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蒼い蝶  作者: チシャ猫
3/4

悪魔の誘惑


 私たちが行動を起こしたのは翌日の放課後になってからだった。

 直接榎木田先生の元に向かい、真実を聞き出す。唯一のアドバンテージは、相手はこちらが嘘を付けることを知らないという点だ。それを武器に交渉に臨むつもりだった。

 勝率は限りなく低い。だが、この機会を逃せば私たちがもう一度外の世界を見るチャンスは二度と巡ってこないだろうという予感がした。

 ……欲しいのは首輪のロックを解除する為のマスターキーである。


 ――コンコン。

 教員棟の一番奥、学長室の向えに位置する博士の部屋をノックする。すると程なくして応答があった。

 扉を開ける前に、隣にいる月子と目配せして軽くお互いの手を握り合う。

「失礼します」

 長椅子に腰かけてコーヒーを飲んでいた博士は私の姿を見て訝しげな顔をした。

「おや、僕に何か用かね? 隣の君は……」

「沙恵さんと同じクラスの月子です。榎木田先生、お伺いしたいことがあって来ました」

「何だい?」

「三人の自殺した生徒たちに一体何をしたんですか?」

 単刀直入な月子の問いかけ。私は思わず自分の手を握りしめていた。

 ――スッ、と博士の目が細められる。

「それはどういう意味だ?」

「三人の生徒全員が、自殺する前にあなたと話していたと教えてくれた子がいたんです。学園長に報告する前に先生から理由を聞こうと思って……」

 苦しい言葉だということは分かっている。だが変に回りくどく言うのもかえって逆効果だろう。

「ふっ、なるほど」

 月子を注視するその視線がまるで笑っているように見えるのは気のせいだろうか……。


「月子君。君が最後の自我保因者だったのだな」


 なっ……!

 絶句する。なんでそれを……。

「何をそんなに驚いている? 沙恵君、君が首輪の制約を逃れているのは絵を見た瞬間から分かっていた。僕が細工をした六つの首輪のうち、君が付けているもので五つ目。残りの一つは誰が持っているのかと思っていたが、やはり連れてきてくれたのか。結構結構」

 さっきまで強気だった月子が体を震わせている。私もいつの間にか全身にじっとりと嫌な汗をかいていた。

 当初の予定では、今日はあくまで博士と自殺者との繋がりをはっきりさせることが目的だった。その情報を元にどうするかはまた二人で相談して決めるつもりだったのだ。それが根本から覆された。

「さ、最初から気付いていたんですか……三人の生徒がなぜ自殺したのかも」

「ああ、そうだ」

 私の問い掛けに、いともあっさり頷く。

「先生が細工をした、って……」

「ああ。僕は初代アンドロイド制作チームの一人なんだよ。だから実験の為に少々構造を弄らせてもらった。無論、僕の独断だがね」

 ありえない……そう隣で月子が呟くのが聞こえた。そうだ、どう見たって博士は三十歳を超えているようには見えない。

「そんなことありえません! だって、初めてアンドロイドが作られたのはもう三十年も前のことなんですよ!? 先生は初めからそれに関わっていたっていうんですか?」

「正確には二十八年前だが、その通りだ」

「嘘を吐かないで下さい!」

 博士は指先でメガネを押し上げながら、先程から変わらない淡々とした口調で続ける。

「嘘ではないよ。……分からないのか?」

 どういう意味だ? 私が答えを見つけるより早く、月子がはっとした様子で口を開いた。

「まさか……先生も」

「その通り、アンドロイドだ。まあ僕は君たちと違って第二世代の個体になるがね」

 何よそれ……。

 さっきから予想だにしなかったことを次々と聞かされて、足に力を入れていないとへたり込んでしまいそうだ……。

「ふむ。訳が分からないといった感じだな。いいだろう。残りの一人を見つけてきてくれたことだし、最初から全て話そう。座りたまえ」

 促されるまま、おぼつかない足取りで椅子に腰かける。それを確認すると博士は話し始めた。

「アンドロイドはその制作時期によって三種類に分けられる。今世間一般に広まっているのは第三世代の個体なんだよ。もちろん、君たちも含めて」

「先生は第二世代って……私たちとどこが違うんですか?」

 月子の質問ももっともだ。見たところ大きな違いはない。……外見を除けば、だが。少なくとも成人したアンドロイドなど他では見たことも聞いたこともない。

「初めから自分が作られた存在だと認識している個体が第二世代だよ。作った側としては扱いやすいが、如何せん人間としての心は不完全になってしまった。喜怒哀楽の微小化、とでも言おうか」

 今の学園の生徒たちと同じ、ということか。

「その問題を解決する為に作られたのが、それだ」

 そう言って博士は私の首元を指差した。

「第二世代の個体は一般流通しなかったから、知らなくても無理はない。ちなみに第一世代は唯の失敗作だ」

「それでも、成人したアンドロイドをなぜ作ったんですか? 元々の主旨と異なるのでは?」

「記憶をアンドロイドに移植出来ると分かって、まず人間は何を考えたと思う?」

 私と月子は目を見合わせる。博士は自嘲の息を漏らしながら話を続けた。

「自己の記憶を全てコピーし、寿命が来たら新しい個体へと移し替える。そうしてまた肉体が傷んだ頃に同じことを繰り返す。そうすれば永遠の命が手に入ると思ったんだな」

 ……精神の不老不死だよ。そう言って博士は組んだ両手の上に顎を乗せる。

「だが、この計画には重大な欠陥があることが後に判明する。チップに移植し、擬似脳に植え付けられる記憶量はせいぜい二十年程度が限界だったんだ」

 そんなのは初耳だ。なら、博士も……。

「そう、ご察しの通りオリジナルの研究者である僕も永遠の命とやらを欲したらしい。その過程で作られたのが今ここにいる僕自身だ。今となってはそんな感情など理解出来ないがね」

