表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

二話 少年少女の選択

 俺のカミングアウトに衝撃を受けたのか、ルイナ王は口をポカーンと開けていた。開いた口が塞がらないってか。


「お主が……かの勇者じゃと?」

「ああ、そうだ。四代目勇者ハクハ。紛れも無い本人だよ」


 ガルアース暦500年頃に、『四代目』の勇者として活動していたハクハという男。それが、俺自身だった。水無月白羽という名前。こちらで活動する際には、こちら流に『ハクハ・ミナヅキ』としていた。勇者ハクハの名はそこからだ。


「ちょ、白羽、何言ってるのさ……」

「少し静かにしててくれ、明」

「えっ、と……」


 前に出て俺を止めようとした明を、言葉だけで止める。まさかそんな風に返されるとは思っていなかったのか、明はそのままで固まってしまった。今は、明の対応をしているような時ではないのだ。


紅蓮の魔王(ルウスボルデ)、とか言ったっけ。そいつは強いのか?」

「……かつて現れた時には、今と同じように、勇者が召喚されたと伝わっておる。それでも、封印が限界だったと」

「なるほど。よっぽどの敵だったってわけか」


 大体の危機なら、この世界の人間でどうとでも出来る。魔王が復活すると言っても、それが底辺クラスの魔王であったなら、わざわざ召喚など行わなかっただろう。

 それを行ったということは、つまり、相手がそれだけの敵だったということだ。かつても勇者として異世界人を召喚したらしい。その勇者が紅蓮の魔王(ルウスボルデ)を封印したんだろうか。


 と、ここまで『勇者が召喚されたらやばい危機』と言うのにも理由がある。異世界人を召喚するという失われた魔法には、ある一つの特性がある。それは、対象に『力』を与えるというもの。元々魔力を持たない俺たちだ。例えば、中身が入っていないペットボトルがあるとしよう。外側から力を加えれば、簡単に潰れてしまうだろう。まさにそんな状況で、魔力という中身を持たない俺たちが、この世界にそのままの状態で来ると、そこら中に漂う魔力で押し潰されてしまうんだとか。

 だから、予め力と魔力を与える。そうすることで、俺たちはこの世界に降り立てるというわけだ。これ、呼んだ異世界人が元から魔力や強い力を持っていると、何もないらしい。あくまでも『対象が召喚直後に死なないようにするため』の措置であって、対象を強くするためのものではないんだとか。


 そして、これが何故『異世界人=強い』に繋がるのかというと。この召喚魔法が与える力の殆どが、今のガルアースでは考えられないほど強力なものであるからだ。失われた魔法であったり、光をも超える速さであったり、色々。もちろん、それを得たからといって強いというわけではないが、やはりその可能性は高くなる。


 そんな召喚を行ってまで、『封印』という結果に落ち着いた魔王、か……。前に召喚された時(・・・・・・・・)に仲間だった、エロ服龍神やら母性マックス妖精王、不死鳥ならぬ不死筋肉辺りが戦えばどうとでもなったとは思うのだが、不死筋肉野郎はともかく、龍神と妖精王はあまり外とは干渉しない主義だからな……。


