片翼の天使
「片翼の天使」
片翼の天使がいる。
よくある話である。
その足元には骨と皮ばかりのひとが横たわっていて、ギロリと天使をにらんでいる。
その視線は、間違って落とした朱色のインクのように、天使の良心を責め立てている。
天使はなにも言わない。言えないのかもしれない。
私は陪審員のバッジを受け取って席に着いた。
手はずり下がり、足はずり上がる。そんな死体に何の抗議があるのだろう。
私はレモンティーに腐りかけたメープルシロップを垂らしながら、天使にぶちまけた。
「何もかも終わりました。これでおしまいです」
片翼の天使は情けない顔をして、天への階段に足をかけた。
すると余力の限りを尽くして横たわったひとが、天使のローブを引っ張り、
「どうしても私を裏切るなら、やっぱりもうひとつ羽根をください」
天使は首を振った。片翼だけでも大変だろうにすべてを奪い取られたら、夜空に星のともしびを掲げる仕事ができなくなってしまう。
「でも裏切ったことは確かです。私は種をもってない。ひざを揺すってもむなしいだけです。協会の鐘を鳴らしていたときはよかったけれど、あなたにそんな翼は似合わない」
横たわるひとの強い責め言葉に天使は青い涙をこぼして、真っ白な翼で涙をぬぐった。
青く染まった翼は、空の雲を掃くほうきのように見えた。
それで物事にきっちりと片がついたのではないだろうか。
私はカンカンと判事の鐘をたたき、観衆を呼び集めた。
天使は青い涙に暮れてやせ細り、両翼を得たひとはまるまると肥えた天使になって、スキップしながら階段を上っていく。
「なにもかもこれですんだのです」
私が叫ぶと、観衆はブラボーと立ち上がり、尻をたたきあった。
アンコールも叫ばれたけれど、私は答えなかった。
お客の一人が私の肩に手をおいて言った。
「おまえの判断は正しい。けれどすべてが丸く収まることはない。物事は三角形なのだ」
私にはそのひとの言っていることがさっぱり分からなかった。