六話 隣国、フェストースへ。
儀式の翌日。俺たち四人の勇者は、国王であるルイナ=ガッダリオンに謁見の間へと召喚された。その具体的な理由は聞かされてはいないが、悪いものではないらしい。
「勇者殿、よくぞ来てくれた」
迎え入れたルイナ王は、『外向けモード』だ。昨日の、そこらにいる爺さんではない。
「何か用事があると聞いた。勇者への要件ってことは、戦か?」
「いや、そうではない。もっと平和的な話であってな」
ルイナ王が右手を挙げて合図を送ると、そのそばに居た兵士が俺たちの前までやってきて、大きな紙を広げた。薄茶色のその紙は、地図だ。
昨日も見せてもらったその地図だが、それが一体、要件に何の関係があるというのか。
「今、勇者殿がおられるガッダリオン……その王都フィロフィスの位置を」
地図を持つ兵士とは別の兵士が、長く細い棒でその一角を示す。今いるのは、その場所。王都フィロフィスだ。
そして、王の指示でその棒を、ゆっくり横へと移動させる。ジグザグに引かれた線を越えたところを見るに……ガッダリオンの隣国だ。
「隣の国……フェストース、か? そこで何かあるのか?」
ガルアース公用語で綴られているのは、フェストースという文字。三百年前にはなかった国だ。
「勇者の交流だ、ハクハ殿」
「交流……ああ、そういうことか」
俺が一人納得していると、他の三人は理解できず、頭上にはてなマークを浮かべていた。
「どういうこと?」
「現地勇者だよ。俺たちみたいな異世界の勇者じゃなくて、ガルアースの勇者だ」
そう言うと、明と十島は理解したようだ。水城が納得していないのは……もう少し説明が必要だったか。
勇者というのは、何も、異世界から召喚されるものだけだというわけではない。三百年前、俺が勇者をやっていた頃にも、ガルアース出身の現地勇者というものが選定されていた。俺の『四代目』という肩書きは、あくまでも『異世界勇者の四代目』という意味であって、そこに現地勇者は含まれない。
それを選定したのが、今でいう、フェストースというガッダリオンの隣国なのだろう。そこにいる現地勇者との交流を図るため、俺たちをここに呼び出したのだ。
それだけ説明すると、水城は漸く理解した。あぁ、あぁ、と一人で頷いている。
「それで、行くのか、来るのか?」
「それが……」
問えば、ルイナ王は何やらばつが悪そうに口を噤んだ。
「……少々、プライドの高い勇者でな。こちら側から勇者を向かわせる、という条件付きだ」
「ああ、いるよな、そういう勇者」
とはいえ、戦力が増えることに越したことはない。こちらから向かえば交流をしてくれるというのだから、そうする他ないだろう。
聞けば、フェストースまでは馬車でおよそ三日。馬車で、なら。
「分かった。すぐに向かう。ただ、その間に新しい予知が出ないとも限らない。予知者アリアは同行できるか?」
「元よりそのつもりだ。彼の者も同行させる」
「助かるよ」
既に、予知者アリアはフェストースへ向かう準備を進めているらしく、もうじきそれも整うようだ。今からここを出れば、馬車ならば三日後には向こうの国へ到着できる。
時間もそう多く残っているわけではない。出発も、早いほうがいいだろう。
「と、いうわけだ。フェストースという国へ行くことになった。特に持っていくものもないから、今すぐにでも出発しようと思う」
謁見の間から離れ、今後の予定について三人と話し合おうとした。 しかし、それを水城が止めた。
「ここから馬車で三日もかかるんでしょ? そんなにかかって大丈夫なの?」
確かに、三日という時間は大きい。幸いにして、王都フィロフィスは国境から近く、また、勇者がいるフェストースの王都リガロアからも近いため、それだけの期間で済むが……二ヶ月、約六〇日あるうちの三日を潰してしまうわけだから、それなりの損失だ。
まあ、本当に三日かかってしまうなら、の話だけど。
「ああ、馬車なら三日かかる。ただ、ウチには馬より速く走れる奴が、俺含め二人いるからな」
ニヤリと笑うと、同時に、明と十島の二人が水城の顔を見た。
「……ねえ、まさか私?」