「……分かった。手を貸すよ、ルイナ王」

「それはまことか?」


 俺のその言葉に、ルイナ王の顔が上がる。どことなく嬉しそうだ。


「ただ、条件がある」

「……聞こう」

「この三人を、元の世界に帰すこと。今すぐに、とは言わない。今から帰還魔法の準備を始めて、その準備が出来次第、だ」


 指を立てながらそう言う。

 これが条件。ここから先は俺がやる。三人は関係ない。戦えないというのはもちろんだが、この世界には合わなさすぎる。だから、元の世界に帰す。


「お主一人で戦うつもりか?」

「俺を誰だと思ってる」


 そう言うと、俺の正体を知っているルイナ王は小さく考え込み、答えを出した。


「……わか」

『ストォォォオオオオオップ!!』

「!!?」


 『った』という二文字を待つことなく、大声を出しながら俺とルイナ王の間に割って入る人影。それは、珍しい青い髪とブレザーを着た少女——


「水無月君、詳しい説明を要求するわ!」

「します!」


——と、茶髪の少女、水城と十島だった。


「み、水城、十島……どうした?」

「さっきから、魔王がどーだの戦うだの、私たちからすればナンノコッチャって感じなのよ。まずは事情を説明して」

「情報の開示を要求します!」

「俺も同意だ。さっきから何を話してる、白羽?」


 後ろから便乗して、さっきまでは固まっていた明まで乱入してきた。今、俺は、三人にがっちりホールドされて身動きが取れない状態だ。


 どうにもこうにも、『状況が飲み込めないから説明しろ』、だ……。この状況を、一般人であるお前らに説明して納得させろってか。ハハッ、それ笑える冗談。


 ……とも言っていられない状況だったので、ルイナ王へと目線をやると、全てを悟ったような表情で、近くにいた兵士を手で呼んだ。


「……部屋を用意してもらっていいか?」

「承知した、勇者殿」


 少し笑っているのが聞こえた。演技(・・)が崩壊しているのが丸分かりだ。





「呑気に紅茶飲んでる!?」

「駄目か?」


 小さめの談話室に通された俺たち四人。執事が着ているような燕尾服を着た爺さんが、紅茶を持って来てくれて、今はそれを飲んでいた。中々に美味い。


「う、ううん、駄目とかじゃないけどッ……」

「白羽、この状況を説明してくれ。一体、何がどうなってるんだ?」


 水城はそこで引き下がったが、明はそうではなかった。逆に、こうして個室に連れてこられたせいで、変に強気になってしまった。


 静かに、まだ中身の入ったティーカップをソーサーに戻し、『ふう』と一つ息を零した。これは良いものだ。


 明、水城、十島と三人並んで座るリア充組に対し、俺は向かいの席に一人。ゆっくりと三人の方に向き直って、話し始めた。


「……話せば長くなるぞ」

「構わない」

「そうか。なら話そう」


 三人の顔をゆっくりと眺めながら、今の状況の説明を始めようとした。話すとなると、どこからがいいのか。


「まず大前提として、これから俺が話すことは全て、紛れも無い真実(・・)だとして、受け入れてくれ」

「わ、分かりました」


 十島がこくんと頷くと、明、水城もそれにつられて頷いた。これを言っておかないと、また誤解が始まる。そんな馬鹿な、っていうあれ。


「いいな? じゃあ、どこから話そうか」


 話の起点に困っていると、明がすっと手を挙げた。それを、教師がやるように指で指名すると、明はこう言った。


「ここはどこだ? さっきの広間にいた人たちもそうだけど、日本だとは思えない」

「端的に言い表すなら、『異世界』だ。名前はガルアース」

「異世界って……」


 ここを誤魔化すつもりはない。『地球のどこか』とか、そういう風な変な嘘をつくつもりはない。ここは正真正銘、『異世界』だ。


 ガルアース。俗に言う剣と魔法の世界。人間……こっちでは人族。その他にも亜人族や龍族なんかもいて、よく見るファンタジーの世界だ。そう、だから危ない。魔物なんかも普通にのさばってるし、そこに住む悪人の心も恐ろしい。地球のテロリスト集団が可愛く見えてしまうほどに


「あの、じゃあ、そもそも地球じゃないってこと……?」

「そういうことになるな」

「……わぁ、思ってたよりも凄い話ですねぇ」

「だろう? 夢みたいな話だが、現実だ」


 まず、これを受け入れてもらう。ここが既に地球ではないこと。そして、夢みたいな現実であるということ。そんな夢みたいな現実に、自分が今いるのだということを。


……思ったよりも、三人の困惑が少なかった。水城辺りはもっと取り乱すかと思っていた。明はまあ、そうでもないだろうなとは予想していたが。十島は知らない。

 いきなりこんな話をされて『はいそーですか』って納得出来る人間はいないだろうが、それでも納得してもらう他ない。取り乱されると、この後の話も全て受け入れられなくなる。その点、この三人は冷静だと言えるが……冷静すぎて怖い。


「んで、そうだな。実はさ、俺がここに来るのは二度目なんだ」

「ああ。会話の流れからして、大体そんな感じだろうとは思った。『四代目勇者』……みたいな」


 明が言う。どうやら、明は俺とルイナ王との会話で、大体のことに予想を付けているようだった。だからか、物事の飲み込みが早い。


「そう。今から300年前、この世界には四代目勇者の『ハクハ』って男がいた。それが、俺のことなんだ」

「でも、300年前っておかしくない? 水無月君、今何歳よ」


 と、そこで、俺が何よりも気になっていたことを、水城が口にした。そうだ、そこが謎だった。


「俺にもよく分からないんだ。地球の時間で言えば一年なのに、こっちに戻ってきたら300年も経っててさ」

「時間の流れが違うってことですか?」

「まあ、そういうことだろうな。不思議なのは、こっちから地球に戻った時と、地球からこっちに来た、つまり今だな。それで時間の経過の仕方が違うことなんだが」


 時間の流れが違う。それは確実なんだ。ただ、前と今とで時間の流れ方が違うのが気になる。前は一年間こっちにいたにも関わらず、向こうに帰った時は三日程しか経過していなかった。散々怒られたものだ。

