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この宇宙は単純かつ複雑だ  作者: 見滝原人民学芸講談会
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ある男子中学生の受難と宇宙の法則

<主な登場人物>


・南雲 なぐも・せい

中学3年生、両親と姉を2年前の交通事故で失う。マジメで優しい性格で何事もそつとなくこなす優等生で家事全般もお手の物。炭酸飲めない。


・新庄 しんじょう・つばさ

中学3年生、星の親友 真面目で誠実な二枚目。


・リリーネ=エフェソ

※本名

リリーネ=リヒート=ホアン=ペーガクス=ヴォン=ティ=エフェソ

※外見

アッシュブロンドの長い髪/ルビーのような赤い目/スタイル抜群


ペーガクス国を統べる王族、エフェソ家の第4皇女。優しくおっとりとした天真爛漫な性格だが、若くして天才的な魔法使い。人質として9王国1の大国、ペクリョンの首都リュオンの魔法学校に預けられていた。「空の民」の攻撃から逃げる途中、空腹と疲労で倒れるが、ひょんなことから南雲家の星の部屋に出現する。


・本宮 すばる(もとみや・すばる)

※外見

ロングヘア/白いカチューシャ/ちっぱい


中学3年生、主人公の幼馴染。両親を失った主人公を気にかけている。



・ステラ=エフェソ

※外見

ブロンドのツインテール/青い目/スタイル抜群


星が手に入れたぬいぐるみ。名前は星がつけたもの。夜な夜な星が悩みを話しかけたりしているうちに命が宿った。リリーネの魔法でぬいぐるみの体を人間の体に変換して実体化した。星の事を何かとバカしている。

自分を実体化させたリリーネは姉と慕っている。



<その他>

・柏木 かしわぎ・かえで

中学3年生、星のクラスメート。星と同じ部活だった。星を振る。


・高野 さやか(たかの さやか)

すばるの親友




第1話 ある男子中学生の受難と宇宙の法則


1.片想い


チーン


リンの澄んだ音が響いた。外ではセミが盛大に鳴いている。夏、すべての生命が躍動する、うるさすぎる季節。

8月、夏休みも残りわずかだ。




俺の名前は「南雲 星」(なぐも・せい)15歳。県立若宮中等教育学校の3年生だ。




俺の自室としてあてがわれている市営団地の一室は大して広くはない。だが、この部屋の住人は俺一人だけだ。そうなると、この部屋は俺には広すぎるくらいだ。


奥の部屋にある小さな仏壇には3つの遺影が安置されている。俺の父と母、そして姉だ。2年前、俺が中学1年のころの冬、大雪の日曜日だった。俺の父と母、そして姉は車で買い物に行き、交通事故でこの世を去った。俺は風邪をひいて家で寝ていたので難を逃れたのだった。両親は駆け落ち婚だったので、両方の実家から勘当されていた。俺には他に身寄りもなく、それ以来ずっと一人で暮らしている。寂しくない、と言えば嘘になるが、良くも悪くも俺は一人暮らしに慣れてしまっていた。


俺は仏壇に供えて置いた赤いお守りを手に取り、制服の胸ポケットに入れた。恋愛成就のお守りだ。この前近所の寺で購入したもので、少し前から仏壇に供えて置いた。もしかしたら死んだ家族が俺を助けてくれるかもしれない、なんて考えたからだ。そう・・・俺は今日、2年ばかり片想いしていた相手に告白するつもりだった。俺も中学3年生になった。世間一般の中学3年生は高校受験を控えて勉強で恋愛どこじゃなくないだろう。だが、俺の通っている学校は県立の中高一貫校だ。幸い成績は足りているし、今の状態を維持すれば進学に問題はないだろう。外の学校を目指す生徒もいるが、俺はそれほど優秀じゃないし、そもそもそんな金を出してくれる人間はどこにもいない。今の学校も奨学金でやっと通っているのだ。ともあれ、青春を楽しむ「余裕」があるだけ、俺は幸せかもしれない。



その人、「柏木 楓」(かしわぎ・かえで)は俺と同じ映画鑑賞部員だった。ポニーテルが良く似合う、笑顔の素敵な女の子だった。もともと数が少なくて、入った時も先輩は2年生が3人、同級生は柏木さんだけだった。2年生になって俺が部長を引き継いだ。3人の先輩達は、2年生の4月に全員やめてしまった。どうやら先輩たちはそういう優秀な方々だったらしい。テキトーな人達ばかりだと思っていたが、人は見かけによらぬものだ。ともあれ先輩が去り、新入部員が誰も入ってこなかったので、映画鑑賞部はたった2人だけの部になった。


