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薬屋番外編  作者: 日向夏
後日談
24/32

梅梅


「おい、そばかす女。これ買ってくれ」


 猫猫マオマオスカートを引っ張って呼び止めるのはできそこないの弟子たる趙迂チョウウである。

 指さす方向にあるのは、山査子さんざし売りの屋台だ。


 猫猫たちは、買い出しのため都の大通りにある市に来ていた。

 周りには、果実や衣、装飾品を売る露店が立ち並んでいる。まだ息も白い季節だというのに、色とりどりの果実が並んでいるということは、南方からの交易品なのだろう。


「買い物を済ませてからな」


 猫猫は書きつけた木簡メモを眺める。

 調合の材料の他に、やり手婆から頼まれたおつかいもしなければならない。


「なんだよ、けちー。早くしないと、売り切れちゃうだろ」

「安心しろ、世の中そんなに景気はよくない」


 猫猫はすでに買った酒瓶を趙迂に渡す。蝮酒の原料だ。

 ずっしり重い瓶を渡すと、趙迂はぺたりと地面に腰をついた。


「どうした?」

「重くて持てない」


 甘ったれた弟子の襟首を引っ張り、猫猫は先に進む。


「母さんなら買ってくれた」

「お前の母親じゃない」


 趙迂は、元々いいところの坊だったらしい。残念なことに、夜盗なりなんなりに襲われて、売りとばされたとのこと。つまり家族が生きているとは考えづらい。若い女や子どもはともかく、大人ならその場で始末されているのが普通である。


 しかし、それで甘えがきくほど、世の中甘くない。猫猫にとっては、二束三文の見切り品に違いないし、他にも売りとばされた子どもなぞ、妓楼にわんさといる。いちいち同情していられない。


(とんだ、不良品だ)


 仕事は覚えないし、店番もさぼるし、なのにわがままだけは一人前だ。

 何度、橋の下に捨ててこようと思ったことか。


 せめて、食事代くらい稼げるようになってもらいたいところだ。


 花街には猫猫しか薬屋がいない。庶民には、医者が高くて看てもらえないところから、職としては困らないのに。

 最低限、風邪薬や傷薬、あと堕胎剤と避妊薬の作り方さえ覚えておけば、食いはぐれることはない。 


 薬草の見分け方にはこつがいるが、猫猫にとってこれほど楽しい仕事はないと思うのに。


(興味がわかないなら仕方ない)


 やり手婆には悪いが、薬屋にするのは諦めて、男衆の手伝いをさせたほうがいいかもしれない。妓女たちの受けは良いのでそちらのほうが合っているだろう。


 猫猫はそんなことを考えながら、買い物を済ませる。


 山査子を頬張る趙迂はご機嫌で、両手に風呂敷包みを持たせても投げ出したりしなかった。


 飛び跳ねるように前を歩く趙迂がいきなり立ち止まったので、猫猫は首を傾げた。


「どうした?」


 趙迂の視線の先を見ると、趙迂とさほど変わらない年頃の娘が水仕事をしていた。


「ちょっと待ってろ」


 趙迂は荷物を猫猫の足元に置くと、駆け出して娘のほうへと向かう。なにか話しているようだが声は聞こえない。

 趙迂は娘に何かを渡すと、ぱたぱたと走って戻ってきた。


「待たせたな」

「いいから、荷物」


 猫猫は趙迂の手に山査子がないことに気が付いた。


(ませがき)


