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薬屋番外編  作者: 日向夏
旧蛇足編
7/32

7 高順

「無事、送り届けました」

「いつも悪いな」


ここ最近、気苦労の多い主人あるじであるが、今日は殊更ことさら激しいようだ。

長椅子に寝そべり、力なく手をぶらぶらさせている。絹糸のような髪が乱れて、頬にかかっていた。


あの変人、羅漢ラカンのことが原因だとわかるのだが、少し自分が部屋を出たすきにまたなにかあったらしい。戻ってくると、なにやら地獄の釜の中をのぞいたかのような青白い壬氏ジンシがいた。


また、小猫シャオマオにちょっかいをだしたのだろうと思うのだが、当の猫猫マオマオは変わらぬ様子でせっせと仕事に励んでいた。


一体、なにがあったのだろう。


多少の苦労はわかってもらいたいところだが、結局、高順ガオシュンのもとにかえってくるので困ったものだ。


「明日は後宮だな」

「はい」


猫猫を送り届けたあと、医局に向かい、あるものを調合してもらう。苦味の多い奇妙な液体である。


二つに分け、まず高順が口にする。もう五年飲み続けているが、やはりなれそうにない。


口の端を拭いたところで、もう一方を壬氏に渡す。

鼻をつまむ所作は、見た目は大の大人の分、滑稽こっけいである。誰もが六つも年齢をさば読んでいるとは思うまい。


「いやなら飲まなくてもよろしいのに」

「一応のけじめだろ」


手の甲でぐいっと口を拭く姿は、実年齢以上に幼いものだ。


現帝の後宮になり、五年。いびつな仮面をかぶり続けて五年。


こうして男でなくす薬を飲み続ける。


下級妃以下は好きなようにしろ、と皇帝の言葉をもらっているのにもかかわらず。


「そのうち、本当に不能になりますよ」


口直しに果実酒を飲んでいた壬氏が噴き出した。口をおさえ、恨みがましそうにこちらをみる。

たまには、これくらい仕返ししても問題なかろう。


「おまえだって同じだろ」

「いえ、先月、孫が生まれたそうです」


子はもう成人している。今更、作る必要もない。


「いくつだったか?おまえ」

「数え三十七ですけど」


十六でめとり、翌年から年子で三人生まれた。別に無理な話でない。


「はやく孫を抱かせてください」

「努力する」


へたれた主人を見る限り、まだ先のことだと思わずにいられない。

これならば、もっと過激に遊ばせておくのだったと、高順は大きく息をはいた。






定例である四夫人のもとへの訪問は、とどこおりなく終えた。


新しく入った楼蘭ロウラン妃は、先日の狼狽うろたえぶりもなく、うわさ通りの理知的で冷静な妃であった。


ただつまたるもののつとめとはなにか、ひたすら演説するかのごとく語るので、聞いていて耳が痛くなった。

そんな話、公務で耳にたこができている皇帝に話したのだろうか。夜の営みにまで、仕事のことは思い出したくないだろうに。


案の定、皇帝の通いは数度で止まり、玉葉妃と梨花リファ妃のもとを往復しているようである。

皇帝なりの指針ポリシーとして、十六になるまで手をださないとあるので、あと一年、里樹リーシュ妃は安泰である。


さっさとこさえてしまえばいいのに。


壬氏も高順も同じ気持ちを持っている。


例の妃教育のあと、皇帝の足の運びはずいぶん増えたのだが、結果がでるのはまだ先だろうとおもったが、案外早く出るかもしれない。

心配そうに玉葉妃の侍女頭である紅娘ホンニャンがあることを打ち明けた。


昨日も翡翠宮ひすいきゅうに皇帝が訪れたらしく、玉葉妃はけだるげにしていた。心配そうに紅娘が世話をやく。ぬばたまの黒髪が乱れていた。なにかしら苦労の多そうなこの侍女頭とは時折、共感シンパシーを持ってしまう。


ちょうどいいと、壬氏はある提案をする。

玉葉妃は目を輝かせ二つ返事でうなづいてくれた。

紅娘もやれやれといった顔をするが、むしろ歓迎した顔である。部屋の外で聞き耳を立てている侍女三人娘にその話をする。


どうやら選択は間違えではないらしい。



○●○



「後宮ですか」

「ああ。おまえの大好きな仕事だ」


猫猫は銀食器を鏡のように磨き上げていた。

曇りひとつないのを確認すると、もとの棚に戻す。


ながら作業で話を聞くのは失礼なことであろうから、さっさとものを片付ける。

それくらいのけじめはつけたい。


壬氏は蜜柑を食べている。皮くらい自分でむけばよいのに、水蓮スイレンにひとつずつきれいに薄皮を取ってもらい、皿にきれいに並べてもらっていた。


まさに坊ちゃまである。

初老の女官は、この宦官を甘やかす傾向にあるらしい。寒いからと綿入れを着せたり、熱いからと茶をぬるめたり。

大の大人が恥ずかしい。


「玉葉妃の月の道が途絶えているらしい」


(妊娠の可能性ね)


鈴麗リンリー公主懐妊時に、妃は二度毒殺未遂にあっている。

心内はおだやかでないはずだ。


「いつからでしょうか」

「今日からでも行けるか」

「むしろ都合がよいです」


後宮内は男子禁制、名前も聞きたくないあれと顔を合わせることはないだろう。

気をきかせてくれたのかもしれないし、都合がよいとしたのかもしれない。


どちらでもよいことだ。


つとめて冷静に動いていたつもりだが、


「あら、いいことあったの?」


と、水蓮が話しかけてきたので、浮足立っていたようである。



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