十二話 侵攻
戦いの準備は着々と進んでいた。数は不明だが、大量の魔物が攻め入ってくるとあって、騎士やギルダー、町の人間も大慌てで動いている。
特に主戦力となる予定の騎士たちは大忙しだろう。今頃、人員の配置や何やらでてんやわんやだと思う。
その中を流されるように歩いていると、見覚えのある白銀を見た。イヴァだ。
「おーい、イヴァ!」
イヴァは一瞬、ちらりとこちらを振り向いて……そのまま何事もなかったかのように無視をした。おい。
「ちょっ……緊急事態なんだから文句言ってる場合じゃないだろ」
「……僕は何も言っていないが」
その肩をがしりと掴み、無理矢理振り向かせた。こんな時だってのに変わらん奴だな。
「騎士の方は上手くいったか?」
「お前に心配されなくても、騎士は動く。むしろ、お前が邪魔なくらいだ、ハクタ・ミナヤマ」
「辛辣だな。勇者仲間なのに」
ムッと。一目見て分かるくらいに、イヴァは顔をしかめた。相当イラついているようだ。
そして、肩を掴んでいた俺の手を全力で払いのけると、胸ぐらを掴んできた。いつぞやと同じように。
「魔王の泥とかいうものは僕が倒す。お前は手出しをするな」
「片鱗だといっても、強いんじゃないか?」
「お前の力は必要ない」
そう言って突き飛ばし、スタスタとどこかへ行ってしまった。一人で泥と戦うってことは……滅んだっていう村の方か。
まあでも……さっき俺が言っていた通りになったな。
「恐らくイヴァは、一人で泥を倒すつもりでいるだろう」
作戦会議の途中、誰が泥を倒すかという話になって……俺は真っ先に、そう切り出していた。
「ま、そうだろうな。あの様子を見る限り、俺たちの力を借りるくらいなら死んだ方がマシってくらいに見える」
明もそれに同調した。水城も十島も頷いている。
イヴァの性格を考えれば、自ずとこういう意見にまとまってしまう。あいつは俺たちみたいな『ぽっと出の召喚組勇者』を忌み嫌っているし、それ以前に他者のことを全くもって信頼していない。誰かと共闘するくらいなら、その場で舌を噛み切って死ぬくらいの勢いがある。
その覚悟が別のベクトルに向いてくれたらいいんだが……まあ無理だろうな。今は。
「ああ……だから、戦いが始まったら、俺も泥の討伐に向かう」
「水無月くんも?」
頷く。俺の勝手な予想だけど、イヴァ一人で魔王の泥を相手にするのは不可能だ。かと言って他の三人や騎士たちの誰かを向かわせても事態は変わらないだろうし、そうなると俺が行く他ない。
「多分、イヴァじゃ荷が重い。あいつが何と言おうと共闘してやるつもりだよ」
「それがいいと思う。現状、俺たちの中での最大戦力は白羽なんだ」
明の言う通り。下手に騎士たちなどを向かわせても足手まといになるだけだろう。なら、魔物の大群の相手を彼らに任せ、俺とイヴァとで泥を叩くのが得策だ。
「私たちは?」
「水城と十島は前線で魔物の殲滅。明は救護班と合流して負傷した人間の手当てだ」
「分かりました。頑張ります!」
「ああ。悔しいけど、俺はまだ戦えないし……任せてくれ」
明は意外にもすんなりとそれを受け入れた。戦わせてくれとか言うものかと思ってたが……わがままを言えない状況だって理解はしてるか。
そこで、さっきから首を傾げていた水城が、声をあげた。
「ねえねえ……でも、本当にイヴァ一人で泥を倒せる可能性ってないの?」
「無い……と、俺は思う」
「うぇ、どうして?」
「単純に戦闘能力を見てだよ。イヴァの決め手があの時の『ガング・ロアー』なら、あれで力の一部とはいえ、魔王を倒せるとは思えない」
修練場でイヴァが使ったあの『ガング・ロアー』。流石に室内だから威力は手加減していただろうが、あれでも使った後にフラついていたってことは、威力を高めたとして、連発は不可能。しかも相手は最強と名高い紅蓮の魔王。
まあ、あれとは別に奥の手でもあるのなら話は別だけど……無いだろうな。