俺と柏木さんは映画の趣味が同じで、話が合った。男子と2人っきりの部活なんて年頃の女の子にはたまらなく嫌なものだったんじゃないかと思うが、彼女は愚痴一つもらすことなく部活に参加してくれた。映画について以外にも色々な話をしたし、時々一緒に帰ったりもした。それなりに仲良くなれたんじゃないか、と思っている。俺は柏木さんと話していると楽しかったし、一緒にいるとなんだか嬉しい気持ちになった。次第に俺は柏木さんと会うのが楽しみになっていった。


俺が柏木さんのことを意識し始めたのは中学1年生の冬頃じゃないかと思う。2年近く言い出せなかったのは、柏木さんがもしかしたら部活をやめてしまうんじゃないかと考えたからだ。それだけはイヤだった。今日は夏休み中の登校日だ。夏休みが始まる直前、せっかくだから登校日に活動しない?と柏木さんから提案されたのだ。もちろん俺は快諾した。夏休み中に一緒にどこかへ行こうと誘っても良かったかもしれないとなんどか思った。でも、迷惑かもしれないと思って誘わなかった。今日告白するのは、ひょっとしたらヘンかも知れない。だが、理由がある。柏木さんがもしかしたら外の学校を受けるかもしれないとうわさで聞いたからだ。これが本当ならば、もしかして柏木さんは今日俺に部をやめることを伝えるためにこんなことを言ったのではないだろうか?なら、今日しかない。それに・・・ヤホーの占いによれば今日のうお座の運勢は・・・最高だしな。

おっ、そろそろ時間だな。


ドアを開けると、そこに一人の少女が立っていた。こいつは俺の幼馴染「本宮もとみやすばる」だ。セミロングの髪の毛に、白いカチューシャを着けている。これは俺がすばるの誕生日にあげたものだ。本宮家は俺の隣人で、俺の家とは家族ぐるみの付き合いがあった。俺の家族がこの世を去ってからも、俺に何かと気をかけてくれている。本宮家は俺の、第2の家族のような存在だ。俺が家族を失ってからは、保護者の代わりをしてくれている。俺の親族は俺に何もしてくれなかったよ。遠くの親戚より近くの他人の方が頼りになるとは言うけど、本当みたいだな。すばるとは子供のころからきょうだいのように育ってきた。可愛い妹のような奴だ。もっとも、そんなこと言ったらすばるに殴られそうだから口が裂けてもそんなことは言わんがな。


