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薬屋番外編  作者: 日向夏
旧蛇足編
14/32

14 楼蘭妃その弐

楼蘭ロウラン妃の入内から半年。赤子は六か月)


さてさて、やはり気になるのはあまりにどんぴしゃだということである。


通って数回のうちにできたということか。

可能性はないこともない、ここに例があるということだし。


正直に皇帝に聞いてみたいこと、それは、


(確かに未開通でしたか?)


無理である。さすがに無理である。いくら猫猫マオマオでも聞けることと聞けないことがある。


疑り深い猫猫が考えたことはまず赤子は皇帝の子なのかと。大体、母親は確実に母親であるが、父親は思い込みで父親になるものである。ああ、そういえば、あのとき。うん、たぶん、それなら間違いない。

可哀そうにかっこうの子どもを押し付けられる客を何人か見たことがある。


とまあ、考えても仕方ないこともあるもので、いつもの仕事に戻る。


玉葉ギョクヨウ妃の食事に毒が盛られてから半月。今では毎日のように盛られている。一品ならともかく、二品、三品と数も増えた。

調子にのっているとしか思えない。


今宵の夕餉に残ったのは、粥と汁物のみである。さすがに、栄養が足りないと思うので、紅娘ホンニャンたちがいくつか菜を作った。質素なものですみませんと謝る侍女たちに、玉葉妃はこれくらいがちょうどいいと笑って返してくれた。


もう限界である。

一体、何をしているのだ、あの宦官は。






爆発した不満をさきに漏らしてくれたのは、紅娘だった。


翌日やってきた壬氏ジンシに、まなじりを上げて現状を説明する。


麗しき宦官は憂いを含んだ顔で和ませようとしたが、逆効果であった。

半月も調査に遅れが出ていることがおかしいのである。仕事をさぼっているとしか感じないだろう。


「調査は進んでいる。もう少し待ってほしい」


言い訳じみた答えを残し、壬氏は高順ガオシュンを引き連れて部屋を出ようとする。

そのとき、なぜかちらりと猫猫のほうに視線を向けた。


猫猫は退室すると、いつもと違い洗濯籠を持たずに翡翠宮ひすいきゅうを出た。






目立つ壬氏たちのあとを目立たぬようについていくと、宮官長の執務室についた。久しぶりであるが、また迷惑をかける、申し訳ない。年嵩としかさのいった宮官長は近くの医局に入って行った。


(なるほど、いつもあそこで時間を潰しているわけか)


猫猫は高順が部屋の隙間からのぞいているのを確認すると、部屋の中に入った。


「なんの御用ですか?」

「物わかりが良くていいな」


壬氏が仕事用の笑みを浮かべている。


「調査が行き詰っている理由を知りたいか?」

「ええ、このままでは玉葉妃のお食事がなくなってしまいますので」

「実は他の三人の食事にも混ぜられているのだ」


(三人とも?)


それはどういうことだ。

では、四夫人以外の妃の誰かがやっているということか。


「尚食の女官たちは、あの毒を薬と思って使っているらしい」


だから、皆に平等に入れていた。酸漿ほおずきの毒は弱く、使い方によっては薬になるため赤子を孕んだものでない限りそれほど影響はないだろう。


すでに梨花妃と里樹妃には通達し、食事を別に作るよう手配しているらしい。


「二人だけですか?楼蘭妃には」


それならば、尚食の女官にやめさせればよいことである。

わざわざ、まどろこしい方法を。


「薬だといって、すすめたのは楼蘭妃のところの宦官だ」


(なるほど)


自分のところの妃の食事に混ぜてくれ、身体によいから他の妃の食事に入れてもかまわない、と。

素直な女官なら従うかもしれない。


「ということで、尚食の女官になってくれ」


あまりに簡単に派遣業務を言い渡すので、猫猫は久しぶりに踏みつぶした蝉の抜け殻でも見るような目をした。


実は、現物報酬ボーナスのことを少し期待していたのだが、あてがはずれたようである。






おさんどんを司る尚食の仕事は、なかなか過酷ハードである。後宮数千人分の食事を作らねばならないので、朝から芋の皮むき、根菜を切る作業、煮込み、焼き、味付け等すべて分担されて行われる。


