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薬屋番外編  作者: 日向夏
旧蛇足編
4/32

4 変人

部屋に戻ると、いつもより帰りの早い主人あるじが慌てた様子で探し物をしていた。

寝台の下をのぞいたり、とばりの裏を確認している。


「なにかあったんですか?」


疲れ顔の従者、高順ガオシュンにたずねる。


「ええ、子猫こねこが見つからなくて」

「猫なんて飼ってましたっけ?」

「いや、今見つかりました。小猫シャオマオ


壬氏ジンシ猫猫マオマオに気付くと、こちらにものすごい勢いで近づいてきた。走りはしないが、足の動きが半端でない。

なんとなくおくしてしまい、さっと高順の後ろにまわった。


「なぜ、隠れる」

天上人てんじょうびとにいきなり近づかれては、目がくらんでしまいますゆえ」


半分嘘ではない。きらきらしい壬氏をみるたび、そのように思うのだ。

最近は、そうでないほうが多いのだが。


「高順の後ろにまわることはないだろ」

「いえ、なんとなく落ち着きますので」


一瞬、高順の肩が揺れた。脂汗がたらたら流れているようである。

むすっとした顔の壬氏を高順の肩越しに見る。


「高順がよくて、俺じゃなんで駄目なんだ?」


(生理的に受け付けません)


とは、正直に言い難い。

遠回しに伝えることにする。


「そうですね。もう少し、お腹が出て、加齢臭が漂うようになれば落ち着くかと」


(その頃には、今ほど麗しくないはずだ)


そのつもりでいったのだが、なぜか高順の肩がびくりびくりと二回震えて、首がゆっくりもたれていった。


壬氏はなぜか考え込み、左手をあごにやる。


「腹は別として、加齢臭はどうすればいい?」


薄々、気が付いていたがこやつ、頭は良いが莫迦ばかである。


「年齢を重ねることですけど、ほかに心身負荷ストレスによって代謝が悪くなると臭いますね」


また、高順の肩がびくりと揺れると、そのまま床に膝と手をつけ、うつむいた。


「どうかしましたか?」

「ええ、ほっといてください」


珍しく投げやりな高順の言葉に猫猫は首を傾げる。


壬氏が夕餉にするぞと呼び立てるので、言われた通りそのままにしておくことにした。






食事中はちくちく小言をいわれた。いっそがみがみいってもらいたいが、粘着質なのでちくちくである。


薬が作れないむねを説明すると、納得したようで鈴の根付のついた札を渡された。複雑な模様の焼き印が押してある。


「これがあれば、医局と書庫に顔が通る」


とのことらしい。

なるほど、冬虫夏草以来のいい仕事である。


もうひとりいる初老の女官に言付けして、門限を守れば、外出してもよいとのこと。


うれしくて笑い出しそうになるが、いかんいかんと顔をこわばらせた結果、いつものようにへどろを眺める目線をおくってしまった。悪い癖になりつつある。


不思議なことに、この視線を壬氏に送ると、なぜかうずうずと好奇心にかられた顔をするので困る。まるで獣の肉球を前にして、指先で押したがっている顔だ。


(もしかして愛玩動物ペット扱いされているのでは)


食事のときといい思い当たる節はある。さっきの鈴の根付も、首輪みたいなものなのか。


しかし、猫猫にとってはたまったものではない。

自分が愛玩用に向いているとは到底思えないのだ。


(今度、子猫でも貰ってこようか)


猫猫はぐっと拳に力を入れて、ささやかな決心をするのだった。






翌日、初老の女官に途中まで案内されて、書庫にいくと貴重な薬の文献が山のように積まれていた。


目が輝き、一心不乱に読み漁っていると、ちょいちょいと司書の小父さんに呼び止められた。

周りの迷惑になるので、持ち帰って読みなさいとのこと。

また、無意識になにかやっていたらしい。


帳面に題名タイトルと名前を明記し、風呂敷一杯に包んで持ち帰ろうとしたところ、また呼び止められた。

貸出は五冊までとのこと。


荷物が軽くなったついでに医局に顔を出すことにした。

用があれば、こちらで薬の材料をもらえる手筈になっているらしい。


園遊会の時に一度たずねているので、広い宮廷内でも迷うことなくつけた。

それでも大小百をこえる建築からなり、どれも赤と緑を基調とした意匠デザインなので、気を抜くと迷いそうになる。


医務室に入ると、不機嫌な顔をした医官が眉間にしわを寄せていた。気難しそうなやせぎすの男でどのようにさばをよんでも三十路にはいくまい。

猫猫が中に入るのを拒まないものの、明らかに領域を荒らすことにいら立っている。


「なにを考えているんだ、あのかたは」


別に隠すつもりもない小言が聞こえてきた。


まあ、それは普通の反応なのでとりあえず無視する。


素性のわからない醜女しこめの図々しい態度に、医官がさらに眉間のほりを深くするが、そんなもの関係ない。

目の前に広がる巨大な薬棚と、むせ返るような匂いの前に意識がとびそうになる。


(すごい、すごい、すごい)


後宮の薬棚もよかったが、それとは比べ物にならない。

量も半端でないうえ、材料ひとつひとつが丁寧に仕分けされている。管理の行き届いているのは、薬の名が張ってある宛名ラベルに仕入れた日付が書いてあることで読み取れた。

やぶ医者が腐りかけた高麗人参を置いていたのと大違いである。


棚のひとつひとつ名前を調べ、自分の記憶にないものを見つけると、引出をあけ実物を確認する。効用を備え付けの図鑑にて調べて、文章を丸暗記して実物と結びつける。


それを何度も繰り返し、全部の生薬しょうやくが頭に入ったときにそれは聞こえてきた。


「初日から門限を破るとはいい度胸だな」


甘さのかけらもない麗しき御仁の声が背中に悪寒おかんを走らせた。


どう考えても、申し開きのできない状況なので、素直に正座して三つ指をついて頭を下げた。


壬氏の後ろには、昨日から遠い目をしている高順が付き従っていた。珍しく香が焚き染められた官服を着ていた。



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