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阿編、第二話

「おい『堕ちた零(マイナス)』、私は今の貴様を認めてはいない。フェイニール殿の采配である故、仕方なく貴様を補佐に据えたにすぎない」


戦技部統括室を出て刀技科(とうぎか)に向かう途中、俺の前を歩く宮王丸先輩がこちらを振り返りもせずに、長すぎるポニテを揺らしながら強くそう言い放った。

先ほどのフェイニール叔母さんとの会話中は借りてきた猫のように大人しかった――というか黙っていただけだが――癖に。

叔母さんに何か弱みでも握られてるのかもな。興味ねぇけど。


「……すいませんね、認められるような補佐じゃなくて」


と、俺は嫌味を込めた謝罪をする。

先輩はそれに答えず、結局俺たちはその後一言も話さぬままに刀技科まで来ることとなった。

『刀技科』の看板がかけられた建物は、一風変わった様相を呈していた。

……なんだこりゃ、まるで剣道場だ。

大方、教官だった親父が自分好みに改築したんだろう。よく許可が下りたな。

しかし、親父がいなくなってから三ヶ月も経つというのに、道場が綺麗なまま保たれてるのが不思議だ。

誰かが毎日掃除でもしていたんだろうか。


「貴様はもう帰れ。明日の13時にここに集合だ、遅れるな」


なんだって? 今来たばかりなのに、帰れと申しますか。


「いや……俺も準備とか手伝いますよ」


「いらん気遣いは不要だ。貴様は刀技科の授業中のみ補佐としてただそこに居ればいい。私の邪魔だけはするな」


……嫌われてんな、俺も。

まあ、せっかく先輩が帰ってもいいって言ってくれてるんだから、お言葉に甘えるとしよう。


「分かりました、それじゃお先に失礼します」


俺は宮王丸先輩に軽く頭を下げ、その場を後にした。








つい今朝方まで俺が居候していた情報屋『近衛(このえ) 晴明(はるあき)』の小さな事務所は、学園から南に徒歩20分ほどの場所にある。

俺は置いていった荷物を取りに、学園を出て晴明――セイメイ――の事務所へ向かった。

雑踏の中を進みながら、俺は理想の貧乳を探して目を走らせる。

大丈夫、見るだけなら大丈夫。捕まらない。

俺が剣術で鍛えた目線運びには、見られていることを気取らせないだけの速度と技術がある。

能力の有効活用ってやつだ。


……しかし、クラスにいた水色ショートボブの貧乳ちゃんに比べたら、どれもこれも見劣りする。

あんな理想のおっぱいを見せ付けられてしまっては、貧乳ちゃん探しをぜんぜん楽しめない。

……しかたない、今日の貧乳ちゃん探しは中断!

そう決断して目線を正面に戻した俺は、雑踏の中20mほど先に理想の貧乳を見た。

それは、例のショートボブ少女に勝るとも劣らない、完璧な形と大きさだ。

それもそのはず。

『それ』は『例のあれ』と、まったく同一のものだった。

俺の視線の先にいるのは紛れも無く、1年A組の窓際の席に座っていたあの水色ショートボブ少女だった。


水色ショートボブ貧乳少女――仮に『貧乳ちゃん』としよう――は、4,5歳ほどの幼女と手をつないで仲よさそうに話しながらこちらに向かって歩いてくる。

おそらく、貧乳ちゃんは俺に気づいてないだろう。

まあクラスでも話をするどころか目すら合わせてないからな、気づく気づかない以前に俺の事を知らないのかもしれない。


「かすみおねえちゃん、きょうね、メイね、くろいおおかみさんにあったんだよ」


幼女が貧乳ちゃんに笑顔でそう言っているのが聞こえる。

姉妹なんだろうか?

それにしては歳が離れすぎだとは思うけどな。

……ちなみに俺は貧乳好きだが、幼女は対象外だ。

思春期を過ぎた貧乳にしか興味は無い。


「――」


貧乳ちゃんが驚いたように幼女のほうを見た。

何を言ったのかは聞こえなかったが。

……まあ驚くのも無理はない。

『くろいおおかみさん』というのはおそらく、魔素を食らう敵性存在『(シャドウ)』の犬狼型のことだろう。

魔素適性を持たない『ノーマル』は影に対抗する術を持たず、大人であっても逃げ切ることすら難しいと言われている。

そんな相手に、年端も行かぬ幼女が相対したというのだから。


「それでね、ぼろぼろのおにいちゃんと、ぴんくのおねえさんが、おおかみさんをやっつけてくれたんだよ。かっこよかったんだよ!」


なるほど、この世の中も捨てたもんじゃないな。

影に襲われてる幼女を救うヒーローってのが実在するとは。


「……そう、怪我がなくてよかった。でももう一人で外に出るのは、ダメ」


「はーい」


すれ違う直前なので、貧乳ちゃんの小さな声も聞き取ることができた。

ずっとおっぱいを見ていたので貧乳ちゃんの表情は読み取れなかったが、おそらく俺には気づいてないだろう。

こちらを気にすることもなく俺の横を通り抜けた2人は、そのまま遠ざかっていった。

あ……貧乳ちゃんとお知り合いになるチャンスだったじゃないか。

『時既にお寿司』

本日二回目の痛感をしつつ、俺は情報屋への道を急いだ。









さて、今現在俺の首筋には、氷の刃が突きつけられている。

何故こんなことになっているのかというと――

――さっぱり分からない。

回想シーンに入るとでも思ったか? 残念、入らねぇよ。

今は、俺が二度目に『時既にお寿司』を痛感してからおよそ5分後の、2時45分。

こんな場合なのに腕時計を確認してしまう。

……いや、こんな場合『だから』かもしれない。

自分が死んだ日時を知らないなんて、あの世で恥ずかしいとは思わないか?