妃の食事については、他の女官とは別に違う場所で作られる。

それでも、下級・中級妃を含むので百人近い量となる。


猫猫の立場といえば、人手不足なのでとりあえず他の尚食から駆り出されてきた女官という形をとっている。数日いれば、帰れるわけだが、それまでになにかみつけてこいというのはあいかわらず人使いが荒い。


一応、変装といわないまでも、そばかすを落とし、髪型を変えている。それだけで、「誰、あんた?」といわれる便利な特徴のない顔である。


野菜を一本一本丁寧に洗いながら、周りを見る。

特に変わったことはない。

そのまま昼が過ぎ、夕餉の準備になり、夕餉の洗い物を終えてようやく帰れる。朝餉の準備からずっといるわけでなく、交代制なので猫猫は朝餉の洗い物から手伝いに入っている。


夕餉の時間に近づくと、どんどん忙しくなってくる。やり方のわからない猫猫は、ただ言われるまま食事を運び続けるしかできなかった。


その中で、一際立派な器ののった盆を四つ見つける。それぞれを示す紋が入っているので誰のかわかる。盆の数を見る限り、今宵は皇帝の御通りはないようである。


丁寧に飾り付けをする中で、女官が一人、牛蒡ごぼうのようなものを添えていく。


酸漿ほおずきの根か)


料理によっては粉末にしたりするが、今回は原型に近い。


仕事を終えたという満足げな顔を見る限り、やはり毒を盛ったとわかっていない。


料理長も食事を作り終えたあとは、席を外しているので、まさか奇妙な付け合せが加わっているとは思ってないだろう。


猫猫は獲物ターゲットを絞った。






洗い物を終えた後、さきほどの盛り付けを行った女官をおいかける。女官はなぜか急ぎ足で、軽く踊るような動きだった。


(生き生きしているな)


頬が紅潮して、目が潤みがちになる。まあ、多感な時期にひとつやふたつあることなのだが、女と元男しかいない後宮ではあまり深く言及したくない。


これ以上、ついていったら正直あんまり知りたくない方向に進みそうだったが、命令とあらば仕方なかった。


娘は人通りの少ない果樹園のそばに来た。猫猫がたまに果物を失敬する園で、夕餉のあとに誰かがくることはない。


そのはずなのに、娘があらわれたと同時に、樹の影から誰かが現れた。


(美形の宦官ねえ)


壬氏でないその男は、話から察するに楼蘭妃の宦官に違いなかった。


女官と抱き合い、なにかしら甘い言葉でも吐いているようである。

ああすれば、娘は男の言葉を疑わず、食事に毒を盛り続けるだろう。


(上背があり、背筋がよすぎるな)


以前、高順に感じたようにあまり宦官のようでない宦官であった。


あまり考えたくない想像が頭をよぎったが、一度、頭の隅に置いておくことにした。報告するには、曖昧あいまいすぎるし、なにより報告してよいものかと思った。もし言ってしまえば、もう一つのことを口にしなければならないかもしれない。


以前から気になっていたが、意図的に考えないようにしていた。


宦官には特徴がある。


体毛が薄く、性格が丸くなり、全体的に女性的になる。

それ以外にも、声が高くなり、太りやすくなり、猫背気味になる。


猫背になる理由は簡単だ、物理的に尿道が短くなるわけで、そのぶん近くなるのだ。だから、背筋が丸くなる。


だが、猫猫の知る宦官のうちそれに当てはまらないものがいる。

声は美しいが高くはない、しっかりした体つきだが太っておらず、背筋は伸びて堂々としている。その従者も同じである。


(やーだなー)


猫猫は、逢引現場を出歯亀でばがめしながら、再確認したことを頭のどこにやるか考えていた。


いろいろ、面倒くさいことになりそうな気がする。


これさえなければ、ひとつの仮説が簡単にたてられるものを。


楼蘭妃の連れた三人の宦官は、種馬であることを。

楼蘭妃の懐妊は、実に怪しいものであるということを。


宦官は手術を行った証書を持っていれば、宦官とみなされるので意外と簡単に入れるわけである。可能性はなきにしもあらず。


(どないするかな)


猫猫は建物の裏で胡坐をかいて、深いため息をついた。



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