十六話 殲滅の狼煙
「数がっ……多すぎるっ!」
倒しても倒しても、次々と魔物が押し寄せてくる。確実に数は減らしているはずなのに、いつまで経っても終わりが見えてこない。
一体、後どのくらいの時間戦っていればいいのか。終わりの見えない戦いに、佳奈、希菜子の異世界勇者組両名は焦りを覚え始めていた。
力が覚醒しているとはいえ、この二人はまだ戦闘訓練もろくに受けていない、ただの女子高生だ。今は元から持ち合わせている高いポテンシャルと、勇者に与えられる能力でこの場を切り抜けてはいるが、それも限界が近かった。
魔力を回復するポーションは、二人共に尽きた。後は残った魔力で、出来る限り敵の数を減らし、時間を稼ぐのみ。
「佳奈ちゃん、伏せてっ!」
希菜子がそう叫んだ瞬間、佳奈は打ち合わせでもしていたかのように、その場に伏せた。
直後、希菜子の使い魔三匹から放たれた極太の光線が、佳奈の背後にいた魔物たちを一掃する。
「ありがと、助かったよ……」
「どういたしまして。でも、このままじゃ……」
二人とも口には出さないが、頭の中では分かっている。魔力が尽き、戦えなくなるまで、時間がそう残されてはいないことを。
周囲で戦う騎士やギルダーたちにも、疲れで動きが鈍ったせいで、被害が増えていた。一体一体はそれほど強くもない魔物だが、数が集まれば脅威となる。
「水無月くん、早くっ……!」
「ここはもう、もちませんよっ……」
二人が戦い続けられていたのは、時間を稼いでいればいずれ、白羽が助けに来てくれることを信じていたからだ。先程、二人のいる場所にまで聞こえてきた爆発音と閃光は、恐らく白羽によるものだろう。
もうじき、彼が駆けつけてくれる。そう信じながらも、どこか不安が拭えない。
そんな、不安や疲労が原因だったのかもしれない。二人は、背後に迫る巨大な影に気付いていなかった。
二人が影に気付いたのは、それが、大きな棍棒を振り上げ、今まさに振り下ろさんとしている時だ。
「希菜子っ!」
佳奈は自分の身を案じず、希菜子を守るように、魔物の前に立ちはだかった。突然のことで、防御も回避も間に合わない二人。
死を目前にして、二人は思わず、目を閉じて顔を逸らした。そんな二人に向けて、無慈悲にも棍棒は振り下ろされ————、
————なかった。突如、どこからか飛来した『何か』が、魔物の横っ腹に追突し、そのまま吹き飛ばしてしまったのだ。
来るはずの衝撃が訪れず、代わりに奇妙な轟音が響いたことを訝しんで、目を開く二人。
そこにいたのは、掠れた口笛を吹き鳴らしながら額の汗を拭う、白羽だった。
「危ねえ……あと五秒遅かったら間に合わなかった……」
危ないと思って、咄嗟に飛び蹴りをぶち込んでやったけど……何とか、ギリギリのところで間に合ったみたいだ。
水城と十島は、日本の女の子には似つかわしくないほど敵の返り血を浴びていて、体中至る所に怪我をしていた。命に別状はなさそうだが、随分と苦労したようだ。
「み、水無月くぅん……」
「来てくれたんですねっ……!」
「ああ。何とか間に合ったな」
二人は泣き出しそうになりながら、情けない声を出していた。これまで日本で平和に暮らしていた高校生が、いきなりこんな戦場を経験したんだから、無理もない。
「イヴァさんは……?」
「多分、もうそろそろ来る頃だと思うけど……」
イヴァは俺よりも消耗が激しかった。俺だけでも先に戻ってこようと、『なるはやで戻ってこい』とだけ言って、先に来たはいいが……、
……ほら、行ってる間に。
「——はぁぁああっっ!」
閃光をその身に纏い、魔物を蹴散らしながら、イヴァが帰ってきた。それと同時に、周りにいた騎士やギルダーたちから、歓声があがる。
「イヴァ様だっ!」