「というわけで。俺はイヴァを追って泥と戦う。皆は今言ったように動いてくれ」
三人が頷く。
「それから……危なくなったら、躊躇わずに逃げろ。この世界じゃ、死はいつだって背後にいるものだと考えてくれ」
数時間後。町の鐘が鳴った。魔物の接近を知らせるものだ。
さて……思っていたより時間はあったし、準備はできた。明たちのことは心配だけど、訓練の様子を見ていた感じ、水城と十島が弱い魔物に負けることはないだろう。あくまで、『実力』は。
あとは、魔物の数と泥の強さだ。あまりにも数が多いようなら、先にそちらの数を減らしておかないと、泥を倒している間に町が落ちる。
それから、立て続けに……四度、鐘の音が鳴った。
事前に決めておいた合図。魔物の大まかな数を知らせるものだ。四度の音は……数千クラス。
「……多いな」
騎士とギルダーの数も決して少なくはない。だけど、魔物の数が数千ともなると、全部を倒しきれるかどうかは……。
ポーチを開き、中を漁る。ここに来る前にクロニアにもらった高ランクの魔力薬が三本。一本で総魔力の三分の一程度が回復するから、フルで使って一回分。魔法空間の中には安物の魔法薬が十数本。こっちはおまけ程度。昔持っていた薬の殆どは使い切ってしまっていて在庫も無いから……フル魔力二回分で終わらせないといけない。こんなことならもう少しストックしておくんだった。畜生。
だけど、贅沢も言っていられない。魔法薬が必要なのは何も俺だけじゃない。もちろん、泥を相手にする俺やイヴァが最優先なのはそうだけど、町を守るための結界にも必要だし、救護班にだって必要だ。やるしかないんだ。
よし。考えろ。理想を言えば、今の魔力の半分ほどを使って雑魚を蹴散らしつつ泥のもとへ到達し、一回と半分で決するのが好ましい。騎士たちの負担を減らすために少しでも魔物の数を減らさないと。
「皆の者、よく聞け!」
……おっと。陛下のご挨拶だな。
「今、王都は危機に瀕している! かの紅蓮の魔王の片鱗と、多数の魔物! 歴史に刻まれるほどの大戦だ!」
王の姿をしたクロニアが、高台の上で高らかにそう宣言する。拡声器でも使っているみたいだ。
その周囲に集うのは大勢の人々。騎士やギルダー。気持ち程度の武器を持った若い男たち。この町を守るために集まった人々だ。
「だが、恐れることはない。必ずやこれを退け、再び平和を迎えようではないか!」
クロニアのその言葉に、人々が声を上げた。いい感じだ。上手いこと鼓舞させている。戦ってのはやる気が無けりゃできないからな。
町の大きな門が開かれる。遠くの方で、魔物の進軍だろうか、土煙が舞っているのが見えた。
「——進めぇえ!」
皆が一斉に、門から飛び出した。騎士を先頭に、殲滅部隊のギルダー、防衛ラインのギルダーと町人、そして町の中には救護班の人間。この短時間でできることは少なかったが、今はこれが限界だ。
あとは……俺たちがどれだけ頑張るかだな。
「三人とも……準備はいいな」
振り返ると、そこに三人がいた。その表情はいつになく真剣で、覚悟を決めているようだった。
「うん。私たち、勇者なんだもん。頑張らないとね」
「はいっ。私たちでこの町を守りましょう!」
その意気や良し。クラスの女子を戦場に向かわせるのは気が引けるが、二人はそんじょそこらの騎士よりも強いだろう。もし何かあればすぐに撤退するように言ってあるし、何より、二人の意思を尊重したい。
残ったのは明だけど……。
「明。後ろは任せたからな」
「ああ。戦えないなら戦えないなりに、やれることをやるよ」
うん、それでいい。
イヴァは既に戦場へと向かったようで、その姿は見えない。俺と同じように、雑魚を蹴散らしながら泥のところへ行くのだろう。
「それじゃあ……死ぬなよ、皆。いくぞ!」
応、という掛け声と共に、俺たちはそれぞれの場所へと向かった。