魔女とぬいぐるみと
どうも、白髪大魔王です。今回は童話に初挑戦です。お見苦しい点しかないとは思いますが、どうぞ最後までよろしくお願いします。
「お誕生日おめでとう」
「有り難う、ママ」
その日は少女の誕生日でした。お父さんもお母さんもおじいさんもおばあさんも、皆が少女の誕生日を祝ってくれました。
「ママァ、ケーキ早くぅ」
「はいはい、そんなに急かさなくてもケーキは無くなりませんよ」
台所からお母さんが呆れたように言います。
「そうだ、パパからお前にプレゼントがあるんだ」
「え!! 何々!? すっごい楽しみ!!」
「よぉし、ちょっと待ってろよ」
そう言うとお父さんは立ち上がって寝室の方に向かいました。どうやらプレゼントは見つからないようにそちらへ隠していたようです。
「一体なんだろうなぁ」
少女の胸は期待と希望で一杯に膨らんでいました。するとお父さんは小さめの、しかし少女からしたら大きな袋を持ってきました。
「さあ、開けてごらん」
少女は言われるよりも早く袋を思い切り破いて中のプレゼントを取り出しました。
「うわぁぁ!!」
中から出てきたのは利口そうな熊のぬいぐるみでした。
「おお、可愛いぬいぐるみじゃのう」
「おやまあ、いいぬいぐるみじゃないか。大事にするんだよ」
両隣にいたおじいさんとおばあさんもビックリしているようです。
「うん! 私、このぬいぐるみ大事にする。パパ有り難う!」
「お前が喜んでくれて、パパも嬉しいよ」
「あら、可愛いぬいぐるみねぇ。よかったわねぇ」
お母さんが人数分に切り分けたケーキを持ってこっちに来ました。ケーキには少女の好きな苺が乗っていました。これには大喜びです。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーイヤー…」
今日は少女にとって忘れられない一日となりました。
「お母さん、これもう要らない」
そう言って少女がお母さんに突き付けたのは、ぼろぼろになった熊のぬいぐるみでした。
「あら、これはお前のお気に入りのぬいぐるみじゃないの?」
そう、それは三年前に誕生日プレゼントでパパからもらったものです。
「でももう、ぼろぼろで汚いもん。私汚いのは嫌いよ。それよりも今は新しいアクセサリーがほしいの。飛び切り綺麗なアクセサリーがいいわ」
少女は目を輝かせています。この年頃の女の子は汚なくなったぬいぐるみよりも、キラキラのアクセサリーがいいのでしょう。
「分かったわ。アクセサリーはまた今度ね。取り合えずそのぬいぐるみは捨てるわね」
お母さんはそのぬいぐるみを受け取ると、ゴミ箱に入れました。
ぬいぐるみは泣きたくても泣けません。何故なら泣く為の目は偽物で、泣く為の涙は無いからです。
少女のもとへ行こうにも行けません。何故なら歩く為の足はぼろぼろで、動く為の力は元々無いからです。
ここは一体何処でしょう。ゴミ箱に捨てられて、そこから大きな袋に移し変えられ、気づいたらここにいました。このまま僕は死んでしまうのか。長く一緒に遊んだ少女にはもう会えない。もう僕は…。
「なんだかぼろぼろのぬいぐるみが捨てられいるじゃないか」
貴方は…誰?
「私? 私は寂れた魔女さ」
魔女さんですか。だったらお願いを聞いて下さい。僕をもう一度綺麗に直して、僕の持ち主だった少女の家まで送ってくれませんか?