 なのに、今回、一年間地球にいただけで、こちらでは300年という月日が経過していた。単純計算で、初めの時の倍率はガルアースが地球の122倍程の早さで時が進んでいることになるのに対し、今回は300倍程の早さで進んでいることになる。前と同じなら、こちらでは122年程しか経過していないはずなのだ。それでもすっごい時間経ってるけどさ。

 ガルアースも地球と同じく、一日24時間365日で一年を迎える。これだってよく分からない話だ。同じ時間、同じ日数で一年を迎えるのに、何故そこに『時の差』なんてものが生まれるのか。同じ時間で世界が回っているのならば、帰ってきた時の時の差なんてあるはずがないのに。


 が、多分、これは全部世界線を越える際のうんたらかんたらとか、俺が知り得ない範囲でのことなんだろう。地球と異世界での話だ。そんな不思議現象が起こっても、まあ、理解出来なくはない。だから考えるのをやめた。


 と、そこで、考え込んでしまっていた俺を三人がまじまじと見つめていることに気が付き、一つ咳払いをした。


「……ああ、まあ、そんなことは今は細かい問題だ。傍に置いておこうか」


 残っていた紅茶を全て飲み干し、またカップをソーサーに戻す。


「つまり、ここはガルアースっていう異世界で、俺は昔、ここで勇者をやっていた。地球で言うと二年前から一年前の一年間。ここまではいいか?」

「……正直、『どういうことだよ』って叫びたいところだけど」

「もう少し我慢してくれ」


 その気持ちは分かる。けど、ここで昂ぶるのはよくない。


「私、言葉も出ないよ……」

「水無月君、す、凄い人だったんですね……」


 水城は言葉を失い、十島はそんな風に俺を褒めた。

 でも、十島のその『凄い人』という言葉に、どこか胸の奥で痛みを感じて、途端に昔のことを思い出してしまった。


「そうでもない。凄いなんて、そんな……」


 記憶の中で、少女が一人、微笑んでいた。燃え盛る火の中、まるで地獄のような、そんな状況だったのにもかかわらず。

 少女が誰よりも辛かったのは知っているのに、なのに、俺は、それを……。


「……白羽?」

「……いや、何でもない。じゃあ、次だな」


 心配そうに聞いてきた明の声で、俺は脳内をよぎった回想を白い絵の具で塗り潰し、思い出さないようにした。今は、思い出さない方がいいだろう。


「あの爺さん、ルイナ王の話によれば、今、このガルアースには危機が迫っているらしい。それが、『魔王の復活』だ」

「魔王って、私たちが想像してるようなものでいいの?」

「簡単に言えばそうだ。途轍もなく強いやつ、だな」


 魔力云々の話は、今のこいつらにしても分からないだろう。だから、本当に簡単に説明した。大体その認識で合ってる。途轍もなく強いやつだ。


 俺がそう言うと、ここで漸く三人の顔に焦りが浮かび始めた。自分たちが異世界に放り投げ入れられたという話より、その異世界が危機に晒されているということの方が衝撃的だったのか。


「俺たちが呼ばれたのは、その魔王の復活を阻止、或いは、復活してしまった魔王を再封印、討伐すること」

「大変じゃん!」

「ああ。けど、お前らには帰ってもらう」


 水城の言葉を肯定しつつ、俺は、自身の考えを三人に話した。


「帰るって、地球にか?」

「もちろん。この世界は、多分、お前らが考えてるよりもずっと危険だ」


 今、ルイナ王の部下……のような人たちには、地球への帰還魔法の準備を急いでもらっている。準備にどれだけ時間がかかるかは知らないが、その準備が出来次第、三人を地球へと送り返す。


「ちょっと待ってください。じゃあ、一人で戦うんですか? その、魔王ってとても強いんですよね?」

「一人じゃない。昔いた仲間にも声をかける。手伝ってくれるはずだからな」


 今度は十島が、心配そうな声を上げるが、それに関しては大丈夫だろうと考えている。昔のパーティーメンバーや、知り合い、そして何より、あいつ(・・・)に声を掛ける。俺が協力を要請すれば、誰かしらは手伝ってくれるはずだ。必ず。