「せーい!おはよっ!!」

すばるが元気良くあいさつしてくる。すばるはいつでも元気だ。どうでもいいことでウジウジ悩む癖がある俺はそんなすばるが羨ましい。


「おはよう。それじゃ、行くか?」

「戸締りはちゃんとしたの?」

「当たり前だろ。」

「それじゃ出発しようか?」

「そだね。」

何回繰り返したかわからない他愛もないやりとりのあと、俺たちは学校に向かった。

俺がある決意を胸に学校に向かっている、ということはすばるは知らないはずだ。

というか俺が恋をしていることはすばるには言っていない。こればっかりはさすがに言えないよ。

罪悪感が無いわけではないけどな。誰にだって秘密の一つや二つあるだろうから別によかろう。



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2.「空の民」の襲来


イラー大陸、広大な大陸にはルカス、ウィン、モディク、ゴドー、ペーガクス、ペクリョン9の王国が分立していた。「九王国」人はそう呼ぶ。


遠い昔、この大陸の人々は、大自然に宿る「力」を制御し、様々な用途に用いる方法を編み出してきた。人々はこの技術を「魔法」と呼んだ。


今日、「魔法」は生活用品から兵器にまで広く用いられている。だが、この恩恵を受けられるのは「素質」のある人間、即ち「魔法使い」に限られた。

そのため、魔法使いとそうでない人々との生活のレベルには同じ大陸の人間とは思えないほどの差があった。

魔法使いは大陸の全人口の1割程度である。大多数を占める魔法使いでない人々を、魔法使いたちは「能無し」と呼んで蔑み、支配し、そして搾取した。

魔法使いにとって「能無し」の奴隷は魔法の次に重要とすら言われている。

過去に何度か「能無し」による反乱が発生したこともあったが、すべて魔法使いによって鎮圧されている。

魔法使いによる支配は揺るぎ無いものになり、魔法使いにとって平和な時代が200年ほど続いていた。


ここはイラー大陸北部、ルカス王国北岸の港湾都市、バハールだ。バハールは天然の良港で、九王国各地から貿易船が往来している。


バハールの港には港に出入りする船舶を監視するための要塞がある。

要塞には魔法制御のいしゆみを制御できる魔法兵士が配置されていた。

魔法制御の弩は現在実用化されている中では最も射程の長い射撃兵器である。

より精度が高く、射程が長く、そして連射のきかない弩に代わる兵器の研究は九王国全土で研究が進められているが、いまだ実用化には至っていない。



要塞の見張り塔からは大海原を遠くまで見渡すことができる。

「今日も平和なもんだ」

魔法望遠鏡を覗きながら、一人の魔法兵士が言った。

彼の家は代々この見張り塔で防人の職に就いてきた。


「ああ、平和だな。」

もう一人も言った。


「・・・・?何だあれは!?鳥・・・じゃないよな?」

遠くまで見渡せる魔法制御の望遠鏡が空中を飛ぶ何かをとらえた。

魔法で空を飛ぶ技術も研究が進められているが、まだ実用化されていはいない。

それどころか、失敗の連続で空を飛ぶことは不可能だと考えている人間がほとんどだ。


小さな黒い点の陽だったそれは、次第にその大きさを増していった。大きい・・・まるで要塞が空に浮かんでいるようだ。

「・・・!」

望遠鏡を覗いたまま彼は息を呑んだ。


彼はその空を飛ぶ要塞で何かが光るところを見た。

そして、それが彼の見た最後の後継となった。


要塞は閃光に包まれ、轟音と共に崩壊した。




xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx




3. 後悔先に立たず



俺は電車に揺られていた。

心に穴が開く、とはこういう状態の事を言うのだろう。


愛用のMP3プレイヤーは今の俺の気持ちを代弁するかのように物悲しい曲を奏でている。

好きなアニメのOPのピアノアレンジ。いつもは俺を癒してくれるこの曲も、今は虚しく耳の中に響くだけだった。


もうここまで言えば分るだろう。俺は振られたのだ。そう、失恋さ。

1時間ほど前の出来事だった。正直言って思い出したくもないのだが・・・。嫌でも鮮明に思い出される。


・・・1時間ほど前・・・。


登校日はホームルームだけなのですぐ終わる。

放課後、俺と柏木さんは予定通りに部室で活動をした。

何を見たんだっけな・・・確か歴史ものかなんかだったような気がする。

歴史ものは好きなんだけど、内容はよく覚えていない。

中世ヨーロッパか何かが舞台だったかな?


映画が終わった後、柏木さんは俺に受験のために部活をやめることにした、と俺に伝えた。

今までありがとう、と言って俺にプレゼントをくれた。


部室を去ろうとする柏木さんに俺は正直に自分の気持ちを伝えた。「好きだ」と。


柏木さんは申し訳なさそうに言った。「ごめんなさい。私、つきあっている人がいるの。」ってね。

数か月前、別の学校に通っている幼馴染と付き合い始めたらしい。


柏木さんは、そう申し訳なさそうに俺に言うと、教室を出て行った。

俺はしばらく部室から動けなかった。しばらく、と言っても15分ちょっとくらいだったと思う。


俺は立ち上がって部室の鍵を閉めて、つとめて平静を装って職員室に向かった。

職員室で顧問の先生に会い、俺も退部する旨を伝えた。この学校では部活は最低2人の部員と顧問の教師が必要だ。

柏木さんが去ったことで、県立若宮中等教育学校映画鑑賞部は廃部だから俺は強制的に退部だけどな。

今日から帰宅部員の仲間入りだ。顧問と何か話したけど、何を話したっけな?思い出せない。


何で気が付かなかったんだろうか?せめて誰かと付き合っていると知っていたら告白なんてしなかった。

そうすれば互いに嫌な思いをすることなんてなかったんじゃないかと思う。

結局俺は好きな人に嫌な思いをさせてしまっただけなんじゃないだろうか?

