一話 勇者『再臨』
青白い光が晴れ、突如として目の前に現れた豪華な部屋……いや、部屋? 宮殿の中みたいな……部屋? 部屋とかいうレベルではない気もするが、それは置いておこう。
そんな部屋に現れた男女四人。若い少年が二人と、同じくらいの歳の少女が二人。髪の色も様々。とても、同じ場所から来たとは思えないほどだった。
他の三人が状況も飲みこめずに立ち尽くしている中、たった一人、黒髪の少年だけは怯えることなく声を発した。
「おいお前これどういうことだよ説明しろよ」
「何か分からないけど取り敢えず落ち着いて」
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「よし、進路指導サボるか」
「『サボるか』じゃないよ」
隣に座っていた赤髪の男から、盛大なツッコミを受ける。仕方ない、仕方ないんだ、これは。
今は三限の後の休み時間。今日は短縮授業なので、四限に進路指導と言う名の集会を受ければ帰ることが出来る。のだが、話を真面目に聞ける自信がなかった俺は、サボろうとした。サボりたかった。隣にこの男がいなければ。
火野明、17歳、男。運動神経抜群、成績優秀、イケメン。そして優しいとまで来た。絵に描いたような完璧人間で、なおかつ俺の幼馴染。こんなやつが幼馴染な俺の気持ちも考えろ、やばいぞ。
「白羽、授業サボるのはマズイでしょ」
「授業じゃなくて集会だろ、かったるい」
「一緒だって」
進路指導なんて、退屈なことこの上ない。確かに将来のことは大事だが、俺は何よりも今が大事なのに。ああ、うん。もちろん進路のことも考えてる。大学には進学するつもりだよ、流石に。
ただ、今からああだこうだ言っても仕方ない。今出来ることと言えば、進学先の情報を集め、少しでも勉強をして、来年に備えることだ。そんなこと分かりきってる。何度も何度も話を受けた。それなのに、何故に何度も何度も同じ話を繰り返すのか。謎でしかない。
クラスの皆はもう移動し始めている。俺たちも移動しなければならない。が、どうにも行く気が起きないのは何故か。正解は越後製菓、じゃなくて面倒臭いからだ。
「ほら、行くよ白羽」
「あーあー、引っ張るな引っ張るな。行くから、行くから」
イケメン完璧少年明に腕を引かれ、俺は渋々体育館に向かったのだった。
そして、その後。長ったらしいハゲ教師の話が終わり、教室に戻ってきた俺と明は、無事に帰る準備を進めていた。明はこれだけの完璧っぷりを披露していながら、何故か部活には所属していない。理由を聞いたこともあるが、『んー、なんとなく?』と返された。
鞄の中に必要なものを詰め込み、なんとなしにスマホの画面を眺める。12時丁度。昼飯時だ。帰りに何か食べていってもいいかもしれない。
「明、飯食って帰るか?」
「ん、俺は別にいいけど」
「なら、何処か行くか……」
そんな話をしている時だった。
「ねえ、火野くん」
「ん?」
明の名を呼ぶ声がしてそちらを向いてみれば、そこには女子にしては高身長な青髪の少女と、対して女子だとしても少し低めな茶髪の少女が立っていた。明の方を見ながら。
「水城さん、どうかした?」
「今から希菜子とご飯食べに行くんだけど、良かったら一緒にどうかなって」
「新しくオープンしたカフェがあるんですよ」
背が高い方の少女、水城佳奈。確か、陸上部だったか。クラスメートからの人気は高い。
対する小さめの少女、十島希菜子。手芸部……だったか。少し曖昧だが。クラスではゆるふわ系兼癒し系美少女とかいうあれで通っていた、はず。知らんが。
そんな二人の目的は、どうやら食事のお誘いのようだった。
あーあ、こりゃ、俺のことなんか眼中にないって感じだな。よっし分かった、俺は先に帰ってやろう。楽しめ、明。存分に。そして、リア充街道を歩け。俺とお前はここで別れるんだ。
「明、行って来いよ」
「あー……」
頬をぽりぽりと掻きながら、気まずそうな顔になるイケメン。これだけで女子どもを落とせそうだ。
「ごめん、水城さん、十島さん。俺、白羽とご飯行く約束しててさ。白羽を一人には出来ないんだ」
「……! 明、お前……!」
明のその言葉に、思わず目の辺りに熱を感じてしまう。こいつはなに嬉しいこと言ってくれてるんだ。
「大丈夫だって。先に約束してたのは白羽だしね」
「明ィ! お前ってやつは!」
「暑苦しいから離れて」
「なにそれ酷い」
思わず抱きついたら拒否された。そこは手厳しいみたいだ。
「水無月君も来る? 四人でご飯」
「え、俺もいいの?」