「それでも危険なんじゃないの?」

「……分からん。今回の魔王は、俺が地球に帰った後に現れたやつらしいからな。強さの程が掴めない」


 これが蒼腕の魔王(リンドウェル)やら壊爪の魔王(ガーグロイス)辺りなら、俺でも多少のあたり(・・・)をつけることが出来た。が、全く、存在すら知らない魔王だ。戦闘力の高さやどんな姿なのかも、一切分からない。あいつらを呼べば負けるようなことはないだろうが、確かに、入念な準備をしておくのは大切だろう……。


「ふざけるな」


 ドン、と。机を思い切り叩き、明が立ち上がった。『ふざけるな』。その言葉と共に。


「……あ、明?」

「俺は帰らないぞ、白羽」


 その言葉に、一瞬、場がざわめいた。俺自身、ほんの一瞬だが、こいつの言っていることが理解出来なかった。帰らない? どこに?


「何言ってんだ、俺の話聞いて……」

「その話を聞いて帰れるか。白羽は一人残って戦おうとしてるのに、俺だけ帰ろうだなんて」

「だから、ここは危険なんだって……」


 明には、一歩たりとも引く気配が見えない。こいつはこういう男だ。


「じゃあ、俺が強くなるまで、白羽が守って、鍛えてくれ。それなら、お前と一緒に戦える」


 その言葉に呆れて、今度は俺の方が言葉も出なくなってしまった。頭を抱え、髪をクシャクシャとかきあげる。水城と十島は、俺たちの会話に何か言うでもなく、静かに、ただ静かに聞き入っていたようだった。


「……どうしてお前、そんなに残りたがるんだよ」

「親友残して帰れるかよ。『この世界は危険だから先に帰ってて』って言われて、『はい分かりました』って言って帰るほど、俺は人間のクズになったつもりじゃない」


 明の言葉には熱がこもっていた。裏表というものを持たない火野明という男のことだから、きっと今のこれも、裏表のない、真実だけで綴られた言葉なのだろう。それは分かる。もう、長い付き合いになるから。

 ただ、だからってこいつをここに残していいわけがない。そんなことをすれば、こいつに危険が及ぶ。最悪、死んでしまうかもしれない。そんなことになったら、俺は耐えられない。


「帰ったからっていって、人間のクズになんてなるわけないだろ。今回のことは仕方ないんだ」

「でも、俺自身が許さないんだ」


 誰が許す許さないの問題ではなく、自分自身が許さない、許してくれないのだと、明はそう言った。その顔からは、強い覚悟がうかがえる。


「確かに、白羽ならこんなこと、簡単なのかもしれない。それでも、危険な場所に、お前一人を置いて帰るわけには……」

「俺は」


 我慢がならなかった俺は、まだ続いていた明の言葉を途中で遮り、自身の言葉を重ねた。


「俺は、お前を危険な目に合わせたくない。ここは、それだけ危険なんだ。俺が守り切れるとも……限らないんだ」

「俺は、白羽一人に全てを背負わせたくない。今までずっと一緒だったのに、こんな時は帰れって言うのか、お前は」


 俺が被せた言葉を真似て、明が続けた。

 俺一人に背負わせたくない、だと。今更何を言い出すかと思えば、そんなことか。狂ってる、ああ、狂ってる。全てなんて、あの日(・・・)とうに背負っている(・・・・・・・・・)。もう遅いんだ。あの時あの場所にお前がいなかった時点で、手遅れなんだよ。

 だが、それを言葉にすることはなかった。きっと分からないだろうから。


「そうだ。はっきり言って足手まといなんだ、お前は」

「なら、殴って気絶でもさせろ。それで無理矢理連れて帰れ」

「どうしてそこまで……」


 冷静に対処していく明。俺から見ても、それが異常な光景だとは思う。そうまでして『残りたい』という理由が、一体どこにあるというのか。


「……少し、お前に近付けたような気がするんだ。このまま帰れば、俺はいつまで経っても、お前に追い付けない」


 黄昏たように微笑む明。その言葉の意味が理解出来なくて、思わず机を叩いてしまう。


「何の話だ」

「危険なのは分かってる。白羽がそこまで言うんだ。本気でやばいんだろ?」


 それが分かっているのならさっさと帰れ。そう言いたかった。


「ああ、そうだ。本気でやばいんだよ。だから日本に……」

「白羽、さっき自分で言ってたじゃないか。『守り切れるとは限らない』って。守れない部分も出てくるんだろ?」

「だからどうしたって……」


 確かに、言った。俺が明を守り切れるとは限らない、と。何かの拍子に明に攻撃が降り注ぐ可能性もあるし、それを俺が防ぎきれないという可能性もある。現実世界での戦いという分野において、『確実』なんて言葉は存在しないのだから、それは当たり前のことだ。


