血を献上する
時系列は壬氏付の下女だった頃くらい。
「人の血を取って、他の人に入れる?」
壬氏はたいそう怪訝な顔で聞き返した。
猫猫は説明するのが面倒だが口にした以上説明するより他ない。水鳥の羽を丁寧にやすりで削りながら口を開く。
「大怪我で出血した場合、止血しても血が足りず死に至ることがあります。なので、足りない血を他の者からとって入れていたという記述がありました」
猫猫は昔見た医学書を思い出す。おやじの蔵書で西方の物だった。
「ほう、それで」
「他人の血を入れたら死にました」
「……だめだろ」
(そうなんだよなー)
昔から、他人の体の一部を移植するという手術は行われていた。奴隷の血を抜き、自分の血にする。奴隷の歯を抜き、自分の歯にする。
だが、だいたいは失敗に終わり、奴隷は元より移植した主人も死ぬことが多い。
「植物なら接ぎ木できるんですけど」
「つぎき?」
「他の植物の茎に、違う枝を挿して根を張らせます。すると一本の木に違う種類の花が咲くとか」
「ほう。人間と植物は別だろうに」
たしかにそうだが、猫猫は思うことがある。
「植物といっても近縁種しか接ぎ木は難しいそうです。同じような考えで言えば、血の近い者同士なら可能ではないかと」
「おい、ちょっとまて」
壬氏がつっこみながら、猫猫を見る。猫猫は水鳥の羽の先を筒状にして尖らせていた。いい感じで突き刺さる。
「私が見ている記述では奴隷がほとんどでした。もしより近い親類であれば可能ではないか。または、本人の――」
「待った。それはなんだ!」
「ああっ!」
壬氏が加工していた水鳥の羽を取り上げる。
「何に使う気だ?」
「……ちょっと、突き刺して血を抜こうかと」
「……」
壬氏が呆れている。水鳥の羽とはいえ、突き刺すのにはやはり太い。
「いや、無理だろ、太すぎるぞ」
「これでも細いほうを選びました」
「なによりなんで血を抜くんだ?」
「……」
睨んでくる。話さなくてはいけない。
「記述には皮膚の移植はうまくいったとありました。ただ、奴隷の皮膚ではなく本人の違う部位の皮膚です。つまり、私が血を抜き、また元に戻したら平気なのかなって……」
壬氏の視線が痛い。
「それ、意味あるのか?」
「……可能性を追求したいので」
「意味あるのか?」
壬氏は猫猫から水鳥の羽を奪う。
「返してください!」
「駄目だ。やめておけ」
「ちょっとだけ、ちょっと突き刺して取るだけです!」
「駄目だ」
猫猫はがっくり肩を落とす。
壬氏は目を細めて加工した羽を観察する。
「取るもなにもこれはどうやって使うんだ? 突き刺して口で吸いだす気でいたか?」
「やはりそれしかないですよね。唾液を混ぜないようにしないといけないので難しいなと。入れるときは、革袋に羽の先を取り付け押せばうまくいくと思うのですが」
「わざわざ羽を使わず流血したものを取るのは駄目なのか?」
「空気に触れると良くないと聞いたことがありますので」
ふむ、と壬氏は腕組みをする。
「やはり怖いぞ。せめてもっと羽が細いものではないと。玻璃ならどうだ?」
「考えましたけど、割れたときのほうが怖いです」
玻璃なら最初に大きな筒を作って、どんどん伸ばして細くしていけばいい。
「金属でできないでしょうか?」
「理論上はできると思うが、まさか血を抜くために細い管を作れと言ったら、狂気の目で見られるぞ」
「じゃあ初めは麦稈の代わりとして作ってもらい、職人にどこまで細くなるかやってもらいましょうか」
「おだてたら普通に出来そうな気もする。いかん、駄目だ。駄目だ。そうやってできたら血を抜こうとするだろうが」
(ばれたか)
壬氏の視線が怖いので、猫猫は舌打ちをしつつ、加工していた道具を片づける。全部終わるまで、監視しているらしい。
(もし血を他人へと移し替えることができたら)
助かる命は増えるだろうに、と思いながら――。