……思わないか。


話を戻そう。

今現在俺の首筋には、氷の刃が突きつけられている。

あ、これはさっき言ったか。

人通りの少ない路地に入ったら、いきなり後ろから腕を回されてこの有様だ。

おそらく、魔素で生成された刃だろう。感覚で分かる。

……となると、後ろにいるのは俺と同じ『魔操士(マギスト)』か。

恨みを買うような覚えは……無いこともないが、殺されるほどではないと思いたい。


「そこの空き地に、入って。誰かに見られる前に」


刃の主が、俺の耳元でそう囁いた。抑揚の無い声で。

あれ……この声、つい最近聞いたぞ。

……貧乳ちゃん?


「早く」


そう言って貧乳ちゃんが氷の刃を握る手に力を込める。

とりあえずここは従っておこう。『ノーマル』に見られても面倒だ。

俺は首筋に刃を突きつけられながら、脇道にある空き地へとぎこちなく歩く。


ところで今、貧乳ちゃんは左手で俺の右手首を後ろ手に固め、右手で俺の首に刃を突きつけている。

つまり、俺の右手は貧乳ちゃんのおっぱいのすぐ傍にある。

一歩進むたびに、おっぱいが俺の右手の甲に当たるのだ。

まさかこんな形で理想のおっぱいに触れることになるとは夢にも思っていなかったが。

とにかく俺は、掌を返して揉みたい衝動をなんとか抑えて、空き地の奥に辿り着くことに成功した。


「で、俺になんの用事だ? かすみおねえちゃん」


貧乳ちゃんの呼び名をそれしか知らないんだから仕方が無い。まさか貧乳ちゃんと呼ぶわけにはいかないし。


「……その呼び方、やめて」


氷の刃が俺の首筋に食い込み、俺の右手を捻る力も強くなる。

無駄な力が入った今なら振り払えるが……

右手の甲が幸せすぎるから、もう少しこのままでいよう。

すまん首筋、我慢してくれ。


「じゃあ……なんて呼べばいい?」


「呼ばなくて、いい」


貧乳ちゃん――カスミ――は、淡々と続ける。


「要求を伝える。私に妹がいる事を誰にも口外しないと誓って。了承できないなら、今ここであなたの口を封じなければならない」


なるほど……なんだか深い事情がありそうだ。

つーか、知られたくないなら堂々と妹を連れて外を歩くな。

まあ、学園の南は『魔操士(マギスト)』が少ない街だからな、学園の生徒が来るなんて思ってなかったんだろうが。


「ここで俺が『分かった』と素直に了承したところで、お前はそれを信じられるのか?」


俺にはある名案が浮かび、それを実行に移す最初の一手を打った。


「……たしかに。手放しでは信じられない」


「そうだろ? だから俺から一つ交換条件を出そうと思う。そのほうがお前も納得できるだろ?」


「内容による。内容次第では、今ここで口を封じる」


よし、乗ってきやがった。

逝くぞ……じゃなかった行くぞ本命の一手!


「おっぱい揉ませてくれ」


さあ迷え……

妹と自分のおっぱいを天秤にかけて迷うがいい……

恥らう貧乳ちゃんのおっぱいを、俺は揉むんだ!

俺はいざというときのために腕を振り払う準備をしつつ、カスミの返答を待つ。


「わかった、それで妹のことを口外しないと誓うのなら」


「は?」


俺の期待に反して間をおかず淡々と返されたその言葉に、俺は面食らってしまった。


「私はあなたの要求を呑むと誓う。あなたも私の要求を呑むと誓って」


違うんだよなあ……

もっとこうさぁ……

恥じらいとかさぁ……

コンプレックスとかさぁ……

そういうの無いとさぁ……

揉む意味ねぇんだよ。

しかし、俺が出した条件を呑まれちまった以上、ここは引き下がれない。


「ああ、お前に妹がいることは口外しない。誓うよ。勿論ここでのやり取りも口外しない」


「……分かった」


俺を解放したカスミは氷の刃を消し去り、両腕をだらんと下げてジト目でこちらを見ながら言う。


「揉むなら早くして、時間が惜しい」


「いや…えっと、それ今ここでじゃなくてもいいか?」


このシチュエーションで揉んでも、俺はまっっったくと言っていいほど興奮しない。

理想の貧乳との初体験がこんなものであって良いわけが無い。良いわけが無いのだ。


「……確かに、時間と場所までは指定してなかった。私のミス」


あ、確かに『おっぱい揉ませてくれ』としか言ってないな。


「お……おう、そうだな。時間も場所も回数も指定してないもんな」


ここでさりげなく回数を付け足してみた。


「回数は一回。そこは譲れない」


ダメだった。

一回というのは一揉みなのかそれとも一分揉み放題ワンセットなのか気になるところだが、

これ以上聞いても俺の権利を狭めるだけなのでやめておこう。


「私の行動を制限しない範囲なら、場所も時間もあなたのご自由に」


とカスミは続ける。


「おう。そうさせてもらう」


「……もしあなたが私との誓いを破ったら、あなたの卑猥な要求を皆に言いふらしてから、あなたを殺す。覚えておいて」


カスミは無表情で淡々とそう言い放った。

なるほど、社会的に殺してから物理的に殺すというわけか。

……というか、卑猥な要求だって事は理解してたんだな。そういう感覚が無い女の子だとばかり思ってたが。

スタスタと歩いて空き地を去るカスミを見送ってから、俺も空き地を出てセイメイの情報屋へと向かった。

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