十一話 決戦の予兆
フェストースの現地勇者、イヴァ=シュターロンとの距離も縮まらない中、ここに来てから三日目に突入した。水城と十島はイヴァとの一件で訓練にも励み、順調に育ってきているけど……明がどうにも苦戦しているようだった。
「……やっぱり駄目だ」
何かをしようとして、諦め、明は項垂れた。何をしようとしたのかは分かる。魔法だ。水城の『アクアス』や十島の『ノノちゃんトトちゃんロロちゃん(命名者十島)』のような、この世界で戦い抜くための力。ここに来てからずっと明が欲していたもの。
ここ最近、ずっと、魔法の発現を頑張っていたようだけど、成果は無し。いまだ、明だけが戦力外のままだった。
「力なんて、そう簡単に手に入るもんでもない。あまり落ち込むなよ」
「いや……あと二ヶ月しかないんだ。お前の背中を守るって言った以上、俺だって早く戦えるようにならないと」
ふむ、心意気や良し。しかし硬いなぁ、こいつ。
そりゃ、俺だってあの時言ってくれたことは嬉しかったし、こいつと友達で良かったとも思ったけど……何だか、今の明には一種の強迫観念みたいなものも感じるし。
それに……少し、違和感があるんだ。
「……お前がしたいことと、違うんじゃないかな」
「え?」
そう言うと、明は顔をあげて不思議そうに声をあげた。
「明の本心は、そうじゃない。だから、どれだけそう願ったところで、力が出てこない。違うかな」
「いや、俺は……」
「深く考えなくていいんだよ。自分がどうしたいか、本当に願っているのは何なのか。それを『自覚』できれば」
勿論、水城みたいに『何も考えてなくても』力が発現しちゃうような子もいるが。基本、『何ができそう』で『何がしたいのか』を具体化させれば、彼らは自ずと力を貸してくれる。
明の場合、そのどちらかが、伴っていないんだろう。或いは、それを、『自覚』できていないか。
「俺が、本当にしたいこと……」
「あとは、お前の得手不得手もあるしな。何かできそうだと思うことはないのか?」
明はうーんと考え込むと、何かを思い出したのか、
「……剣、かっこいいよな。騎士たちが使ってたみたいな」
「……まあ、お前がそう言うならそれでいいとと思うぞ」
かっこいいのとできそうなのとはまた別の話だと思うけど、何がきっかけになるかなんて分からないし、余計な口出しはやめておこう。
さて……模擬戦闘中の水城と十島の様子も見にいくか。
「ノノちゃん!」
「うわっひゃぁっ!?」
模擬戦闘中の二人は、ちょうど、十島が攻めている最中だったようで、一番でかい目玉……十島曰く、『ノノちゃん』からグネグネと捉えづらい動きのレーザーが放たれているところだった。というか、ノノちゃんって……どちらかと言うと『デビルズアイ』みたいな見た目してるんだけど。
それは置いといて。ただ真っ直ぐなレーザーじゃなくて動きのあるレーザーにしたのは良い策だ。回避し辛いからな。ただ、水城の機動力をなめちゃいけない。
「こんの……!」
脚部に展開された鎧型装備魔法、アクアス。そのふくらはぎの辺りから勢いよく水が噴出されて、あのグネグネとしたレーザーをその機動力をもって見事に回避した。
しかも、それで終わらない。水城はどちらかと言えば近接タイプ。一方、十島は遠距離支援型。つまり、近付かれれば勝機が薄くなる。それも考えてのことだろう。水城は回避したあと、すぐに十島へと突撃した。
「希菜子、ごめんっ!」
恐らく『親友なのに全力で蹴りにかかってごめん』ということだろう。
が、十島はそれに不敵な笑みを返した。
「甘いよ、佳奈ちゃん……『タイプ:シールド』!」
お……おぉ!? あれは……三体の目玉が十島の前に規則正しく並んで、三角形を作って……その間に、魔法でシールドを張ってるのか!
「ヴェッ!?」
驚きのあまり突撃の勢いを弱めず、そのシールドにもろに直撃する水城。ダメージは無いだろうが……いや、割と痛そう。
「まだまだ! ネット……パラライズ!」
すぐさま離脱を図った水城を捕らえるように、例のシールドがその姿を変える。ネット。網だ。網状の魔法が水城の前に展開された。
そのまま、それを形成する三体の目玉が、水城を捕まえるべく前進。と同時に、魔法の網が黄色く輝く。パラライズって名前からして電気系統の魔法か。数日前に発現したばかりだっつうのに器用な真似を。
「アババババババ」
「そのまま、フリーズ!」
今度は氷系の魔法。目玉たちが動けない水城の周りを取り囲み、回転する。送り込まれた冷気が、少しずつ水城の身体を凍らせていき……水城は、巨大な氷像となった。
……って、流石にやりすぎじゃないか? 人って凍らせたら死なない?
