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砂の風

作者: 森杜林

ウェブ上の三題噺ジェネレーターで出たお題「砂時計」「白色」「先例のない遊び」を元に書いた作品です。

 まず三分を計れる砂時計を用意します。

 砂の色は「無垢」「清純」を意味する白色が理想的ですが、本当の所は別に何色でも構いません。

 次に、砂の落ちきった砂時計の、ガラスのすぼまった箇所をハサミでちょん切って下さい。ガラスの破片やハサミの刃こぼれにはくれぐれも気を付けて下さい。

 そしたら砂時計を強風に晒したまま逆さにして下さい。扇風機が手っ取り早いですが、冬とか季節外れだったら残念ですね。

 すべての砂がガラスの隙間から風に乗って零れ、砂時計が空っぽになったら成功です。

 これであなたの中を流れるはずだった「時」は風に飛ばされたため、あなたは歴史に流されることなく「永遠」を生きながらえるはずです。


 ~~~~~~~~~~~~


 便箋にはそう書かれていた。筆跡は紛れもなく過去の自分のもの。

 就職氷河期を乗り切った末晴れて社会人になった年の五月の連休。高校卒業の日に人知れず校舎裏にタイムカプセルを埋めていたことをふと思い出し、帰郷のついでに掘り起こしてみたら、中に便箋がしまわれていた。ご丁寧に砂時計も入っていた。

 こんな子供騙しというか、まじないじみたおふざけをしていたなんて。あんまり記憶に無いが、昔の自分はとんだ「重症患者」だったと見える。大人になった今だからこそ、当時の自分を鼻で笑えるというもの。

 さて、手には砂時計。カバンの中のペンケースにはハサミが入っている。おまけにここ校舎裏は見晴らしのいい高台になっており、風通しは抜群。こうして立っているだけでも、はるか遠くに見える穏やかな海から風が吹き付けている。偶然にも便箋の指示従うだけの条件が全て揃っている。

 せっかくだし、過去の自分が残してくれたこの先例のない遊びに付き合ってあげることにした。

 ハサミでバチンとガラスのくびれを切断し、手のひらの上で砂時計を逆さにする。繊細な粒子は小さな穴から漏れ出たそばから海風に乗って飛ばされ、まるで煙のように掻き消えてゆく。

 砂が全部筒の中から消えようとしたその時、誰もいないはずの背後から物音が聞こえた。

 振り向けば、この高校の制服を身に纏った女子がいた。色褪せない懐かしさを余すところなく振りまいている。


 ぞわり。

 急に戦慄が走る。

 風のせいで下がる体感温度以上に、自分が青ざめているのが分かる。

 思い出してしまった。

 四年前に犯してしまった人生最大の過ちを。

 二度と思い出すまいとして、海馬の奥の奥に押しつぶして無き者にしたはずの記憶を。

 未来の自分への警鐘としてこのタイムカプセルを埋めたという事実を。


 雰囲気に呼応するように風がひときわ強く吹く。

 最後の砂粒が虚空に消える。

 煽られて便箋が宙に舞った。

 重なっていた二枚目の便箋が露わになる。

 目の前の女の子――四年前と背格好から服装まで何一つ変わっていない女の子が、こちらにかつてと変わらない笑顔を向ける。

 多分、自分も笑顔を返したと思う。むしろそう信じたい。

 我を忘れて一心に信じることで救われたい。


 待っていたよ。


 彼我のいずれが口を開いたか。

 此方と彼方の見分けはつかず、結論付ける必要もない。

 彼女も私も線引きは無用。

 未来も過去も区別がつかない。

 渾然一体にして泰然自若、正真正銘の「不変」が彼女を支配する。

 不老不死を骨として、あらゆる不変の肉がそこに付く。

 老いることもなく、朽ちることもない。

 成長することも許されなければ、進歩することも許されない。

 忘却も記憶も一切認められない。

 肉体の死を克服した代わりに、精神は死すら生ぬるい仕打ちを受けた。

 四年前のあの日、彼女が今の私のように砂時計を毀した瞬間から、彼女の「時」は風に飛ばされ、なくなった。

 時を失い、時を経ることを忘れた彼女のことを、私は必死に忘れた。

 忘れることを忘れた彼女の代わりに、私は彼女のことを忘れた。

 でも、もう忘れる必要はない。

 恐れ避けるることもない。

 私も、砂の風で彼女と同じ線の内側に立つことができたのだ。


 風で校舎の外壁に張り付いた二枚目の便箋が、こちらの永遠から切り離されたように床に落ちる。

 私を引き止めるように、過去の私は手紙で不変の恐怖を警告していた。

 でも、もう、手遅れ。


 不変の二人は連れ立って校舎裏を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーの転換や文章の雰囲気の切り替えによって、日常から非日常へシフトしていく様子が魅力的に表されていたと思います。 何が起こるのかというドキドキ感で、物語の中に引き込まれました。 [一…
2015/01/12 23:31 退会済み
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