「この戦い、勝てるぞっ!」
「イヴァ様っ!!」
「……イヴァ人気が凄いな」
まるで、アイドルとファンのような盛り上がり方だ。まあ、それも悪くはない。理由は何であれ、戦いに勢いが付くのは好ましいことだ。
虚空に手を突っ込み、安物の魔力ポーションを取り出す。クロニアに貰った高級ポーションは使い果たしてしまったから、効果は薄いが、これで少しでも魔力を回復しておきたい。
駆け寄ってきたイヴァのもとへ歩きながら、ポーションを何本も開けて飲み干し、途中で迫り来る魔物も片手間に倒していく。
幸い、個々の強さは今の俺でも十分に対応できるレベルだから、派手な使い方さえしなければ、魔力も保ってくれるだろう。
「ハクハ様っ! イヴァ・シュターロン、ただいま戻りましたっ!」
「うん。まあ、取り敢えず様付けを外すところから頑張っていこうか。恥ずかしいからさ」
イヴァは俺の目の前で、再び膝をついて首を垂れた。そのあまりの豹変ぶりに、後ろからやってきた水城と十島が、カエルが潰れたような、変な声を出した。
「えっ……何事……?」
「水無月くん……そういう趣味が……?」
「違う。断じて違う。イヴァ、立て。取り敢えず立て。早く立て」
「はいっ!」
まさかここまでだとは、俺も想像していなかった。心を入れ替えてくれたら嬉しい、くらいの感覚だったんだが……まあ、敵対意識を持たれているよりはマシか。
「はあ……まあ、見ての通りだ。詳しい経緯は後で話すから、今は、イヴァが仲間になってくれた、って認識でいい」
「よろしくお願いします、勇者様」
「……逆にやり辛いなぁ」
「そこ。文句を言うな、水城」
俺もそれは思ってるんだ。わざわざ口に出して言うんじゃない。
とまあ、イヴァとも協力関係を築けたわけだし、純粋な戦闘力でいえば、イヴァのそれは人間族の中でもトップクラスのものだ。敵対意識を持たれていたから厄介だっただけで、仲間になってくれるとなると、頼り甲斐のある現地勇者に早変わりする。
「イヴァ。俺がさっき言ったこと、覚えてるな?」
「はい、ハクハさm……ハクハさん」
お前今、また様を付けて呼ぼうとしたな?
「俺とお前とで、この戦いを終わらせる。どう戦うかは、お前に任せた」
イヴァの肩に手を置く。以前なら嫌がって振り払っていただろうが、今はそれを、恍惚とした表情で眺めている。怖いくらいの豹変ぶりだ。
さっき話した俺の個人的な勇者論を、イヴァがどう捉えてくれたかは分からないが……それが、良い方向に進んでいると信じよう。
「いけるな?」
「任せてください」
「よし」
力強い返事だ。イヴァの実力なら、この辺りの敵も大したことはないだろう。任せて問題はない。
先に前線へと上がったイヴァを横目で追いかける。魔物がゴミのように蹴散らされていた。大丈夫そうだな。
後は、水城と十島をどうするかだけど……ここまで戦って、かなり疲弊しているはずだ。この状態で最前線で戦わせるのはリスクがありすぎる。
「水城、十島。二人は負傷者の援護に回ってくれ。戦闘続行が難しいような奴は、迷わずに町の中に下げていい。ここから先は、死傷者を減らすことを優先してくれ。勿論、危ないと判断したら、二人も下がれ」
そう指示すると、二人は頷いた。
「分かった」
「水無月くんも、気を付けてくださいね」
「はっ、俺を誰だと思ってんだ?」
全盛期の力の半分も出せないような状態だが……それでも、元勇者だ。四代目勇者といえば、昔は歴代最強の勇者って呼ばれてたんだぞ?
「腐っても、元四代目勇者だ。先輩として、イヴァにかっこいいところ見せてやらないとな」
首を鳴らして、戦闘態勢に入る。後輩が頑張っているのに、先輩がサボってるなんて許されないからな。
よし——殲滅開始だ。