「な、なあ、十島……」
「あっ、水無月くん。来てたんですね」
「いや、うん。結構前からね。というかそれ死なない? 大丈夫?」
「へ?」
つっこむと、流石にやりすぎたことに気が付いたのか……、
「……はわぁっ!?」
素っ頓狂な、声をあげた。
そして大慌てで三目玉を集めると、集中させ、魔力を集めだした。
「ど、どかん!」
「いやどかんはまずくない?」
俺の制止も虚しく、十島はまさしく『どかん』と一発、水城に魔法を放ち……。
「ふむ。よく集まってくれた。……ところで、カナは何故そんなにボロボロなんだ?」
「事故です」
あれを事故と言い張るのか、十島。
現在、俺たちガッダリオンの召喚組勇者四人と予知者アリア、それから現地勇者のイヴァは、クロニアの指示で応接間のような場所に集められていた。話す内容については大方予想も付いている。勇者全員と、予知者。まず間違いなく紅蓮の件だ。
「恐らく、お前たちも予想は付いているだろう。集まってもらったのは魔王の件だ」
「何かあったのか?」
クロニアは頷いた。
「先ほど伝令が届いた。王都からそう遠くない場所にある小さな村が、大量の魔物によって滅ぼされたそうだ」
「なに……?」
また突然の報せだな。村が魔物に滅ぼされただなんて。しかも、ここからそう遠くないときた。
……だけど、それと魔王とになんの関係が?
「逃げてきた者の証言によれば……『空が黒く染まり、泥のようなものと共に魔物が現れた』……とのことだ」
「泥……」
……ああ、成る程。そういうことか。
予知者アリア曰く……魔王の封印が『完全に』解け、本体が解放されるのが、二ヶ月後。そして、それまでに、弱まった封印から漏れ出した『魔王の泥』が世界に降り立ち、脅威となると……これのことか。その泥とやらの影響かは知らないが、大量の魔物も同時に発生したか、或いは引き寄せられたか。確かに、危機だな。
「幸い、異変に気付いた者が避難を勧告したおかげで、人的被害は少ない。だが……」
「……一番近い村や町は?」
魔物たちは本能的に人や食べ物を狙う。次に狙われるのは、その村から一番近く、一番大きな町。
まあ、予想通りだとすれば……、
「ここだ」
……予想通りだ。だから勇者たちを集めたのか。
室内に緊張が走る。俺やイヴァ、恐らくアリアは慣れたようなものだが、他の三人……地球組は違う。これが初の戦闘になるかもしれない。
「で、数と時間は?」
「数は不明だ。時間は……そうだな。長くはあるまい」
「つまり何も分からないってことか。了解、しんどそうだな」
まあ、仕方ないか。すぐに戦闘開始になるもんだと思って準備を進めよう。
「すまないな、勇者」
「それが俺たちの役目なもんでね。町の人間への避難勧告は任せた。あとはできる限り戦える人間を集めるって感じかな」
この町で戦える人間といえば、俺たちに、騎士……それから、ギルダーか。
ただ、騎士はまだしも、ギルダーの方はあまり戦力にはならないかもしれない。この国、特に王都は騎士中心に魔物の討伐も行われているし、ギルダーがやってるのはせいぜい、気持ちばかりの治安維持だとかお使いだとか。
となると、最終防衛ラインで騎士たちと一緒に、溢れてしまった弱い魔物たちを倒す方に専念してもらうのが吉か……?
「騎士への伝達は、イヴァ、お前に任せる」
「直ちに」
クロニアがそう命令すると、イヴァは急ぎ足で騎士たちのもとへ向かった。
「ギルダーへは俺から連絡しよう。国王命令なら聞かざるを得まい」
「そうしてくれ。俺たちは勇者内で作戦会議とするよ」
最前線にて戦うのは、俺たち勇者。だったら、勇者内での作戦会議も当然必要。
予知者アリアとクロニアが二人で打ち合わせをしている隣で、俺は三人を集めた。随分と力を使いこなせるようになった十島、まだ力を持て余している水城、そして、発現すらしていない明。
なにより、全盛期の二割程度の力しか発揮できない俺。
……うむ。四代目の時に比べて戦力がかなり、かなーりダウンしているが、何とかなるだろうか。
「と、いうわけで……」
三人を前に、そう切り出した。
「——実戦だ。悪いが、ここから先は気を引き締めろよ」
少しトーンの下がったその声に、三人は小さく肩を震わせていた。