 猫猫たちは花街に続く道を歩いた。






「なんでわからない」

「なんでわかるんだよ」


 薬研やげんで薬を潰し混ぜながら、猫猫は調合の仕方を見せる。

 ごくごく簡単な腹痛の薬の調合を教えるのだが、どうにも覚えてくれない。材料の見分けもつかない。


 趙迂は胡坐をかいてふんぞり返る。


「大体、無理なんだよ。見て覚えろって言って、何の説明もないんじゃ覚えようがない」

「私はそうやって覚えた」


 羅門ルォメンの調合する方法を見て、猫猫は覚えた。何の薬を作るのかと、どの薬草を混ぜるのか、それを聞けば難しいことはないはずだ。


 そんな猫猫の持論を覆す声がかかる。


「そりゃあ、あんたならそうでしょうよ」


 薬屋の入口を見ると、扉に寄りかかるのは三姫の一人、梅梅メイメイ小姐だ。湯上りらしく濡れ髪を手ぬぐいで巻いている。


「普通はそんなもんよ。趙迂のやる気のなさも問題だけど、あんたも教え方が下手すぎるのよ。猫猫は、人より言葉足らずなんだから」


 垂れた目をした優しげな風貌だが、痛いところをついてくる。


 趙迂が勝ち誇った顔を見せるので、猫猫は眉をしかめる。


「さすが、梅梅ねえちゃん、わかってるよな」

「はいはい、おだまんなさい。婆があんたを無駄飯食らいだって言って、橋の下に捨てる気でいるわよ」


 梅梅の言葉に趙迂は肩をびくりとさせる。


(婆ならやりかねない)


「はい、今日のおべんきょ終わったんなら、表の手伝いしてきて頂戴。うちは働かざる者食うべからずよ」


 と、馬車から荷物を運ぶ男衆をさす。

 趙迂は慌てて薬屋を出ると、荷運びを手伝いにいった。

 

 趙迂にかわり、狭い薬屋に入り込む梅梅。


 猫猫は薬研を片付ける。


「あんたも、才能ないってわかったんならさっさと見切りをつけなさい。大きくなるほど、使い道が限られてくるんだから」

「わかってる」


 梅梅もまた、三人の禿かむろを使っている。禿の教育は妓女の仕事で、その養育費も妓女持ちとなる。緑青館ろくしょうかんでは、その養育費を妓女になってから倍にして返すしきたりとなっている。


 いくら倍になるとはいえ、養える禿の数が限られ、また、すべての禿が妓女になるとは限らない。たとえ、なれたとしても返せる保証はない。一方で、禿の数は妓女のランクも示しているので、禿をまったく養育しないというわけにもいかない。


 たとえまだ十にもならない娘でも、器量、才能がなければ切り捨てなければならない。

 花街とはそういう世界である。


 梅梅が猫猫にそう言うのは、先日、禿を解雇したからだろう。顔立ちがよいからと女衒ぜげんから買い入れたが、何度も花街から脱走しては捕まえられ、とうとう客の前で癇癪かんしゃくをおこし、熱い湯の入った椀をひっくり返したのだった。誰も火傷はしなかったが、結局、また女衒の元に戻したのだ。


(莫迦だよな)


 娼館に売られたことは違いないが、少なくとも禿でいる間は食事と教育を受けられる。子どもに春を売らせる店や、変態に囲われることに比べたらましなはずだ。

 まともな妓楼では、遊女は財産であり、長く稼いでもらうために最低限の待遇が与えられるというのに。


「まあ、あたしからもあの子に言い聞かせるから、あんたも反省なさい」


 梅梅は薬草をつまんで猫猫の手のひらに乗せる。


 よく趙迂が他の雑草と間違えて摘んでくるものだ。猫猫は、「よく見ろ」とだけ言って、どこがどう違うのか説明していなかった。


「わかった」

「よろしい」


 梅梅はにっこりと笑うと、立ち上がり薬屋を出る。


 猫猫は、早速、つまんだ薬草の特徴を書きとめようと木簡と筆を取り出す。


「あっ、そうそう」


 思い出したかのように振り返る梅梅に、猫猫は頭をあげる。


「貴人をからかうのもたいがいにしときなさいよ」

「からかわれているのは、私のほうだけど」


 猫猫の言葉に苦笑いを浮かべながら、面倒見の良い小姐は出て行った。


(なんのことだか)


 まあ、よいか、と筆に墨をつけると薬草の絵を描き始めた。


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