この一件で、いい友達にはなれたかもしれない柏木さんとは気まずい関係になってしまったことだろう。

加えて、もうあの楽しかった部活ライフが二度と帰ってこないという事実が重くのしかかっていた。

後悔と喪失感、それから自己嫌悪感が俺を支配していた。


俺は最低の大バカ者だ。笑いたきゃ笑え、ちくしょう。





俺は自宅の最寄り駅で降りた。

そのままふらふらと商店街の方へ向かった。

何がしたいんだ俺は?俺は夕暮れの商店街を目的もなくぶらついた。

古本屋によって立ち読みして、レンタルビデオ屋でDVDを物色して・・・。

お気に入りのアニメの中古DVDが格安で売っていたから買ってしまった。

俺はどうかしてしまったらしい。バカだ。本当にバカだ。軽蔑したけりゃどうぞ。


ゲーセンにも立ち寄った。普段あんまり行かないのにな。

俺はあるUFOキャッチャーの前で止まった。


名前は忘れたが人気ボーカロイドデフォルメしたぬいぐるみのUFOキャッチャーだった。

ぬいぐるみの青い目が、俺を見ている、ような気がした。「ここから出してくれ」と言っているような気がした。

UFOキャッチャーのプロは景品がそう訴えているように見えるらしい。

だが、普段あまりUFOキャッチャーはやらないのに、どうしてこんな感覚がするのだろう?

衝動的に俺は500円玉を投入していた。



結局1500円でやっととれた。慣れないことをするもんじゃないよな。そもそも無駄遣いできる金なんて俺には無いのにな。

無駄な達成感だけが後に残った。


俺はそのぬいぐるみをかばんの中にしまい、家を目指した。





俺の家がある団地までは公園を通り抜けていく必要がある。

俺は夕暮れの、人気が少ない公園を通り抜ける。


のどが渇いてきた。

公園内に設置されている自販機でフランスの国民的炭酸、オランジーナを買う。

俺は炭酸なんか飲めないのに・・・。何でこんなもんを買ったんだろう?


自販機の近くの木に寄りかかって一口飲むと、舌とノドが焼けるような気がした。炭酸は嫌いなんだ。

でもお金がもったいないので、何とか飲み干すと、げっぷがでた。


急に自分が情けなくなってきた。炭酸でヤケ酒かよ?


