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阿編、第三話

「やあ、おかえり、(おもね)くん」


なんだか朝を思い出させるような台詞で、セイメイは俺を迎えた。


「ただいま」


俺は少し疲れたようにそう言う。

この情報屋に『ただいま』を言うのは、おそらく今日で最後だろう。

なんの感慨も無いけどな。


「なんだか疲れた顔をしているね、貧乳美少女にナイフでも突きつけられたって顔だ」


やっぱり見られてたか。


「……見てたのかよ」


「まあね、僕の『式』はこの辺り一帯を監視しているからね。とはいえ、会話は聞き取れなかったけど」


「その件については何も話さねぇよ、俺は」


「そうかい、話せないのなら仕方がないね。僕は無理に聞こうとは思わないよ」


『話せないのなら』か……結局全部聞こえてたんじゃねぇだろうな。

こいつのけったいな魔術なら、それも可能なんじゃないかと勘ぐっちまう。

ちなみに、この胡散臭いおっさん――近衛(このえ) 晴明(はるあき)――は、日本古来より続く『陰陽師』の末裔らしい。

本人がそう言っているだけなので真偽のほど分からないが。

とはいえ、セイメイが俺にくれた『呪符』が本物であることは間違いない。

体内からの魔力放出をほぼ完全に抑えるこの『呪符』の効果が本物であることは、俺が身を持ってよく分かっているのだから。


「じゃあ阿くんが話せるほうを聞こうかな。学園のほうはどうだったんだい?」


セイメイの問いに、俺は今日の学園での出来事を話した。

こいつにとって、『式』を潜入させることが難しい学園の情報は貴重らしく、なかなか高値で買い取ってくれる。

……まあ借金が減るだけなんだけどな。


「うん、なかなか面白い情報だったよ。適当に5万円ほど借金から引いておくね」


「……やけに高いな。そんな貴重な情報でもあったか?」


勿論、カスミ姉妹の件は話していない。


「あのフェイちゃんがずいぶん偉くなったもんだと思ってね、面白かったから少し色をつけたのさ」


「フェイちゃんって……まさか叔母さんと知り合いなのか?!」


あれは『ちゃん』付けで呼べるようなタイプの人じゃない。むしろ、その対極に位置するだろ。

つーか、セイメイとフェイニール叔母さん、知り合いだったのかよ。


「まあね、昔の知り合いの知り合い程度の関係さ」


なるほど、セイメイは俺の親父の友人だったらしいから、そこで繋がっててもおかしくはないのか。

叔母さんが妙にお金のことを強調してたのも納得がいった。

俺がセイメイに世話になってることも、こいつが某ツギハギ無免許医並に金を取ることも、叔母さんは知っていたんだろう。


「はー、世の中は狭いんだな」


「世の中が狭いんじゃなくて、きみの知ってる世の中が狭いだけかもしれないよ、阿くん」


「そーかよ。あ、そういえば――」


意味ありげな台詞で台詞で煽ってくるセイメイを少し鬱陶しく思いながら、俺は話題を変える。


「昨晩……というか朝、いや昼前までどこ行ってたんだ?」


セイメイが深夜にふらりと出かけるのは日常茶飯事だが、昼前まで帰らないというのは珍しかった。


「ん?ああ。昨晩遅く、学園の西にある裏山で(シャドウ)が多数確認されたんだ。

そのうちの殆どは『ある魔操士(マギスト)』のおかげですぐに片付いたらしいんだけど、何体かは街に逃げてしまったようでね。

僕はその捜索の為に動いていたって訳さ。中々見つけられなくて大変だったよ」


セイメイは一気にそう喋った後、少し目を細めて


「……これ以上の情報は有料だけど、聞きたいかい?」


と、意地悪く聞いてくる。


「いや、遠慮しとく」


別に、金を払って聞きたいほどの興味は無い。

さて、荷物は纏めおわった。そろそろ出よう。


「じゃあなセイメイ。世話になった」


「またいつでもおいでよ、阿くん。お金が欲しければ情報を、情報が欲しければお金を持ってね。

借金のほうはとりあえずツケにしといてあげるよ」


「……そいつはどうも」


俺はそう言って、セイメイの情報屋を後にした。









俺が学園の東地区にある寮に着いた頃には、立ち並ぶ2階建ての寮が長い影を伸ばすほどに日が傾いていた。

持ってきた荷物に加えて、帰り道で買い込んだ日用品が重い。

さっさと新居で休みたいもんだ……

えっと、たしか部屋の鍵が事前に渡されてたな。

俺は財布に入れておいた鍵を取り出す。

『C棟-2-5』

鍵についてるタグを見た俺は、C棟のほうへと向かった。


C棟に着いた俺は階段を登って最奥まで進む。

最上階の角部屋とは大当たりじゃないか。二階建てとはいえ。

鍵を開けて玄関に入ると、細い廊下の奥に部屋が一つ。

ワンルームか……

まあ一人暮らしにしては広いほうだろう。

ここまで引きずってきた荷物を部屋の中に運び込み、一息つく。

ふぅ……

あれ?