 明は大きく息を吸って、ビシリと、俺を指差した。


「お前が守れない部分は、俺が守る。白羽の背中は俺が守る。だから、俺の背中は白羽が守ってくれ」

「……」


 『背中は任せて、ハクハ』

かつての相棒に言われた言葉。

 『ハクハが全てを守るなら、ボクがハクハを守るよ』

愛する人から告げられた言葉。



 それと同じような台詞を、また聞くことになるとは。それも、幼馴染から。こちらでは何の力もない親友に、元勇者の俺が、そんな台詞を聞かされるなんて、誰が想像しただろうか。


「一人でやるより、二人でやる方が確実だろ? そこに、さっき白羽が言ってた『昔の仲間』が加われば完璧だ」

「……そんなクサイ台詞、中々お目にかかれないな」


 クサイ、クサすぎる。イケメンが格好付けて、それで、こっちに何の信憑性もない信頼感を募らせて。身勝手なことこの上ない台詞だ。


「そうだな。でも、俺の気は変わらない」


 なんだか少しだけ、明が大きく見えた気がした。目をこすってみると、やっぱりそんなことはなくて、俺より少し高いくらいだった。


「強情な奴め……」

「それはお互い様だろ、白羽」


 どかっと勢いを殺さずにソファに座り込んで、背もたれにもたれかかる。何度か溜息を零し、そして、明に問いかけた。


「……後悔しないか?」

「後悔するなら、それはきっと、お前だけ残して帰った時だ」

「はっ、誰に似たんだか」

「きっと、隣の家に住んでる、性格が捻くれた幼馴染に、だよ」


 そんな冗談を飛ばしてくる明。


「……俺の指導は厳しいぞ?」

「やってやるさ。親友一人戦わせるくらいなら、どんなに厳しくても、俺も一緒に戦ってみせる」


 そう言って右手を差し出してきた。その右手を握り、固い握手を交わす。思えば、こんな風に握手するなんて、何年ぶりだろうか。長い間していなかった気がする。


 と、そこで、水城と十島が完全に蚊帳の外だったことを思い出す。勝手に話を進め、話にすら入れていなかった。


「っと。ごめん、二人とも。そういうことだから、俺はここに残るよ。王様にも言っておくから」


 明も座りながら二人に謝った。



……ここからは、完全に俺の誤算だった。


「……これが男の友情ってやつなのね」

「はわぁ、ドラマみたいですね……」

「水城、十島、お前らはなんとしてでも向こうに帰す。だから安心して……」


 何か尊いものでも見るような目で、俺たちを眺める二人。

 俺がそう言うと、なんと、二人は……。


「決めた、私も残るわ」

「私も残ります」

「はぁっ!?」


 なんてことを言い出したのだ。それはもう、あっさりと。


「ちょ、お前らまで何言い出すんだ!?」

「逆に、今の流れで『帰る』って言う方がどうかしてると思うわ」

「私たちも、水無月君の力になりたいですから」


 意味が分からない。ああ、分からない。こいつらの思考がよく分からん。


「いや、流石に、そんなに話したこともない女子を残すのはな……」

「ちょっと、火野君は良くて私たちは駄目なんて言わないわよね?」

「いや言うよ。お前らまで残ってなんてどうするんだ」


 何を当然のごとく聞いてきているのかは知らんが、言うよ。幼馴染とさっき初めて話した女子が同列だと思ってんのか。頭の中がちんちくりんなのかお前は。


「これは遊びじゃないんだ。この世界じゃ、地球なんかよりもずっと死にやすいし、下手すれば、死んだ方がマシだって思えるくらいの目にも合う。そうなった時、後悔するのは自分たちだぞ?」