「ちくしょう」

俺は一言つぶやくと、近くの木に頭を打ち付けた。


何度か打ち付けていると、額に鋭い痛みを感じた。

ぬらりとしたものが流れてくる。どうやら血が出てるらしい。


「ちくしょう」

また一言つぶやいて、今度は拳を木に打ち付ける。

何度か繰り返すと、また鋭い痛み。拳からも血が出たらしい。


俺は木の根元に座り込んだ。足が棒みたいだ。

胸ポケットに違和感を感じたので、中を探ってみると、例のお守りだった。

そういえば朝胸ポケットに潜ませて出かけたんだっけ。忘れてたよ。

赤いお守り袋の「恋愛成就」の文字が今は虚しかった。

俺はお守りを一瞥した後、また胸ポケットにそれをしまいこんだ。


俺は柏木さんからもらったプレゼントの包みを開いた。

いいデザインの筆箱だ。手紙が同封されていた。

手紙には今までありがとうと言う文面で、自分は違う学校に行くが、これからもがんばってねと書かれていた。


優しい子なんだな、本当に。俺は気が楽になったような気がしたが、心は晴れなかった。俺はそれを包みに戻し、カバンに入れた。

時計を見ると午後7時半になっていた。俺は立ち上がってズボンについたホコリを払うと、家に向かった。




俺の部屋の前で、すばるが立っていた。すばるは俺の姿を見ると駆け寄ってきた。

「せーい!!遅かったじゃない!何かあったの?」

どうやら夕ご飯のおかずを分けにに来てくれたらしい。いつも本宮家は俺に晩御飯のおかずを分けてくれる。


「あ・・・ああ、ちょっとね。」

俺はまたも平静を装って答えた。失恋したことだけはすばるに知られたくはない。


すばるは何かに気づいたらしく、驚いた表情で言った。

「どうしたの・・・?頭、血が出てるよ・・・?」


「あ、いや、さっきちょっとぶつけたんだ・・・。」

俺は嘘をついた。まさかヤケになって木に頭をぶつけてただなんて言えない。

すばるはハンカチを取り出すと、俺に近寄り、額の傷をぬぐおうとした。

「あ」

反射的に動いた手がすばるの手にぶつかった。


「あ、ご、ごめん!!」

俺は慌てて謝った。すばるはきょとんとした表情を浮かべている。


「あ、私の方こそごめん。はい。」

すばるは気まずそうに言った後、今度はハンカチを俺の方に差し出した。


「い、いいよ。せっかくの綺麗なハンカチが汚れちゃうよ。」

正常な精神状態ではないところに、新たにきまり悪さが加わって収拾がつかない。誰か何とかしてくれ。


「いいから拭きなさいってば。どうせこれは去年のクリスマスに星からもらったものだし。」

「ご、ごめん・・・。」

「謝ることないわよ。」

「いや・・・でも・・・。」

「いいから拭きなさいって!」


俺はすばるからハンカチを受け取ると、額と右手の傷をぬぐった。

白いハンカチが赤く染まった。


「ありがとう・・・。」

俺は絞り出すように言って、家の鍵を開けようとした。


「待って星!これ・・・晩御飯・・・食べて・・・。」

すばるが保冷バッグを差し出してきた。


「あ、ああ・・・。いつもありがとう。母さんにもそう伝えて置いて・・・。」

すばるには悪いが、この場に長居したくなかった。俺は保冷バッグを受け取った。


「ねぇ・・・本当に大丈夫・・・?何かあったの・・・?」

すばるは心配そうに聞いてきた。気持ちはありがたいが、ほっておいてほしい。


「い、いや・・・何でもないよ・・・。」

とにかく早く家に入りたい俺はすばるに背を向けながら言った。


「何でもない人が血まみれになって帰ってくるわけないでしょ!」

すばるが語気を荒げたので、俺はついかっとなってしまった。

「すばるには関係ないだろ!?」


まずかった。でも後悔先に立たずだ。ああ、今日、俺はあと何度後悔すればいいのだろう?


「何よその言い方!?・・・・たかだか女の子に振られたくらいで何よ!?そんなにショックだったならばさっさと死ねば!?」

すばるは肩を怒らせて家に帰って行った。


死にたい気分だ。俺はなんてことをしてしまったのだ。自分を心配してくれる大事な友達にまで酷いことを言ってしまった。

しかも、なんですばるは俺が失恋したって知っているんだ!?すばるにだけは隠していたのに・・・。

ともあれ、俺はボッコボッコに打ちのめされて、家に入った。



3. 傷心と新しい家族(?)


どれくらいそうしていただろうか?俺はリビングルームのソファーの上で寝そべっていた。

家に入って、荷物を放り出し、制服から着替えもせず、ソファーの上に寝そべっていた。

何もやる気が起きなかったからだ。どうせ明日はまた夏休みなんだしな。


少し寝てしまったらしい。時計を見ると午後9時だ。


俺はよろよろと立ちあがり、放り出した荷物を持って自室に向かった。

荷物を置いた後、シャワーを浴びて部屋着に着替える。


俺はすばるからもらったおかずを食べた。うまかった。

食べ終わった後、すばるに「さっきはごめん。」とメールを出した。電話の方が良かったかもしれない、と思ったのはメールを出した後だった。


食べ終わったので、俺は買ってきたアニメのDVDをプレイヤーに入れて再生した。

・・・学園ラブコメもの。この回で主人公はヒロインの1人から告白され、それを受け入れる。

このアニメは好きだけど、今の俺にはあまりに残酷な内容だった。


俺はDVDを停止して、カバンからUFOキャッチャーの戦利品を取り出した。

こいつは確かボーカロイドだったと思うが、ボーカロイドはあんまり知らないので、名前が思い出せない。

なら、俺が名前をつけてやろう。今日からこいつは俺の相棒だ。・・・って、ぬいぐるみ相手に何をやっているんだろうな俺は。


何かいい名前はないだろうか?

・・・手元にあったネーミング辞典を開く。

今は夜だしドイツ語で「夜」という意味の「ナハト」なんてどうだろうか?


なんか男っぽ過ぎる。今のは無し。

じゃあ・・・夜と言えば星だから星に関する名前なんてどうだろうか?

ちなみに俺の名前は星が好きだった両親がつけた名前だ。


ええと・・・「星」はイタリア語で「ステラ」と言うらしい。

可愛らしい響きが気に入った。それにしよう。

今日から君の名前はステラだ!我が家にようこそ!