ここでやっと俺は違和感に気がつく。

どうしてベッドが2つあるんでしょうか?

どうして部屋の端に俺のじゃない荷物が置いてあるんでしょうか?

――ガチャッ――

と、廊下のほうから音がした。

……なるほど。

点と点が繋がった。

ここは、2人部屋だ。

悠々自適な一人暮らしが良かったのだけれど、まあルームメイトがいるのも悪くない。

できれば貧乳の女の子がいいな。

あ、もしかしてカスミちゃんだったり。

……などと期待を膨らませて廊下のほうへ振り向くと、そこには――

フリルの白下着を身に着けた、金髪の少女がいた。


目と目が合い、一瞬時が止まる。

この状況は、あれだ。えっと……まずくね?

『セクハラには十分気をつけるんだよ阿くん。さすがの僕でも、手が後ろに回った君のことは助けられないからね』

朝方セイメイが俺に言った台詞が、脳裏によぎる。

嫌だ。

こんな中途半端な大きさのおっぱいのために捕まりたくない。

金髪少女のおっぱいは俺の理想よりも少し大きかった。

冬夏や宮王丸先輩に比べればずいぶんマシだが、それでも理想の貧乳ちゃん――カスミ――に比べれば見劣りしてしまう。


「……な、なんなのよアンタ?!……変態!覗き!痴漢!!」


止まった時を破って先に動き出したのは、金髪少女のほうだった。

風呂上りだったのだろうか、左手に持ったバスタオルで身体を隠して、恥じらいながらもこちらに怒りの目を向けてくる。


「いやまて違う落ち着け。俺はこの部屋の――」


「うるさい変態!!!」


金髪少女は俺の弁解を聞こうともせずに、右手に魔力を集約させ――

あれは……ダーツか?

ダーツのように見える何かを2本『実体化』し、指に挟んだ。


(イグニス)(ウェンテ)二対(デュアル)!」


あろうことか彼女はそれを、詠唱と共にこちらに向かって飛ばしてきたのである。

俺は間一髪でそれを避ける。

『カッカッ』とダーツが壁に着弾した音とほぼ同時に――


爆ぜろ(イラプティス)!!」


「なっ…ぐああっ!」


後ろの壁からの爆風が俺の背中を襲い、俺は床に倒れこんだ。

っ痛……二段構えか。

おそらく、ダーツに魔力を編み込んでおいて、着弾後に術式を完成させたんだろう。

見たことも聞いたこともない戦闘技法だ。

背中の痛みに耐えてなんとか身を起こした俺の前に、バスローブを身体に巻いた金髪少女が立ちはだかる。


「これからアンタを覗きと痴漢の現行犯で警備に突き出すわ。逃げようとしたらもう一発当てるからね!」


「いやだからそれは――」


誤解なんだよ。

と言おうとして顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、今にも崩れようとしている天井だった。

さっきの爆発で支柱が一本吹っ飛んだせいだろう。

金髪の少女はこちらを注視しているので、上には気づいていない。

考えている時間はなかった。


「伏せろ!!」


俺はそう叫び――


「来い、夜叉桜」


右手の人差し指に嵌めた漆黒の指輪から愛刀『夜叉桜(やしゃざくら)』を実体化させる。

俺は、刀を構えて金髪少女の方へ跳んだ。


「三十三間堂流……千烈飛燕(せんれつひえん)!」


数多の斬撃を重ね、天井から落ちてくる瓦礫を砕き軌道を逸らす。

しりもちをついている金髪少女の頭上に、ひときわ大きな瓦礫が落ちてくるのが見えた。

あれは砕けない。

あれは逸らせない。

今の俺では、無理だ。

わかっている。

俺は――

右手で刀を最上段に構えて、金髪少女に覆いかぶさった。








どこだ……ここは。医療室か……?

