四話 訓練開始。
「ミナヅキ様。他の勇者様方をお連れいたしました」
「ああ、ありがとう」
兵士に案内され、他の三人が修練場内へとやってきた。とは言ったも、俺が案内されたのも、ほんの数分前だ。
兵士たちの修練場は城に隣接するように建てられていて、やはり大人数で訓練するためか、かなりの広さで、丈夫な作りになっているようだった。ここならば、多少暴れたとしても問題はない。
兵士に連れられやってきた三人は、なんとなく、いつもよりも真剣な表情に見えた。
「白羽……」
「「水無月君……」」
明と十島、水城の声が重なって。
「「「ここ、異世界だよ!!」」」
「お前ら人の話聞いてたか」
三人は呑気にも、城の中を観光して回っていたようだ。まあ、呑気な連中だ。仕方ないか。勇者って言われても実感ないだろうしな。
特に、水色の髪をバッサバッサ揺らして飛び跳ね、興奮している水城の様子は側から見れば相当ヤバい。
「水無月君、凄いよ! 兵士さんガッシャンガッシャンだし、剣とか槍とか壁に飾ってるし!」
「……水城ってこんなキャラだっけ?」
「あ、佳奈ちゃん以外とオタクなので」
「あっはい」
十島のカミングアウトに、俺は頷くしかなかった。
おっと。流されそうになった。
「っつうか、違うって。そうじゃないって。違うから」
俺は飛び跳ねる水城の頭上に小さな空間の塊を生成して、強制的に止める。丁度、頭を打って痛がるくらいの位置に。これくらいの魔法なら、力が衰えても可能なのだ。
「どうしたんだ、白羽。深刻な表情して」
明は俺の雰囲気がいつもと違うことに気が付いたのか、一度咳払いをしてからそう聞いた。
「事は俺が予想していたよりもまずい。正直、魔王に勝てるかどうかはお前ら次第だ」
そう言うと、三人は途端に静かになった。特に水城。
この三人も、そこまで厳しいものだとは思っていなかったのかもしれない。その原因は、元勇者であるという俺がいたからだというのが一番だろうが、それより何より、このファンタジーな世界に浮かれていたからということもあるだろう。
勿論、危険な世界だということは分かっているはず。それは、ここに残るとこいつらが決めた時、嫌という程説明した。
けど……まあ、実感はわかないもんだよ。
「俺たち次第、か……白羽の昔の仲間、っていうのは?」
「それは長くなるから後で。取り敢えず、今日から訓練を始める。準備はいいか?」
「準備も何も、私たちも残るって決めたんだもん。戦わなきゃダメじゃない?」
「はい。私たち、勇者ですから」
その心意気や、よし。
俺は収納空間を開き、そこから木製の剣を三本、杖を三本、盾を三枚取り出し、それぞれ1セットずつ三人に手渡した。
「三人はまず、どんな力を得たのか確認しないとな」
勇者を召喚する儀式において、元が空っぽな異世界人には、世界が強制的に中身を補充する。それが大抵、強力な力だったりするわけだが、それが何なのかは実際に使ってみるまで分からない。
「やっぱり、凄い力とか、宿ったりするの?」
「本来の勇者召喚の儀式ならそのはずだ」
「でも、どうやって確かめるんですか?」
「んなもん、数撃って確かめるに決まってんだろ」
「要は分かるまでやれってことか」
その通り、と頷くと、三人は各々武器を取って訓練を始めた。訓練、というほどのものでもないが、それは仕方ない。
明はまず、剣を手に取っていた。何か直感的なもので、剣に惹きつけられたのか、目の前の何もない空間を見つめながら素振りを繰り返している。
水城と十島は杖だ。一人で訓練する明と違って、二人はあーだこーだと話し合いながら試行錯誤を繰り返している。
こればっかりは、三人にどんな力が宿っているか、俺にも予想がつかない。
物理か、魔法か。
攻撃か、支援か。
できれば、攻撃と支援、バランス良く現れてくれると助かるんだが、贅沢は言うまい。何せ、この三人に、魔王の討伐が懸かってるんだからな。
十分ほど訓練をしたところで、水城がふと何か思いついたように『あっ』と声を上げた。
「因みにだけど、水無月君の力は何だったの? その、ぐにょーんってやつ?」
ぐにょーんってやつは多分、空間魔法のことだと思うけど。語彙力。
「いや、違う。これは人から教わった魔法でな。コツさえ掴めば、三人も使えるようになるよ」
「へー……じゃあじゃあ、何だったの?」
「実は……勇者時代に使えなくなっちゃってさ」
「使えなく? なんで?」
「色々。でも、初めてその力だって知ったのは、『こういうことができそう』って認識した時だったよ。参考になれば」
勇者になって手に入れた力。言い方は悪いが、それは才能と似ている。
何だか、上手い絵が描けそうな気がする。
何だか、歌が上手く歌える気がする。
何だか、高く跳べる気がする。
才能っていうのは目には見えないが、認識するのは案外可能なものだ。そういう『できそうな気がする』っていう感じから、魔法や力の発現は始まる。
水城はそのアドバイスで何かコツを掴んだのか、ウンウンと唸っている。
「こういうことができそう、か……」