午後10時ちょっと過ぎ。いつもより早いが、俺は寝ることにした。

正直言って何もしたくないし、何も考えたくない。こんな時はさっさと寝るに限る。





・・・ベッドに入ったはいいが、なかなか寝付けない。

ふと机の方へ目を向けた。机の上でステラがちょこんと座っている。


俺はベッドから這い出すと、ステラを持ってベッドに戻った。


俺はステラを枕元に置くと、うつぶせになった。

ステラとちょうど目が合う感じだ。


「俺さ・・・今日失恋しちゃったんだよな・・・。」


いよいよ俺も狂ったか、俺はぬいぐるみに話しかけている。何か言葉を返してくれるわけでもないのに・・・。



「その人・・・付き合っている人がいたんだよね・・・。」

何をしているんだろうか俺は?


「・・・それに・・・大事な友達にまで酷いことを言ってしまったんだよね・・・。」

俺はさっきの出来事を思い出した。すばるに謝罪のメールを送ったが、まだ返事は来ていない。

明日、すばるに直接会って謝ろう。


「俺・・・最低だよな・・・。」

ステラは相変わらず笑顔を浮かべたままだ。何も言い返してはくれない。

そろそろ眠たくなってきた。


俺は仰向けになって、ステラを胸に抱きしめた。

「おやすみ・・・ステラ・・・。」

俺は目を閉じた。




4.見上げて唱えた願いは魔法になる(?)




アラームの音で俺は目を覚ました。

午後8時 


俺はステラを枕元に置くと、ベッドから這い出した。


と、ここで携帯からメール受信を知らせるメロディが流れ出した。

携帯を開くと、すばるからだった。


『今日から5日間田舎に行くから。』


素っ気ないメールだ。


「しまった。」


俺は窓に駆け寄る。

窓からは団地の駐車場を一望できる。


ちょうど本宮家の青い車が発進するところだった。




夏休み最末期は1日1日が重要だというのに、俺は適当に過ごした。


夏休みの宿題の残りを片付けたり、適当にカップめんを食べたり、ネットサーフィンをしたり、寝そべって本を読んだり・・・。

で、眠くなったらベッドに入り、ステラに話しかける。


で・・・3日目の夜。またも取り留めのない話をぬいぐるみのステラに話しかける。

話すことがなくなったのでステラを見る。・・・可愛いなぁ。まるで妖精のパートナーができたみたいだ。


で・・・俺は・・・俺は・・・つい、ぬいぐるみのステラのほっぺに・・・ちゅっ、とキスをしてしまった。





そこで俺ははっとした。何をやっているんだ俺は?

ステラを投げ出すと、俺は洗面所に走った。


顔を洗うと余計に冷静になった。

何てことだ・・・俺は、俺は・・・・?



リビングで水を飲みながら頭を抱えた。

たかだか女の子に振られ、幼馴染とけんかになったくらいで、俺は一体何をバカなコトをしているのだ?

それでぬいぐるみに話しかけて、しかもそのぬいぐるみにキスするなんて俺は最高にどうかしている。



夜風にでも当たってこようか?

俺は外に出ることにした。




自転車を走らせて、公園まで向かった。俺がオランジーナでヤケ酒をしたあの公園だ。

もう12時近い。下手をすると職質でも受けかねんな・・・。


自転車を止めて、夜空を見上げる。

すると、流れ星が流れた。


・・・珍しいな。どれ、もう少しここにいてみようか?

また流れ星だ。せっかくだ。何か願いでもかけてみようじゃないか。


よーし。俺は、3回目の流れ星が流れたとき、大声で叫んだ。


「嫁!嫁!嫁!」


叫び終わった後、俺は大笑いしてしまった。

いくらなんでも「嫁」って何だ「嫁」って?