「それってどういう……」

「言ったろう? アンドロイドに収められる記憶は二十年分だけだ。今の僕の頭には、過去の思い出など何もない。あるのは何年にも渡って研究を続けた結果得られた知識だけなんだよ。オリジナルの僕は自分の元となる自我を失ってでも、自ら得た知識だけは永遠に生かすことを望んだんだ」

 榎木田先生は、自分の心より研究成果を優先する本物の博士だったって訳だ。

「それで、なぜ首輪に細工を?」

 月子が聞きたくてたまらなそうにしていた質問をようやく喉から絞り出す。

「別に深い意味はない。言わば研究者としての好奇心だよ。新しい実験を経ていくつものデータを取るのは科学者として当然のことだろう? 第三世代のように首輪によって自己の出生を認識させた個体でも同じく心の欠損――自我の抑制が見られた。なら、自我が抑制されないように細工をしたらどうなるのか、試してみたかったんだ」

 そんなことの為に、あの生徒たちは……。

「ふざけないでっ! 私たちはあんたのモルモットなんかじゃない! そんな、そんなあんたの自己満足の為に三人の生徒を死に追いやったっていうの!?」

 激昂して立ち上がった月子を前にしても、博士は顔色一つ変えようとしない。

「そう言えるかもしれんな。だが、最後に死を選んだのは彼ら自身だ」

「このっ……!」

「ちょっと、落ち着いて!」博士に掴みかかろうとする月子を押さえる。内心私も一緒になってぶん殴ってやりたい所だが、まだ疑問は全て解消されていない。

「先生、さっき月子で六つの首輪が揃うって言いましたよね? 自殺した生徒と私たちを合わせても五人です。あと一人は誰なんですか?」

「ああ、一週間ほど前に君を探している女生徒がいてね。名前は忘れてしまったが、彼女がそうだったよ。いや、偶然僕に君のクラスを聞きに来たから気が付いたんだが、君の描いた絵に大層関心があったようなのでね」

「……その生徒は、どうしたんですか?」

 恐る恐る尋ねる。

「今解剖して脳を調べている所だ」

 縋りつくような私の願いも叶わず、博士はそう事もなげに断言した。

 私のせいだ……私があんな絵を描いたから。仲間を見つけようなんて思ったから。私が、殺した? 心を持った人間を? 私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだわたしの……。

「ぁぁあああああっっ!!」

「ちょっと沙恵、しっかりして! 沙恵は何も悪いことなんかしてないよっ!」

 そんな月子の慰めの言葉も耳に届かず、私は顔を手で覆う。もう、嫌だ。もう何も聞きたくない……。

「あんたはっ!!」

 ついに月子は身を乗り出して博士の胸倉を掴み上げる。

「何とも思わないの!? 仮にも人の心を持った、生きたアンドロイドを解剖して! 何人もの生徒を死に追いやって! それでも本当に元人間!?」

「ああ、何とも思わないね。言ったろう、僕にはもう人としての感情などほとんど残っていない。ただ知りたいだけなんだよ。だから学園長にも今回の件は一切伝えていない。言えば止められることは目に見えているからね。幸い僕の制作者は彼じゃない、僕自身だ。誰からの制約も受けることはない」

 ふっ、と月子の手から力が抜けた。博士には何も言っても無駄だと悟ったのだろう。目の前のいるこの男は、人の皮を被ったロボットだ。未だ試していない実験を経てそのデータを取るという科学者としての思考が暴走した、生きた機械。

「あんたが作った首輪なのに、なんでその所有者が分からなくなったのよ?」

 怒りを押し殺したような小さく低い声で、月子が尋ねる。

「最初の三人は分かったよ。君たちとは作られた時期が違うからね。だが、残り三つの首輪を所有者に渡すときに手違いが起こった。予定していた客の一人が注文をキャンセルしたんだよ。そのせいで順番が入れ替わって、どの個体に細工した首輪が渡ったのか分からなくなってしまったんだ」

「……それで、あの三人の生徒たちの行動をずっと観察してたって訳? 最後に何て言ったのよ! 彼らはそれがきっかけで自殺したんでしょう?」

「ああ、貴重なデータが取れた。何を話したかって? 真実だよ。君たちがまだ知らない、もう一つの真実さ」

「これ以上、何があるって言うの……」

 思わず呟きが漏れる。月子が心配そうに私の肩に手を置いてくれた。

「ふむ……。それを教えるのはいいが、代わりに君たちにも僕の実験に付き合ってもらおうか」

 実験という言葉に月子が反応する。

「ふ、ふざけないで! 誰があんたなんかに」

「まあそう興奮するな。君たちの目的は分かっているんだ。欲しいんだろう? この学園から脱出する為に、首輪のマスターキーが」

「……っ!!」

「どうやら図星のようだね。望み通り、首輪を外してあげよう。だからこの学園から出て行きたまえ。それが真実を教える為の条件だ」

「なっ、なんで……」

「なに、閉鎖された学園内で真実を知った者は全員が自殺した。なら外に出る道を用意してやったらどうなるのかそれが知りたいんだよ。どうするね?」

 そう言って博士は目の前のテーブルの上に一本の鍵を置いた。これを使って首輪を外せば取引成立、ということだろう。思わず月子と顔を見合わせる。

 もう半ば学外に脱出するのは諦めていたのだ。おまけに最後に残された謎まで教えてくれるという。このチャンスを逃す手はなかった。

 ……例え、それが悪魔の誘惑だとしても。




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