六:動物を操る者
…疲れた。
「人を愛して関係を持つのではなく、身体を愛して関係を持つ…。虚しい遊びだよね」
無機質に立ち並ぶビルの群の中の公園。本来ならば平成に生きるはずの香樹華凛は、平安から平成に帰ってきていた。隣には幼馴染の男子……望月永夜がいる。
「お前の能力が仇になった…そういうわけか」
平安時代で山吹と別れた華凛は、あの不思議な小屋に帰らずに平成へ戻ってきていた。そしてこの少年、永夜にこのことを洗いざらい打ち明けていたのだった。彼は華凛が時間を操れるのと同じように、生き物の身体を操り、会話をすることができた。人にありえない能力を持つ二人はお互いのことを深く信用し、昔から仲が良かった。
「で、どうする?山吹ってやつに会いに行くか?」
「……」
考えあぐねている華凛の心境を察して、永夜はそれ以上何も言わなかった。ただ、公園に人気が無いのを確認して、そばに寄ってきたスズメに光を帯びさせただけだった。指にとまらせたそれに微笑みかけてから華凛の肩に乗せると、スズメは肩を軽く突いた。それに催促されるように、華凛が立ち上がる。
「…行く」
「そうこなくっちゃ。あ、もちろん俺も連れてけよ」
永夜を伴い平安時代に再び訪れた華凛は、山吹の邸の前で躊躇っていた。
「どうした?早く入れよ」
「…黙ってて」
「いたぁっ⁉︎」
乙女心のわからない永夜に平手打ちを食らわすと、華凛は山吹から貰った書物を胸に押し当てた。覚悟を決めて、静かに門を開ける。
「山吹…?華凛だけど…」
おずおずと呼びかけると、微かに笛の音色が聞こえた。庭の方からだ。
「山吹?」
彼女の名前を呼びながら、永夜を連れて庭へと足を進める。…そしてそこにいた山吹の姿を見て息を呑んだ。
「「…っ?」」
永夜も同じく声が出ないようだ。
二人に気づかない山吹は、紅色の扇子を二枚持ち、舞を披露していた。取り巻きの宮仕えたちは口々に囁き声で彼女を賞賛し、なんて幻想的なのと言い合っている。先ほど聞いた笛の音は、顔立ちの整った男性が演奏しているものだった。山吹とどんな関係なのかはわからないが、かなり高貴な身分であることはその佇まいから見て取れた。山吹は丈こそ短いながらも美しく重ねられた十二単をなびかせ、ゆっくりと自身の舞を吟味していた。
「でも、どうしよう…」
いくら書物を持っているといっても、娯楽を楽しんでいる人の輪の中に分け入るのは気が引けた。その時、永夜が木の枝にとまっている小鳥たちを目に留めて言った。
「待ってろ。いい考えがある」
彼が両手を目の前に差しのべ何かの歌を小さく口ずさむと、彼らは磁石に引かれるようにそこへ集った。永夜が歌をやめるときには、手の上には青やら桃色やらに光輝く蝶が飛んでいた。何匹もの蝶たちは、永夜の示すまま山吹の方へ向かい、扇子の動きに合わせてひらひらと飛んだ。永夜の策略どおり、山吹は舞をやめて蝶を見た。周りの人々もこの不思議な虫をぽかんと眺めている。
「これは…?」
山吹が呟くと、蝶は列を成して永夜の方に戻ってきた。山吹と永夜、そして華凛の目が合い、取り巻きの視線は、あどけない少女の持っている書物と光蝶のとまった少年の腕に注がれた。感情を持たないはずのもう一人の少女の瞳が、憂いと驚きを含んで揺れる。
「華凛…?それと…あなたは?」
山吹のほっそりとした指は永夜を指していた。
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