自分の事だがものすごくおかしかった。


少しスッキリした。俺は自宅に戻り、ベッドの上に放り出してあったステラを拾い上げて、枕元に置いた。


「ごめんな。」


俺はステラに一言そう言った後、眠りについた。




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5.逃げる少女



ペクリョン王国の辺境の山中を、一人の少女が走っていた。


彼女の来ている服はぼろぼろ。あちこちが擦り切れていた。

彼女の体も傷だらけ。血がにじんでいる傷もあった。


まだ14歳のあどけない少女は時折後ろを気にしながら、石のごろごろしている山中を走っていた。

少女の名前はリリーネ。リリーネ=エフェソ。かつてのペーガクス王国の第4皇女だった。

今、彼女の帰るべき場所はどこにもない。彼女は今や追われる身だった。



「空の民」と呼ばれる人々が「九王国」に攻め寄せてきてはや1か月。すでに7つの王国が滅びていた。


彼らは高度に発展した科学文明だった。それが空中要塞で大挙して「九王国」に侵攻してきたのである。


空の民の軍隊は九王国の各王国の魔法使いの軍隊が使用する武器よりもはるかに優れた武器を使用した。

彼らの剣や槍は魔法で強化された剣をはるかに凌駕する強度であり、また、魔法で強化された弓矢をはるかに上回る射撃兵器も持っていた。

我々が言うところの「銃」だが、九王国の人々にとっては全く未知の武器だった。


さらに装備の前に、圧倒的な物量差があった。

魔法制御の武器は魔法使いしか用いることができない。もともと数が少ない魔法使いはよく戦ったが、圧倒的物量差と装備を誇る侵略者に瞬く間に制圧されていった。


魔法使いにとってさらに悪いことに、かつて魔法使いたちが「能無し」と呼んで蔑んでいた被支配者層が侵略者に加担したのである。彼らは侵略者である空の民を、解放者として歓迎したのだ。空の民の武器は魔法が使えなくても使用でき、かつ魔法制御の武器をはるかに上回る威力を発揮する。搾取と支配に喘ぎ、差別に苦しんでいた「能無し」達は嬉々として魔法使いを狩り始めた。男の魔法使いはすぐに殺され、女の魔法使いは凌辱されて殺された。町中では魔法使いの公開処刑が連日のように行われ、魔法使いが絶滅するのも時間の問題のように思われた。





リリーネはペーガクス王国の第4皇女であり、並外れた美貌と聡明さに恵まれていた。だが、これをよく思わない者たちもいた。この者たちの陰謀により、リリーネは幼いうちに大国、ペクリョン王国の首都、リュオンにある王立魔法学院に留学させられていた。留学、と言えば聞こえがいいが、実際は魔法学校の敷地内に軟禁されていたのである。そう。彼女は人質としてペクリョンに差し出されたのだった。




空の民がリュオンにも襲来した時、魔法学校も攻撃を受けた。リリーネはどさくさに紛れて学校を脱出したのだった。

既に祖国ペーガクス王国が滅亡して、王族が全員処刑されたことはリュオンが攻撃される前から耳に入っていた。

それでリリーネはかねて逃げる準備をしていたのだった。



5日間行くあてもなくリリーネはペクリョン王国領内の山岳地帯をさ迷い歩いた。

この3日ほど、リリーネは何も食べていなかった。疲労は限界に達していた。



リリーネは太い木の根元に座り込んだ。

ふーっ、と息を吐いた。

上を見上げると、満天の星空だった。



「・・・次は、もっと幸せになれたら・・・いいな・・・。」

リリーネが呟いたとき、空に一筋の流れ星が流れた。

リリーネはそこで気を失った。




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6.ボーイミーツガール





俺は目を覚ました。急にトイレに行きたくなったのだ。

時刻は午後2時だった。


トイレに行って用を足して自室に戻ると、俺は何かに躓いて派手に転んだ。


「イテテ・・・何だ?」


部屋の明かりをつける。


何と・・・何と・・・部屋の真ん中に女の子が横たわっているではないか!!


「・・・?俺、夢でも見ているのか?」

そう思ったが、転んだ時にぶつけたところがジンジンと痛んでいたのでどうやら夢ではなさそうだ。


そのアッシュブロンドの髪の女の子はぼろぼろの状態だった。

ヨーロッパ中世を思わせる服を着ていたが、ところどころ破れ、汚れまみれだった。

手足にはひっかき傷がいくつもあり、血がにじんでいた。


「君・・・大丈夫か?」

とりあえず俺は女の子の傍にかがみこみ、肩をゆすった。

すると・・・。


「うっ・・・」

女の子は目を開けた。赤い目・・・これは普通の人間じゃない!赤い目なんて聞いたことが無いぞ!?



目があった。その赤い目の女の子は、俺の目をしばらく見つめていたが・・・次の瞬間。


「・・・え・・・?」


俺の唇が何かやわらかいものによって塞がれた。

女の子は俺の頭を抱くと、俺に・・・俺に・・・キス・・・していたのだった。



俺の意識はそこでぷっつりと途切れた。


第1話 了












つづく(と思います)

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