三話 時は再び動き出す
やることは多かった。300年も経過してしまったガルアースの地形その他諸々の把握。昔の仲間の現状。そして、現れたという魔王の情報収集。とても一朝一夕には終わらないが、やることを絞っていけばそれなりに短い期間で終わるはずだ。
何よりもまず急ぐべきなのは、やはり300年前の仲間たちを再び集めること。現状、明、水城、十島の3人は戦力としてカウントされていない。国の兵士たちの中にも多少の実力者はいるだろうが、相手が強力な魔王となれば話は別。期待はできない。
ともなれば、やはり、俺が四代目勇者だった頃の仲間を集めるのが手っ取り早い。
そのはずだったが……これは、どうにも難しそうだった。
「……何だ、この地図」
兵士から渡された地図を机に広げると、そこに描かれていたのは異常なまでに奇妙な異世界の大陸だった。勿論、地球のそれとは全くの別物だが、俺の記憶が正しいとするなら、これは『300年前のガルアースの大陸』とも別物だ。
別物……と言うよりも、必然的に欠けているものが多すぎる。
300年前。つまり、俺が一度目に召喚され、勇者をしていた頃のガルアースには、五つの種族がいた。
俺やルイナ王のような、一般的な人間。
屈強な肉体と、獣の特徴を持った獣人。
長命且つ魔法に長け、あまり他種属との関わりがない妖精。
龍と人という二面の姿を持った龍人。
遥か遠い昔の大戦の影響で、他種族から忌み嫌われていた魔人。
そう。大きく分けて、この五つの種族がいた。それ即ち、それだけの数、大陸があったということだ。
中央大陸には人間。
西の大陸には魔人。
東の大陸には龍人。
北の大陸には獣人。
そして、大樹ユグドラシルの麓で暮らす妖精。
四つの大陸と天をも貫く大樹。これらでガルアースは形成されていた。
だが、この世界地図では、その殆どが欠けている。残っているのは中央大陸らしきもの。形状はほぼ変わっていないから、これは確実だろう。
「なあ……この300年で、何があった?」
「……そうか。勇者殿のお仲間は、多かったのじゃったな」
どこか言いづらそうに、ルイナ王は口ごもる。
「紅蓮の魔王じゃよ。あの魔王は、世界を隔絶する力を持っておった」
「世界を……隔絶?」
隔絶とはつまり、世界自体を分けてしまうということだが。
いや、まさか。
嫌な予感がした。前回も勇者を召喚したのだというから、今回もそれに則っただけに過ぎない。そのはずだ。
「……まさか、勇者を召喚したのって」
ルイナ王は静かに頷くと、重々しく口を開いた。
「ガルアースは三つに分かれてしまったのじゃよ、勇者殿」
それから、ルイナ王は世界がこうなってしまった原因を、文献と共に色々と説明してくれた。
200年前に現れた魔王、紅蓮。元は小さな村で生まれたレイスという少年だった彼は、ある日、自らに宿っていた膨大な魔力に押し潰され、死に絶えた。
しかし、その数日後、レイスは生き返ったのだ。膨大な魔力は彼の力となり、彼の肉体を魔王のそれへと変化させた。そして、紅蓮の魔王となった。
紅蓮の魔王としての力の本質は『分断』や『隔絶』。そのあまりにも強力すぎる魔王を討伐するため、この国の前身であるとある国の王は勇者を召喚した。
が、結果は芳しくない。勇者であっても紅蓮を完全に討伐することは叶わず、封印するのがやっとだった。魔王は、封印される直前、残っていた隔絶の力を使い、このガルアース内部を三つに分断した。
五つの種族が三つに分断されたため、どこかの種族は同じ世界に分断されたことになるが、それがどの種族なのかは定かではない。それ以降、人間たちは他種族との関わりを失ってしまった。
「最も非力な人間たちは、他のどの種族とも違う、この世界に……閉じ込められてしまった、というのが正しいかの」
説明を終えたルイナ王は、苦虫を噛み潰したような表情になった。それは、俺も同じだ。
