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十六話 勇者、イヴァ

「はぁっっ!!」


 ゴブリン、オーク、またゴブリン……迫り来る魔物を次々と薙ぎ払いながら、戦線を押し上げていく。騎士やギルダーも後に続き、僅かではあるが、魔物の数も減ってまばらになってきた。


 魔王の力の片鱗、あの泥のようなスライムのような敵がいなくなった以上、もう僕たちに負けはない。後は味方の士気を高めつつ、犠牲を最小限に抑え、この戦を終えるだけだ。


 油断は出来ない。歴戦の戦士であっても、勝利への確信、そして、そこから来る油断によって命を落とすことがある。まだ、油断は出来ない。



 だが、だからこそ。味方の士気を高めるには、ハクハさんのあの言葉を、噛み締めなければならない。




 四代目勇者、ハクハ・ミナヅキ。三〇〇年前にこの世界に降り立った異世界の人間で、今現在でも歴代最強の勇者と評され、そして、五つの種族全てと友好関係を結ぶといった偉大な功績を残す……僕の最も尊敬するお方だ。


 現役時代には複数の魔王を討伐し、神をも屠ったと言われているあのお方が、今、この戦場で、僕と共に戦っている。


 天にも昇る気持ちというのは、まさしくこういう気分のことを言うのだろう。かつてないほどの高揚感だ。何せ、あの四代目勇者が……ハクハさんが、そこにいるんだ。



 幼い頃から、勇者になるべく育てられてきた。他者を信じるなという家訓のもと、血の滲むような鍛錬を積んできた。


 その中で、過去の勇者について学ぶこともあった。大した功績もなく、尊敬するに値しない勇者もいたが……その中でも、四代目勇者、極魔師(スレイグロード)のハクハさんだけは他を寄せ付けない存在感を放っていた。

 他の勇者とは比べ物にならないほどの偉大な功績の数々と、その圧倒的なまでの強さ。他者を信じるなという父の言葉とは裏腹に、僕は、幼い頃からハクハさんに強い『憧れ』を抱くようになった。


 成長してからも、その感情が収まることはなかった。

 僕がどれだけ努力しても出来ないようなことを、四代目勇者は軽々と成し遂げていたという。

 しかも、四代目勇者は勇者としての特別な能力を得たのにも関わらず、まさしく僕と同じような、血の滲む訓練の末に最強の座を得たというではないか。


 世界を救い、そしてその果てに、異世界勇者の中ではただ一人(・・・・)、元の世界へと帰っていった勇者。


 僕にとっては、彼こそが、まさしく『勇者』と呼べる存在だった。




……ハクハさんの前で、これ以上、醜態を晒すわけにはいかない。ハクハさんの言っていたことを考えれば……今、僕がすべきことはなんなのか、すぐに分かる。




「聞けっ!」



 僕は、味方に向け言い放った。今、僕がすべきことは。


 前方にいた敵を薙ぎ払い、そして、光魔法を剣に纏わせ、少し大げさに光り輝かせた。それを天高く掲げ、耳を傾けた味方の軍勢に向け、言葉を続ける。



「封印されし紅蓮の魔王(ルウスボルデ)より漏れ出た魔王の片鱗は、このイヴァと、異世界の勇者ハクタ・ミナヤマによって討伐されたっ!」


 ハクハさんが偽名を使っていたのには、何か理由があるのだろう。僕が敢えて、それをバラす必要もない。さっき言ってしまったような気はするが、聞いている者はいなかっただろう。


 皆が、その場で硬直して、耳を傾けている。魔物も、戦場の中心で何かを叫んでいる僕を警戒して、その場に立ち尽くしていた。



「敵は最早雑兵のみっ! これは勝ち戦だっ! 我々の勝利は目前だっ! 敵を斬れ! 撃て! 屠れっ! お前たちには勇者がついているっ!」



 ハクハさんは言っていた。勇者とは、誰かに『勇気を与えられる者』のことを指すのだと。


 ならば、ここにいる者たちに勇気を与えるのは、この国の勇者である僕の務め。僕が彼らの希望となり、そして、『勇者』となるんだ。



……ずっと胸の中につっかえていた何かが、嘘のように、どこかへ消えてしまったような。そんな感じがした。




 僕は、勇者だ。


 僕が、勇者だ。




 天高く掲げていた剣を、魔物の方へ向ける。




「殲滅——開始っっ!!」

『『『オォォォオオオオオッッッ!!』』』




 より勢いのついた味方の騎士たちが、先程までの疲れなど嘘のように、敵へと向かっていく。

 大丈夫。これで、大丈夫。これこそが、今の僕のすべきこと。勇者である僕の役目だ。


 そうですよね。ハクハさん。これで、良かったんですよね。






   * * *






 イヴァの奴は……どうやら、上手くやってくれているみたいだ。勇者として味方を鼓舞し、戦の『終わり』を意識させることで、士気を高めている。

 まさに、俺が奴に望んでいたことを、そっくりそのまま成し遂げてくれた。これで、戦況はこちらに有利になってくれるはずだ。


 ただ、あくまでもこれは一時的な措置でしかない。士気は高まっているが、体の疲れが取れたわけでも、魔力が回復したわけでもない。

 むしろ、こうなってしまった以上、早いうちに決着をつけないと……逆に、全員が共倒れする危険性がある。



 まあ、そうならないようにするのが勇者の役目ってやつだ。魔力残量は心許ないが、雑魚を相手にするなら十分。


 ここにいる魔物は、殆どがゴブリンやオークといった下等の魔物。一般人からすれば脅威そのものでしかないが、俺やイヴァのような人間からすれば、野うさぎと変わらない。問題は、数が多すぎることだな。


 魔力が余っていたなら、範囲型の魔法で一気に仕留めてしまいところだが……残念。そんなことをしている余裕はない。広範囲魔法なんて一発が限度だな。


 なら……身体強化の魔法で、一体ずつ、地道に倒していくしかない。防御に魔力を割く必要はない。それほど強大な力も必要ない。一撃につき一体、倒せればそれでいい。


 糸のように細く練り上げた魔力を、両手足に張り巡らせていく。魔力をそのまま体に流すのではなく、細い糸のようなイメージで、必要最低限の量だけを流すのが、魔力を節約するコツだ。




「よし……行くか」




 一番近くにいたオークに向けて、駆ける。そのまま頭部を拳で砕き、その隣にいた別のゴブリンの胴体を蹴りで両断する。

 うん、このくらいの魔力量なら、戦が終わるまで維持出来そうだし、魔物を倒すのに不自由はない。


 後は……押され気味な戦闘に加わって、人的被害を最小限に抑えるよう戦えばいい。恐らくは、イヴァもそうやって動くはずだ。



……っと、早速だな。



 前方に見えるグループが、オークの群れに苦戦しているようだ。騎士ではなく、ギルダー。フェストースのギルダーは、ガッダリオンのギルダーに比べて平和ボケしてるところがあるからな。


「手を貸すよ」


 すぐさま駆け付け、前衛が引きつけていたオークの胴体を吹き飛ばす。突然現れた俺に、四人いたギルダーは皆、驚いていたようだったが、猫の手も借りたいというやつだろう……前ギルドを訪れた時みたく、拒絶されることはなかった。


 というか……このパーティー、バランス悪すぎるだろう。前衛一人に対して、遠距離型の魔法使い三人って。せめてニ対ニだろう。近距離型の魔法使いならいざ知らず、遠距離型は攻撃されたら終わりなんだから。



 これは……この戦いが終わったら、ギルダーの戦闘訓練もしなくちゃな。

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