そんな思わぬ提案に、思わず素で聞き返してしまった。俺、お世辞にもクラスの中で目立つような存在ではなかったはずだ。いや、悪い意味では目立ったかもしれないが、水城や十島とは話したこともないし、こいつらは逆にクラスの人気者のはずで。こういうやつらって、俺みたいに影側の人間を嫌うんじゃなかったのか。めっちゃ嫌われてると思ってた。『キモいから近付くな』くらい言われると思ってた。
「あはは、駄目なわけないじゃん。クラスメートなのに」
なんて言いながら笑う水城。天使はここにいた。いや、女神か。
「えっと、白羽がそれでいいなら、俺も行くけど」
「俺は、明が行くってんなら行く」
明が行かないのであれば俺が行く意味はないし、向こうも嫌だろう。イケメン誘ったらイケメンのおまけだけ付いてきたみたいな。
「なら、ご一緒させてもらうよ、水城さん、十島さん」
「やったっ! あの新規オープンのお店、学生三人以上で割引になるキャンペーンやってるんだって!」
「佳奈ちゃん、声が大きいですよ……」
どうやら、明を誘ったのはその『キャンペーン』目当てだったらしい。他のクラスメートを誘えばいいのに、わざわざ明を誘うなんて、気があるんだろうか。いや、ただ単に他のメンツが部活やらなんやらで忙しかったからか。
そこまで来て、あることに気付いた。確か、あすかも今日は短縮授業だなんだと言っていた。あすかというのは俺の一個下の妹なんだが、短縮授業ならもうそろそろ終わっている時間だ。あいつのことだから、家で飯でも作って待つだろう。今日はいらないということを連絡しておかなければ。
スマホを軽快に操作し、あすかに連絡する。『今日は昼飯いらない』と……って、もう既読が付いた。あいつ、常に俺とのCOINを監視してるんじゃなかろうか。我が妹ながら少し怖い。
『行こっか』という水城の言葉とともに、俺たち四人はそのカフェとやらを目指して教室を後にした。
「水無月君って、普段はなにしてんの?」
駅で電車を待っている俺に、水城がそんな質問を投げかけてきた。今まで話したこともなかったが、だから俺のことを何も知らなかったのだろう。気になったんだろうか。
「俺か? 普段は、そうだなぁ。色々してる、かなぁ……」
ゲームしてるだのアニメ観てるだの、安直に答えると引かれる可能性があるのではないかと考えた俺は、引かれなさそうな回答を考えた。考えに考えた結果、三つほどの答え方を思いついた。これなら大丈夫、だと思いたい。
「たとえば?」
「人のブログ見たり」
「ふむふむ」
俺の回答に水城が頷く。芸能人とか声優とか。ブログを見るのは結構好きだ。その人の日常が想像出来たりして、テレビでは見せない一面もちょっぴり出てきたりして。
「動画見たり」
「ふむふむ」
またも水城が頷く。動画も結構好きで、人が馬鹿やったりしているのを見るのが好きだったりする。コーラでお風呂を作ってそこに例のお菓子を入れたり、爆竹で人を起こしたり。海外のそういうお馬鹿系動画なんかも好きだ。嘘はついていない。
「映画借りてきて観たり」
「最近観たのは?」
「メタルマン」
「あ、あれ面白いよね。私もこの前、全シリーズ借りて観ちゃった」
意外なところで水城が共感した。メタルマンは、主人公のジェイファー・ロディーが事故で死にかけるが、天才的な頭脳を持って自らの肉体の大半を金属で作り直し、犯罪組織をかたっぱしから潰していくという、よくあるヒーロー映画だが、俺の好きな映画作品のうちの一つなんだ。こいつ、意外と良いやつなのかもしれない。
「それから、明とゲーセン行ったり」
「へえ、火野君でもゲーセンとか行ったりするんだ?」
やはりというかなんというか、というような返しが来た。確かに、明の見た目や性格からして、ゲーセンに行くようなやつではないと想像してしまいがちだ。だが、現実は違う。
「こいつ、結構ゲーマーだぞ。うちの近所のゲーセンの店舗記録保持者だったりするから」
そう。こいつ、近所のゲーセンのシューティング系のゲームで、店舗内最高記録を叩き出すほどの腕なのだ。殆どのゲームでこいつに負けることはないが、唯一勝てないジャンルがシューティング。こいつのあの異常なエイム力の高さは、もはや人間じゃない。
「意外ですね。火野君ってそういうことは嫌いなタイプたと思ってました」
「白羽っていう問題児と幼馴染だからね。こういう風に育っちゃったんだよ」
「おい」
中々失礼なことを言ってくれる。俺と一緒だからゲームの楽しさを知ったんだろうが。
「後は、そうだな……SNSでも時間潰したりしてるか」
「Teaterとか?」
「どちらかと言うとCOIN派だな」