すると、何故か杖を地面に置き、その場に屈み込んだ。自分の足をさすりながら、顔だけこちらに向けてくる。
「私、何だか速く走れそう?」
そう言う水城の両脚から、少しだけ魔力の流れのようなものが見えた。魔法だ。
「そう、その感じだよ。そのまま、自分の中にある力を、外に出す感じで」
うんうんと頷き、自分の中にある魔力を必死にひねり出そうとする水城。こちらに来た段階で魔力は宿っているはずだから、きっと、意識さえすれば魔法は自ずと発動する。
読みは当たった。水城は突然、爆発的なスピードでその場から消え去った。
「うひゃぁぁあ!?」
「水城ぃっ!?」
そして、音だけが少し遅れて届いた。俺が叫んだ頃には時すでに遅し。水城は修練場の壁に、逆大の字にめり込んでいた。リアルで見るの、初めてだ。
「あいたたっ……」
もがいて壁から脱した水城。そんな彼女の両脚を覆うように展開されていたのは、魔法だろう。彼女の髪と同じ、水色に近い鎧のようなもの。ただし、脚だけ。
「水無月君、なんか出たぁ!」
「出たな」
水城のあれは、恐らく装備型の魔法。脚を覆う鎧で、速度を上げたのは、水城が陸上部であることと関係がありそうだ。
すっ飛んでいった水城を心配して、十島が小さな歩幅で走っていく。ゆっくり起こされた水城は、鎧の分、身長が伸びているように見えた。
「うわあぁっ凄い! 魔法魔法! ファンタジー最高ぉぉおっ!!」
「落ち着けよ」
ぴょんぴょんと水城が飛び跳ねるたび、床が少し振動する。このまま放っておいたら丸ごと崩壊してしまいそうな勢いだ。
剣を振っていた明は、一足先に魔法が発動した水城を見て、自分の手元に視線を落とした。先を取られたのが悔しいのか。比較的ゲーマー気質に近い明らしい。
「水無月君。佳奈ちゃんのあの脚は、凄いんですか?」
水城と共に戻ってきた十島がそう聞いてくる。
「見た目では分からないけど……なんか凄そう」
「水無月君でも分からないの?」
「見たことない魔法だな。まあ、能力は想像がつくけど」
身体能力の強化だとか、そういうものだろう。恐らく、水城は肉弾戦がメインの武闘家系の道に進むことになる。危険の多い役目だが、致し方ない。そこは、他でカバーしてやればいい。
しかし、これは意外というか、何というか。一番最初に能力が出るのは明かと思ったが、意外にも水城だった。予想が外れたか。
「十島と明はどうだ?」
「私は……まだちょっと」
「何か掴めそうな気がする。今日はこのまま自主練じゃダメか?」
「能力の把握ができなきゃまともな訓練なんてできないし、そのつもりだよ。頑張れよ、明」
明は頷いて、再び素振りを始めた。剣道とか、そういうものはやっていなかったはずなのに、妙に様になっているのはゲーマーだからだろうか。
「私は?」
「水城はその魔法に慣れるところから。今から俺と一緒にランニングだ」
そう告げると一気に水城の顔色が明るくなる。そんなに走りたかったのか。それとも、魔法の力を試したかったのか。陸上部だから、案外前者の可能性も高そうだ。
「じゃあ、私たちはここで練習を続けますね」
「ああ。……そうだ、これ、渡しておくよ」
再度収納空間を開き、奥の奥から小さな緑色の指輪を三つと、赤色の指輪を一つ、取り出した。三人には緑の指輪を、それぞれ一つずつ渡す。
三人がまじまじと見つめるその指輪は、決してアクセサリーの類ではない。
「これは?」
「この世界じゃ携帯は繋がらなくてな。それに念じれば、一方通行だけど俺にシグナルが届く。何かあったら使ってくれ」
シグナルリング……と、俺は勝手に呼んでいる。受信用と送信用があり、三人に渡した緑のリングは送信用。反対に、俺が今つけた赤いリングは受信用だ。
非常に便利なもので、送信用の緑のリングを嵌めて念じれば、受信用の赤いリングが反応する。逆方向は無理なので、あくまでも一方通行だけど、俺から三人に危険シグナルを送ることはない。三人が何か危ない目にあった時、俺に知らせることができれば十分なのだ。
とは言っても、無制限というわけではない。ある一定以上の距離が離れてしまえば使えないし、指輪を奪われれば悪用される可能性もある。リスクもつきものだが、まあ、便利なものに変わりはないので、そこは我慢する他ない。
三人は渡された指輪を、それぞれ指に嵌める。
「念じればいいんですか?」
「何なら、一度試してみてくれ」
そう言って、十島が目を瞑り、指輪に何か念じるような動作を取ると、俺が左の小指に嵌めている赤いリングが発光する。ちょっとした電流もどきのようなものも流れてきて、どうやらちゃんと作動することが確かめられた。
「そう、そんな感じ」
十島は念じるのをやめ、ほへーっと気の抜けた返事をする。
「分かった。何かあった時は使うよ」
「でも、くだらないことでは呼び出すなよ。心配するから」
「白羽じゃあるまいし。心配ないよ」
どういう意味だお前。
……まあ、いいか。
「取り敢えず……水城、ゴー」
「おー!」
渡すものは渡して、伝えることは伝えた。一先ず、水城に発現したあの脚鎧の性能を確かめに、ちょっと外を走ってくるとしよう。