 そうやって力説しても、水城は首を横に振った。


「ここに残って死んでも、それは残るって選択をした私たちの責任。水無月君が気にすることじゃない」

「だがなぁ……」


 水城の言ってることは、案外間違ってもいない。ここに残るという選択をしたのは水城たちで、俺は今、必死に止めようとしてる。

 それでも残ってしまって、結果酷い目にあったとしても、それは水城たち自身の責任だ。そんなこと、頭では分かってる。


「水無月君。さっき火野君が言ってたことですけど、あれは私たちにも当てはまりますよ。クラスメートを置いてなんて帰れません」


 追い打ちをかけるように十島が言った。


 こういうの、知ってる。どれだけ話しても言うこと聞かない奴だ。明と同じタイプ。


「……絶対、言っても聞かないな、お前ら」

「うん」

「うんじゃねぇよ」


 素で言ってきた水城に対して、思わず素で返してしまった。


「……はぁ。なんでこう、正義感が強いやつらが集まったんだか」


 頭を抱える。頭が痛い。明は分かってたけど、水城と十島がここまで厄介な奴らだとは思わなかった。


「さぁ? 白羽だってそうだろ?」

「何の話か、さっぱり分からんな」

「またまた」


 明に返し、そして、一息置いてから扉の外へと目線を向ける。


「……話は纏まったぞ、ルイナ王」

『え?』


 俺以外の三人が、素っ頓狂な声をあげる。

 ああ、多分、気付いてたのは俺だけだ。外であの爺さんが聞いてた。意地汚い爺さんだ。別に、後で話すから変わらないし、いいんだが。


「ほっほっほ。気付いておったか、勇者殿」

「ああ。ついでに言えば、自分を威厳ある王だと思わせたかったのか知らんが、あの安っぽい演技にもな」


 現れたルイナ王は、先ほど広間……というか、謁見の間? で会った時とは雰囲気が違っていた。真っ白な髭を触り、にこやかに笑っている。孫を見るおじいちゃんみたいな目だ。

 さっきのは、俺たちを試すためか。それとも、様子見か。ともかく、演技だったのは確かだ。


「それはそれは。やはり、『極魔師(スレイグロード)』の勇者殿には敵わんな」

「やめろ、その名前で呼ぶな」

「おや、そうかの」

「え、なにそ」

「聞くな」


 『極魔師(スレイグロード)』。俺の勇者時代のあだ名。恥ずかしすぎて呼ばれたくない。いや四代目勇者ってのも中々あれだけど。明に聞かれたけど思わず『聞くな』と即答してしまった。


「えっと、この人、こんな感じだっけ?」

「違った気がします……」

「って、相手は王様なのに、俺たち普通に立ったままなんだけど……」


 水城と十島も、先程とは様子が180度違うルイナ王に気付いたようで、首を傾げている。明の方は、相手が王様だということを思い出したようで、引き攣った顔になった。


「気にせんで良い。勇者殿たちを無理矢理呼び出したのは儂らじゃ。どんな非難を浴びるかとも思ったが、それが無かったのが不思議なくらいじゃて」

「非難したい気持ちもあるが、あんたらが大変なのも事実だからな。ただ、召喚された中に俺がいてよかった。こいつらだけだと、確実にパニくってたからな」


 ルイナ王は申し訳無さそうに言った。今までの会話でも感じていたが、この王は、常識のある王らしい。呼び出しておいて偉そうにする王というものも多いらしい。そんな感じはしない。あくまでも、自分の方が立場は下だとして接してきている。俺としても、好感が持てる王だ。


「確かに……」


 と明。


「うん……」


 と水城。


「言い返せませんね……」


 と十島。


「というわけで、聞いてただろ、ルイナ王。俺たちは全員残ることになった。が、一応帰還魔法の準備だけはしておいてくれ。魔王の件をなんとかしたらこいつらを帰すから」

「あい分かった。そのように進めておこう」


 ルイナ王が頷く。この魔王の件が終われば、こいつら三人は日本に帰す。元々、それが目的で呼ばれた勇者だ。用を果たして帰っても誰にも文句は言われまい。

 ただ、帰還魔法の準備にどれほどの時間がかかるかは分からないため、その準備だけはしておいてもらう。


「よし。じゃあそういうことでいこう。ルイナ王、こいつらの寝床はあるか?」

「勿論じゃ。まさか四人も来るとは思わなんだが、部屋ならある。後で案内させよう」

「頼む。それから、世界地図、あるか? こう時間が経ってると、色々変わってることもあるだろ」

「世界地図じゃな、用意させよう」


 ルイナ王が近くの兵士に合図を送ると、その兵士は急いだ部屋から走り去っていった。すまんね。



 さて。色々と決まったことだ。俺は俺で……用意を進めるとしようか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