Teaterのようなかなり広範囲の人間と絡むようなものより、COINのような限られた範囲でしか絡まないSNSの方が好きだ。というより、そっちの方が気が楽だったりする。
「誰とお話してるんです?」
「そうだな……普通に知り合いとか」
「へえ、どんなこと話すの?」
「この前は、明がいつまで経っても彼女を作らないって相談したな」
「白羽、それちょっと詳しく聞いてもいい?」
「あ、これ本人に伝わってなかったん……あ、嘘嘘、ごめんって。もうしないから」
そんな馬鹿な会話をしているうちに、俺たちが乗る予定だった電車が来た。俺たちは今からこの電車に乗って、四つ先の駅で降り、目的のカフェに行く。
電車が俺たちの前で止まり、扉が開いていく。そして、十島が乗ろうとした、その時……。
「あいたっ」
何故か、何もないはずの空間で、十島がぶつかった。そう、何もないはずなのに、ぶつかったのだ。何かに。
「……え?」
自分でも何かおかしいと気付いたのか、その何もないはずの空間をペタペタと触る。何もないはずなのに、手は確かにそこで止まってしまっているようだった。
頭のどこか、認識の外の外で、懐かしい感覚を覚えた。決してここでは感じてはならない、感じるはずのないものだ。
「これ、なんでしょう? ここに、透明な壁みたいなものがあって……」
「へえ、何だろう。ガラス?」
「電車の入り口にガラスは張らないと思うけど」
三人が何やら馬鹿な会話を繰り広げているが、そんなことはお構いなしに認識を広げていった。そして、辿り着いた。
「……いや、なんで、ここで!」
「白羽、どうかしたの?」
突然叫んだ俺を不思議に思ったのか、明が声をかけるが、今はそれどころではなかった。俺の予想が正しいのならば、今すぐにここから離れるべきだ。離れなきゃいけない。
「マズイ、マズイマズイマズイ! お前ら、今直ぐここから離れるぞ!」
「え、ちょ、水無月君!?」
三人の背中を押し、出来るだけ遠くに逃げようとした。これから逃れるために。
だが、そんな努力もむなしく、突如として辺り一面を真っ白な閃光が染めた。
「あぅっ!?」
「な、なんだ、これっ……!」
「ま、眩しいっ……」
「遅かったかっ……!!」
閃光が俺たち四人の視界を埋め尽くし、奪った。何かが体を持ち上げたような、不思議な浮遊感に苛まれ、特徴的な耳鳴りがした。
俺たち四人は、駅から忽然と姿を消した。後に残ったのは、四人分のスクールバッグだけだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
「……分かった、落ち着くよ」
「う、うん。それでいいや」
と、ここで冒頭に繋がるのだ。この部屋とも言えないような広間にいきなりポンと投げ出され、周りには鎧を着た兵士たちの群れ。部屋の最奥には、赤いマントと王冠を身に付けた男……老爺が座っていた。豪華な飾りの施された玉座に。
「なあ。ここは、ガルアースってことでいいんだな?」
「……そうじゃ」
遠くにいた老爺に聞こえるようにそう言い放った。返ってきた言葉に若干の気持ちの昂りはあったが、今は置いておこう。
兵士たちに怯むことなく、玉座の前まで歩いていく。そして一度、形だけの礼をした。右手で心臓の辺りを二度軽く叩き、その後日本でもよくある、手を前に払うような動作をする、こちら流の挨拶。目上の者に対して使う礼だ。
そして、そんな挨拶をした後に、何の躊躇いもなく口を開いた。
「見たところ、あんたが王ってことでいいのか?」
「……その通りじゃ。ルイナ・ガッダリオン三世という」
ルイナと名乗ったその王は、俺がこちらでの挨拶をしたことに対して少しだけ驚いたが、別段慌てる様子もなく、平静を保ったままだった。なお、後ろの三人はまだ固まっている。
「これは一体、何のつもりだ?」
これ、というのは、もちろんこの『召喚騒動』のことだ。失われた魔法である、世界線を越えた召喚魔法を使用して、俺と後ろの三人をこの世界に召喚した理由。くだらない理由であればこの場で殴り捨てるくらいの権利はある。
俺がそう言うと、王は少し困った顔になって言った。
「この世界に危機が迫っておる。助けて欲しい、異界の者よ」
「危機? 具体的には、どんな」
異世界の者を呼び出すほどの危機。果たしてどんなものだと言うのか。魔王が現れたか、大災害でも来るか。そのどれにしても、こちらの人間でなんとかしてくれとは言いたいが。
そして、ルイナ王から返ってきたのは、俺が予想していたうちの一つだった。
「……魔王の復活が予知されたのだ」
