16 楼蘭妃その四
宴は園遊会と違い、室内で行われる。
暑い季節だが、宴会場は壁が取り外され、外の庭園が見えるようになっており、風通しがよいぶん心地よい。
猫猫は紅娘たちとともに、玉葉妃に張り付いている。なにが起こるかわからない、なにかあったら自分が盾になるのだという気概が感じられる。
(毒くらいなら問題ないんだけど)
その点、猫猫は専門なので、あらかた片付けられる自信がある。まあ、例外もないわけはないが、他の毒見よりもけっこう優秀だという自負がある。
周りを見ると、園遊会ほどひとはいないものの、そのぶん豪華な顔ぶれがそろっている。猫猫に誰がどんな役職なのかわからないが、腰の帯の色はどれも高官を示している。
見たことのある顔を見つけ、猫猫はふと保険をかけておくべきかと思った。
紅娘に断わり、大型犬のような人の好い武官のもとに行く。
どうやら、警備についているらしい。
用件をすませて戻ると、本日のもうひとりの主役がやってきた。
髪を緩やかにあげ、柘榴石の簪をつけた楼蘭妃だった。
四人の妃がそろうわけでもないので、今日は黒ではなく緑を基調とした衣を着ている。
細身の身体に不自然に胎だけが出っ張っていた。
嫌味なほど、身体の線の出るいでたちである。
対して玉葉妃は、身体に負担がかからないように緩やかな衣を着ているため、言われなければ妊娠しているとは気づかれないだろう。
団扇で口元を隠しながら、楼蘭妃が近づいてくる。
玉葉妃は微笑んで見返す。
(背後に龍と虎が見える気がする)
猫猫は無言で過ぎ去る楼蘭妃と玉葉妃をみながら思った。
玉葉妃は知っているのだろうか。楼蘭妃の胎の子が、本当に皇帝の子であるのか怪しいことを。
宮廷内の噂でも、皇帝の御通りはもっぱら玉葉妃か梨花妃、あとたまに中級妃数名のもとに通うくらいしかきかない。
楼蘭妃のところにも、はじめの数回は御通りがあったらしいので、できないことはないわけだが。
(さてさてどう転ぶやら)
猫猫は詰め物をいれた胸をぎゅっとおさえた。
(あれは新緑亭の妓女か)
見覚えのある女たちを壁に立ったまま見た。宮廷の宴に、妓女たちが呼ばれることはないわけではないが、緑青館以外の妓女が呼ばれたとあらば、やり手婆はくやしがっていることだろう。
猫猫としては、花街の薬屋のときは、どちらも商売相手なのでどうでもよい。ただ、店は緑青館を間借りしているので、新緑亭のものに売るのは隠れて届けなければならないのが少々面倒だった。
談笑まじりの宴は、年間行事の園遊会に比べてゆるやかなものに思えるが、なぜだろう背筋が寒い。
(まったく、喧嘩腰の席配置だことで)
妃ふたりを向い合せるように配置している。氷水と大きな団扇をあおぐ女官がそれぞれついているのになぜだか暑い。いや熱い。
あんなのに挟まれて、皇太后は涼しげな顔をしているのが不思議である。さすが、元女官五千人の大所帯の頂点である。先帝の子どもで、男だったのは皇帝とその弟しかいなかったので、基盤はゆるぎないものだったろうが。
皇帝は今回の宴には参加していないのもなんだかおかしな話である。かわりに皇弟の席が用意されていたが、いつのまにかどこかへ行ったようで、空席になっている。
人見知りで滅多に人前にでないらしいが、まあ、どうでもよい。見て面白いものでもない。
二胡の演奏が終わると、一度休憩に入る。
園遊会のように目隠しの幕がないというのも、けっこうきつい。
侍女たちは、壁にそって立ち続けなければならない。
「ちょっと、外の空気吸いに行ってきます」
「時間までに帰ってきてね」
紅娘に断わり、一度退室する。私も行くと、桜花もついてくる。
中庭に面する回廊で、小さく伸びをする。桜花も肩を軽く回している。
「つらいわー。なんかやっぱ空気が」
「そうですね」
穏やかそうにみえる玉葉妃もやはり妃である。
微笑みを崩さずに相手を威嚇していた。
まだ、宴の後半が残っていると思うと、ふたりは大きく息をはくしかない。
「もう、がんばんなきゃいけないのに」
疲れた顔をした桜花を見ると、猫猫も気が気でなくなる。
周りに、他の官たちがいることから、態度に出さないようにしているが。
「お水、もらってきますね」
「えっ、いいよ」
猫猫はすぐ持ってきますので、と急ぎ足でいった。
水をもらうのは、食堂がいいだろうが、少々場所が遠すぎる。
幸い、こちらは壬氏の自室に近い。部屋付のもうひとり、水蓮がいれば水くらいもらえるだろう。
ひとが見えなくなったのを幸いに、軽い足取りで走る。走る行為は、はしたないので人前でやると紅娘によく怒られるのだ。
(やば。誰かいた)
猫猫は足取りをゆるやかにすると、その場を通り過ぎる。
見たことのある人間だった。というより、今日の主役のひとりである。
宮殿の脇で侍女たちに囲まれている。
控えの部屋は与えられているはずだが、なぜこんなところに。
猫猫が通り過ぎるのをじっと見ている。
気になさらずともよいのに。
無表情のまま通り過ぎていく。
なにごともなかったかのように。
壬氏の棟につくと、水蓮に招き入れてもらい水を用意してもらった。ついでに、自分ももらう。
杯の水を飲み干すと、力なくうなだれた。
優しげな初老の女官は、
「はしたないわよ」
と、優しくたしなめた。
本当にやってられない。
猫猫は、無駄に自分の目がいいことを呪った。
(お腹の肉、ずれてますよ)
楼蘭妃の腹には肉襦袢が巻かれているようだった。
赤子は楼蘭妃の胎にはいない。
もし、いるとすれば。
引っ掛かっていた二人の乳母を思いだす。
どちらも、ふくよかな体型をしていた。
赤子がいても気づかない体型をしていた。
(種馬だけでなく、ここまでやるとは)
まことに欲深いひとである。