「ちょうど都合の良いことに、人力車を持ってる。全力で走れば半分以下で済むよ」
「聞いてる!?」
「良い訓練だ。諦めろ」
後ろで文句を言う水城を他所に、予知者アリアを迎えるため彼女のいる客室へと向かった。
扉を叩くと、奥から声が聞こえ、ガチャリと扉が開かれた。
「お待ちしておりました、勇者様。フェストースへ向かう準備は整っております」
「ああ。こちらも整った。すぐに向かうが、いいか?」
「かしこまりました」
部屋から出てきたアリアの荷物は、小さなカバン一つ。まあ、観光に行くわけでもないし、着替えと金があれば足りるのだろう。
アリアと三人を連れ、王城を後にし、王都フィロフィスを出ると、王からもらった小さな地図を開いた。
この地図で言えば、フェストースの王都リガロアは、フィロフィスの南。方角はあっている。
「あの、水無月君……人力車って、どこにあるんですか?」
「ああ、今出すよ」
空間魔法で収納空間を開き、ゲートを下向きにして地面に『それ』を落とす。
そいつは、人が引くために作られた人力車。見た目は馬車と大差ないが、御者台も何もない。前面に大きな丸い球が付いているだけだ。
「そんな大きなものまで入ってるのか……で、どうやって引くんだ?」
「このベルトを着けて走るだけだ。重たいがな」
収納空間から、さらに二つ、同じような丸い球が付いたベルトを取り出した。
これらは対になっており、ベルトを着けて魔力を流せば、馬車とベルトを繋ぐ魔力の綱が形成される。ただそれだけを形成するだけなので、大した量の魔力も必要としない。魔力量が減った俺や、扱いに慣れていない水城にはうってつけの道具だ。
ただ、これが一般に普及していないのには、そこに明確な欠点があるからだ。
とにかく……重たいし、疲れる。それに、馬車の方が『本来』は速い。
「ほれ、水城。走りたいだろ? 陸上部ってタイヤ括り付けて走ったりするじゃないか」
「それサッカー部だし……タイヤと人じゃ重さが違いすぎるでしょ」
ごもっとも。
「それに、二人でもこれを引っ張るのは無茶すぎない?」
「二人?」
「え?」
水城は何か、勘違いしているようだ。この人力車、同時に二本の綱は出ない。一人でしか引けないってことだ。
「引くのは一人ずつだ。その間、一人は休憩」
それを伝えると、見るからに引き攣った表情になった。
「……本気?」
「本気」
どんどん青ざめていく。昨日はあんなに走りたがっていたというのに、今日は嫌がるだとか、よく分からない奴だ。
「ここからフェストースってとこまで、何キロくらい……?」
「何キロある?」
俺も詳しくは知らない。アリアに聞けば分かるだろうと、横にいた彼女にそれを聞いた。
「およそ、五〇〇から六〇〇キロほどです」
「じゃあ、一人三〇〇弱だな」
「さんっ……」
何。気合いで今日の夜までに向こうに行くとして、今が大体朝の一〇時。日没まで九時間ほど。時速六〇キロ強程度の速さで走り続ければ到着できる。高速道路よりも遅い。
その代わり、人四人を載せた車体を引かねばならないが。
「大人しく、馬車で行かない……?」
「三日もかかるのかって聞いたのは水城だろ。魔法でちょっとは軽くなるから、腹くくれ」
ううぅ、と水城が泣き崩れる。口は災いの元だ。泣きたいのは俺だって同じだよ。疲れるし。
乗っているだけでいい三人は、水城を哀れんでか、彼女の背をさすっている。俺が敵みたいになっているけど……最速で向かうためには仕方のないことなのだから、許してほしい。
さて。では、向かうとしようか。お手本として、ここは俺から引くとしよう。
「出発するから乗れ。中にシートベルト付けてあるから、ちゃんと回せよ。揺れるから」
「え、そこまで……?」
今度は十島と明の顔が引き攣る。
「整備されてない道を高速道路走るよりも少し遅い程度で走るんだ。軽いジェットコースターだぞ」
「……私、怖くなってきました」
「俺も……」
唯一、地球のものでたとえを出されたがために理解できなかったアリアだけは、その無機質な表情を崩すことはなかったが、後に……吐く。