「なるほど。蒼腕の魔王か? それとも、壊爪の魔王か?」
どちらも俺が相手をした魔王だ。確かに強かったが、あの魔王たちならこの世界の人間でもどうにかならないでもない相手だ。流石に、神剣の魔王辺りが復活するとなれば、この世界の人間ではどうにもならないだろうが。
人間、魔物、その他の生き物。それら全てが異常なまでの魔力を持ってしまった時、自らの膨大すぎる魔力に耐え切れず、肉体が果ててしまう。普通ならその場で死んで終わりなのだが、ごくごく稀に……本当に稀に、その死を乗り越え、膨大すぎる魔力を制御する者が現れる。それが『魔王』。読んで字のごとく、魔の王だ。そもそもその膨大すぎる魔力とやらを持つこと自体が稀なので、歴史書を読んでも、100年に一度現れればハイペースな方だとされている。それが、俺の時は三体も現れた。不運にもほどがある。
「いや……紅蓮の魔王じゃ」
だが、ルイナ王が出した名は、俺の記憶にはない名の魔王だった。戦ったことはないし、名前を聞いたことすらない。過去に現れたという魔王なら、歴史書を読んで全て覚えている。そのどれにも該当しない名だった。
「……俺の知らない魔王だな。復活、ってことは前にも現れたんだろ。いつだ」
「今から200年前になる」
あっさりと言ったルイナ王。反して、俺の脳内はその言葉によって掻き乱された。
「……今はガルアース暦何年だ?」
「お主、異界の者ではないのか? 何故、この世界のことを……」
「答えてくれ。今は、ガルアース暦何年だ?」
おかしい。俺が向こうに戻ってからまだ一年だ。そんなに月日が経過しているはずがない。
しかし、現実は甘くないというか、なんというか。
「……807年だ」
「……なんだって?」
……ガルアース暦807年。それは、俺がいた頃から300年余りも経過してしまっていた。
あれから、300年。日本では一年しか経っていなかったはずなのに、こちらではもう300年も経っていたというのか。それではあまりにも悲し過ぎるではないか。
「なあ、白羽。これ、どういう……」
「み、水無月君、なんなの、これ……!」
「鎧着た人が、いっぱい……」
少しずつ回復してきたのか、後ろの三人も活動し始めた。いや、明は元からあまり固まってもいなかったか。水城と十島に関しては、もう駄目だ。暫く時間がかかりそうだ。
そして、明が俺を呼んだ時の『白羽』という単語に反応したのかは知らないが、一瞬、ルイナ王の耳が跳ねた気がした。
「……ハクハ、だと?」
どうやら、気のせいではなかった。そして、それだけで全てを察知した。同時に、戻ってきたのだという実感も得た。
「かの勇者と、同じ名前……偶然か、異界の者よ」
「あんたの予想はどうだ、王」
悪戯に笑みを浮かべ、ルイナ王に返す。答えは、もう誰もが予想がついていることだろう?
「……お主は異界の者でありながら、この世界のことを知っておる。かの勇者と、何か繋がりがあるのではないか?」
「不正解だ」
何も事情を知らないルイナ王からすれば、それが普通の考えだ。だって、ただの人間が300年も生きていられるはずがないから。向こうではたったの一年でも、こちらでは300年も経過しているのだ。常識的に考えて、300年前の人間が生きていると考える者は、まずいない。
「繋がりがある。まあ、あながち間違いでもない。が……」
だから、教えてやろう、ルイナ王。お前の疑問、その全てに答えよう。
こちらの世界に来て、途端に体に満ち溢れ出したこの力。全ての根源の力、魔力。日本には存在しないもの。それが体中を巡り巡って、ある一つの魔法を発動させる。
300年前。当時、お遊び半分で作った魔法、“無駄魔法:早着替え”。それを後に改良し、瞬時に装備品を切り替える際に便利となった“魔装転換”。300年ぶりに使用したそれは、何の不具合もなく発動し、俺の体を光が包み込んだ。
光が弾けるように霧散し、次に俺の体が晒された時、その姿は先程とは大きく異なっていた。
ごく一般的な学生の制服、紺色のズボンにブレザーだったその姿は、胸の部分を黒い装甲が覆い、そして、上下が分かれた黒いローブのようなものを着た姿に移り変わっていた。
“輪廻のローブ”。もう着ることはないと思っていたが、こうしてまた着る機会が巡ってきて、どこか嬉しささえも感じる。
「あんたが言う『かの勇者』が、四代目勇者のことを指しているのなら、それは——」
すっかり静まってしまった広間に、俺の声だけが響き渡った。
「——俺のことだよ、異界の王よ」
異世界ガルアース四代目勇者、ハクハ。再び、この世界に降り立つ。