ける程度には好きとか、来る者は拒まずとか、あんな考えの持ち主ではすぐに浮気されてしまう。


そんなのは御免だ。私一筋の男でないと。



「鬼畜って、それひどいなあ。あははは。でもそうか。真奈美が嫌がってるからダメなのかー。残念だなあ。それで、彼氏はできたの?」


「できてないです……。真辺より先に恋人作って見返してやりたいんですけど、合コンもいい出会いがなくて、なかなか……何かほかに出会いの方法ないでしょうか?」


「そうねぇ、あ、そうだ。市が主催してる婚活パーティに参加してみたら? 参加費もリーズナブルだし。たしか、春の公報に載ってて……」



 ほらこれ、と差し出された『市民だより』のページには、満開の桜の木の下で笑顔で話してる男女数人の写真が載っていた。



 写っているのは私と同年代くらいで、紙コップを持っててみんないかにも楽しそうだ。



「『お花見婚活~桜の木の下で出会おう!~』こんなのやってたんですか。知らなかった」


「真奈美は公報を取ってないでしょ。結構頻繁に開催してるから、市のサイトをチェックするといいわ。なんなら、今度いつするのか問い合わせてもいいだろうし」


「ありがとうございます」



 募集要項を見ると、参加費も1000円程度と安い。これは今度募集があったらぜひとも参加しなければ。



 赤ちゃんを見て幸せな気持ちになり、いい情報もゲットでき、佐々木さんに心底感謝しつつお暇をした。







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