気がついたら俺は、ベッドで寝ていた。

背中と後頭部が痛む。背中はあの金髪少女の爆発のせい、後頭部は瓦礫のせいといったところか。

瓦礫のほうは、刀で勢いを殺したつもりだったんだけどな……

まあ治療済みみたいだし、特に大怪我ってわけでもなさそうだ。


「目が覚めたか、阿」


フェイニール叔母さんがベッドの横に立っていた。

その隣に金髪ツインテイル少女の姿もある。さすがに下着姿ではなく制服を着ているが。


「フェイニールお……姉さん」


「よろしい。しかし驚いたぞ。寮のほうで事件だと聞いて行ってみれば、甥の阿が瓦礫の中で下着姿の女子生徒を押し倒していたんだからな」


叔母さんがからかうように笑いながらそう言ってくる。


「いや、あれは……その、色々とあってですね」


「わかってる、冗談だ。この女子生徒『ラティ・ユグドラシル』から経緯は既に聞いている」


「……俺が覗き魔で痴漢だってことをですか?」


「最初はそう『覗き魔痴漢に襲われた』と言っていたんだがな、阿のことをルームメイトだと教えたら全て話してくれたよ」


なんてこった。本当に手が後ろに回るところだった。


「……というかですね、なんで俺のルームメイトが女子なんですか?」


「そうよ!なんで私のルームメイトがこんな覗き魔痴漢なのよ!こんなの絶対おかしいわよ!」


金髪少女――ラティ――が口を挟んでくる。

『覗き魔痴漢』というところ以外は概ね同意見だ。


「くじび……いや、厳正な審査の元で相性やら何やら色々と考えて決めた部屋割りだ。文句と変更は受け付けない」


叔母さん、今くじびきって言おうとしただろ。


「でもあの部屋ボロボロですよね、俺は今日どこに泊まればいいんですか?」


「私の権力でなんとかもう一つ部屋を用意した、当分はそこを使え。H棟ー2-5だ、今度は壊すなよ」


そう言って鍵を俺とラティに渡すと、フェイニール叔母さんは医療室から出て行った。

願わくば2つの鍵ではなくて2つの部屋を用意して欲しかったが。


しばしの沈黙の後――


「……悪かったわね、いきなり攻撃したりして」


とラティが目を背けながら、ばつが悪そうにそう言った。


「いや、俺のほうこそ……その、見ちまって悪かったな」


「そ、そうよ!元はといえば私のは…は…裸を見たアンタが悪いんだからね!!」


なんだこいつ。

裸は見てねぇよ、見たのはフリル付きの白下着姿だよ。

などと言うと話が拗れそうなので、ここは大人な俺が謝っておく。


「はいはい、すいませんでした」


「……あと、あんな瓦礫程度私一人で捌けたわ。恩を売った気になんかならないでよね」


たしかに、あれだけの爆発を起こせる実力者なら、俺の手出しはいらなかったかもな。

でも残念ながら、俺はあの場でそんな理性的な判断ができるほどクールな男じゃねぇんだよ。


「特に恩を売ったつもりはねぇよ。それに、元はといえば俺が悪いんだろ?」


「べ、別にそのことはアンタのせいじゃなくて……その、助けてくれて……ありがとう」


「は?」


唐突な感謝の言葉に、俺は間の抜けた返事をしてしまう。


「ありがとうって言ってるの!!……これで貸し借りなしなんだからね!」


ラティが顔を赤くして怒ったようにそう言った直後――


「そこのカップルさん、いつまでイチャついてるの~?もう夜10時だから医療室は閉めるわよ~」


と、医療室の担当医が仕切りのカーテンから顔を覗かせた。


「カップルじゃねぇよ!」

「カップルじゃないわよ!」


悲しいことに俺達のツッコミは、ほぼ同時だった。











「そういや、自己紹介がまだだったな。俺は1年A組の三十三間堂さんじゅうさんげんどう (おもね)だ」


H棟2階5号室のワンルームを二分する作業をしつつ、俺は遅めの自己紹介をした。


「なにそれ、女みたいな名前ね。私は1年C組のラティ・ユグドラシルよ」


女みたいな名前で悪かったな。

それにしても……

『ユグドラシル』

さっきも思ったが、聞いたことがある。

異世界に存在し、世界樹を中心に栄える自然に満ち溢れた国。

同じ世界のインテラヴァレル王国との国交はあるが未だに謎は多く、神秘的な地とされているらしい。


「そっか。よろしくな、ラティ」


「な、なんでいきなり名前で呼んでるのよ!」


「ダメか? ユグドラシルって呼ぶよりは自然かと思ったんだけどな」


「それはそうだけど……じゃあ、よろしく……(おもね)


ラティは俺から目線を少し逸らしてそう言った。


部屋の住み分けを終えた頃には既に夜中の12時になっており、疲れ果てた俺達はそれぞれ部屋の隅に寄せたベッドに入った。

まったく、入学式早々とんでもない一日だったぜ。

さっさと寝ることにしよう……

……

……

……寝れない。

疲れてはいるのだが、数時間ほど気絶していたせいか睡眠のリズムが狂って、寝れない。

まあ今朝起きたのが11時過ぎだったのも理由だろうけど。

……む

……ラティが、気配を殺して部屋を出て行った。

まぁ、色々とあるんだろう。詮索はしねぇよ。

俺は寝たふりをしながら――というか目を閉じて寝る努力をしてるだけだが――出かけるラティの姿を見送った。

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