「なんだそんなことか。よし任せな、寂れても私は魔女さ。あんたを直してその子の家まで送るなんて雑作も無い。しかしだなぁ…」
どうしたのですか? もしかして何か見返りが必要でしょうか? 生憎、僕には渡せる物がありません…。
「いやいや、そうじゃなくてな。ただ不思議なんだよ。お前は汚いからと言われてあの少女に捨てられたのじゃろ? しかしお前はそれでもまだその少女の本へ行きたいという。一体何故なのじゃ?」
理由なんて決まってます。私はあの少女と長い間遊んでいました。その日々を取り戻せるのならば何も要りません。お願いします、魔女さん。
「よし分かった。暫く時間がかかるからお前の身を預からせてもらおう」
魔女さんは僕の体をひょいと持ち上げて何処かに行きました。何処に向かったかは分かりません。だって僕はぬいぐるみだから。
ある日の朝のことでした。
「あら? 何かしらこれ?」
新聞を取りに行くと、ポストの上に見馴れない袋がありました。その膨らみに何故か見覚えがあります。
「お母さぁん、これなぁに?」
少女は謎の袋を持って家に入りました。お母さんも心当たりが無いのか首を傾げるばかりです。
「開けてみてもいいかな?」
少女の顔からは大きな不安と微かな高揚感が見え隠れします。
「いいわよ、開けてごらんなさい。但し、何が入っているかは分からないから気を付けてね」
「うん、分かった」
ゴクリと音をたてて生唾を飲み込むと、ゴソゴソと袋を開けてみました。
「あ!」
少女は息を飲みました。中に入っていたのはかつて自分が捨てた熊のぬいぐるみでした。
「お母さんこれって!」
「先々月頃に捨てた熊のぬいぐるみねぇ。一体どうして…」
二人とも、このぬいぐるみが置いてあったことに気味悪がっています。
「おやまあ、懐かしい物じゃないか」
後ろから声が聞こえたので振り返ってみると、そこにはおばあさんがいました。
「おや? なんだか綺麗になっているじゃないかい」
おばあさんは興味津々になって熊のぬいぐるみを見ています。
「これならまだ遊べるじゃないか、よかったね」
おばあさんはニッコリと笑顔を浮かばせました。
「う、うん」
少女はその笑顔を見て、つい本音を隠してしまいました。
「なら良かった」
それだけ言い残すと、おばあさんは部屋に行きました。
「ただいま…」
「おかえり、どうしたの? 元気無いわねぇ」
少女はお母さんに何も答えないまま、そそくさと自分の部屋に行きました。そして、
「っ!」
少女は力一杯に熊のぬいぐるみを引き裂きました。
「ちょっと何してるの!?」
心配してついてきたお母さんが慌てて止めましたが間に合わず、熊のぬいぐるみは見るも無惨な姿になっていました。
「だって…だって皆が、うわああああん!!」
少女は堪えきれず、泣き出してしまいました。
話によると、友達と会話をしているときにあの熊のぬいぐるみのことを話したそうです。すると友達に「そのぬいぐるみ気持ち悪い」「まだぬいぐるみで遊んでいるなんて子供っぽい」などと言われて悔しい思いをしたそうです。
「それでお前はぬいぐるみを壊したんだな」
家族皆がいる中でお父さんが静かに、しかし力強く訊いてきました。
「グスッ、うん…」
「今後はこういうことは無しだぞ」
お父さんに言われて、少女はこっくりと頷きました。
「よし、今日はこれで終わりだ。解散!」
この一言で皆それぞれ部屋に戻ったりそのまま座っていたりしました。
それまでの間中、おばあさんはズタズタに引き裂かれた熊のぬいぐるみをずっと抱えていました。
「ばあさんや、これからどうするつもりかね?」
おじいさんが心配するように訊きます。
「もちろん、捨てるつもりはありませんよ」
しくしく…、しくしく…。
ぬいぐるみだって悲しいことがあると泣きます。例えその目が偽物でも、その心は泣いています。まして自分の持ち主に引き裂かれたのですから尚更です。
「おやまあ可愛そうに、なんとも悲惨な姿になっているじゃないかい」
魔女さん…ですか?
「そうさ魔女さ。でもいくら魔女でも、これはもう直せないな」
そうですか、残念です。僕はもうあの子に会えないのですね。
「とんでもない、私をあなどらないでおくれ。直すことはできないが、あの少女と一緒にいられるようにすることは出来るさ」
本当にできるのですか!?
「ああ本当だよ。ただ、お前は熊のぬいぐるみではなくなるがそれでもいいのかね?」
構いません。あの子といられるならこの身を捧げましょう。
「中々いい心がけじゃないか。よろしい、ならばその身をいただこうかね」
はい、分かりました。魔女さん。
「ちょっといいかな?」
おばあさんが少女のことを手招きして呼んでいます。少女は何だろうかと思いながらそちらへ軽く駆けて 行きました。
「ちょっとプレゼントがあるんじゃ」
はい、と言っておばあさんが渡したのは小さなクッションでした。いえ、クッションにしては小さすぎて普通に使うのは無理かもしれません。
「あまりいい物じゃないけど、是非お前に貰ってほしいんだよ」
「うん、有り難うおばあさん。でもどうして?」
「どうしても」
不思議に思いながらも、少女はそれをしっかり受け取りました。
ある日のことです。ゴミ箱の中にぼろぼろのクッションが入っていました。
最後までお付き合いいただき有り難うございます。僕は物を大切にしない人は嫌いです。