強力すぎる魔王。勇者であっても、封印が限界だったとされる魔王。もしもこれが、仲間の支援を受けられる状況ならば、まだマシだったかもしれない。
「……じゃあ、俺たちは、文字通り俺たちだけで魔王を倒さないといけないってわけか」
「そういうことじゃ。正直……絶望的な状況なのじゃよ」
俺と、明と、水城と、十島。この召喚された四人の勇者で、魔王を倒さねばならない。
話によれば、当時召喚されたのは少女が一人。一人で封印ができたのだから、戦力的に考えて、討伐だって可能なはずだ。
だが、その封印だって、他種族の強者たちの支援があってこそ。支援を受けられない俺たちだけでは、厳しいのかもしれない。
そして、何より————、
「もっと悪い知らせがある」
俺は手のひらに魔力を集め、お得意の空間魔法を使い、その場に小さな亀裂を作り出す。
本来ならば、その亀裂は広がり、他の場所へと繋がる大きな亀裂を形成するはずなのだが——それは、小さく歪むとそのまま消えてしまった。
「俺は……以前ほど強くないらしい」
そう告げると、ルイナ王は酷く驚いたようだった。
「俺が元いた世界ってな。魔法とかそういうものがないんだ。だから、必要のないものは排除されて、向こうの世界に最適化されたみたいだ」
使わないものは廃れ、使うものが伸びる。向こうでは魔法というものが存在せず、使わなかったがために、肉体が魔力や魔法を不要と判断し、最適化した。その結果、俺の肉体は、以前ほどの力を発揮できなくなっている。
この感覚で言えば、大体全盛期の二割から三割程度の力が使えれば良い方だろう。完全に元に戻すためには時間がかかる。早くて半年、遅くて一年弱くらい、か。
「……そのことは、他の三人は?」
「いや、俺もさっき魔法を使った時に知ったばかりだからさ。不安にさせたくないだろ?」
魔装転換の魔法はそれほど技量と魔力を必要としない。だから、止まることなく発動された。だが、やはり違和感はあった。嫌な予感はしていたんだ。
それを三人に伝えたとしたら……まあ、心配するだろう。だから伝えなかった。俺はあくまで、あいつらを安心させる存在でなくちゃならない。
椅子に深く座り直し、ルイナ王と二人して情けない声を上げた。何から何まで最悪すぎる状況で、一体何をどうすればいいって言うんだろうな。
「一つ確かめたいんだけどさ。紅蓮の魔王を倒せば、分断された世界は元に戻るのか?」
「分からん……前例が無いのでなぁ。戻るかもしれんし、戻らないかもしれん」
「でも、倒さないことには先には進めない、か……」
まったく、先が思いやられる……。
「勇者殿……すまんの」
「いいよ。今回は俺がいるし、知識はある。魔王の封印が解ける前に、三人を鍛え上げる」
方法としてはそれくらいしか思い付かない。三人を今の俺より少し強いレベルにまで押し上げ、俺自身も全盛期の力を少しでも取り戻す。そうすれば、多少なりとも勝機は得られるはずだ。
そうなると……まずは訓練のための場所が必要だな。いつもなら空間魔法で作ってしまうんだけど、今の俺には到底不可能な芸当だ。
「この城か、町の中か、訓練ができそうな広い場所ってあったりするか?」
「ふむ。兵士たちの修練場があるのでな。準備ができたら案内させよう」
「今すぐにでも頼む。想像よりも急いだ方が良さそうだからな。ああ、あと、三人も呼んでおいてくれ」
ルイナ王が兵士にそれを手配させている間に、俺は空間魔法の収納空間から、小さなペンダントを引っ張り出した。魔力量が減ったからか、収納空間はかなり狭くなっており、中に入れたものが非常にごちゃごちゃしていて苦労した。
そのペンダントは、ある妖精からもらったプレゼントだ。300年前、確かに愛していた人だ。こっちに来た時、すぐにでも会えると思っていたけど……、
「……リオーネ。もう少し時間、かかりそうだ」
再びペンダントを仕舞い、兵士に案内を頼んだ。