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薬屋番外編  作者: 日向夏
旧蛇足編
13/32

13 楼蘭妃その壱

どうやら、玉葉ギョクヨウ妃の妊娠がばれたらしい。

妊娠二十週をこえ、腹も目に見えて大きくなってきた。

茶会の回数も減らし、外に出回ることも控えてきた。

これまでばれなかっただけ、まだいいほうだろう。


昨晩の毒見のとき、夕餉に酸漿ほおずきが混ざっていた。

胎を縮め、赤子を流す作用を持つ。

花街では堕胎剤として使われている。

まあ、猫猫マオマオにとってはさして面白くもない微毒である。


「極端な手できたな」

「ええ。いまさら流すのは、難しいと思われますが」


いつもの翡翠宮ひすいきゅうの応接室で、猫猫マオマオは、壬氏ジンシに報告する。壬氏は天女の相貌に憂いをのせていた。


(これは仕事中なのだな)


最近、きらきらしいのとそうでないときの違いがわかってきた。


玉葉妃は元気そうに振舞っていたが、胎教に悪い話を聞かせるわけにいかない。とりあえず、紅娘ホンニャンに同席してもらい、妃は横になってもらうことにした。貴園グイエンが紅娘のかわりについているはずだ。


「相手はまだ、玉葉さまがどのような状態かはかりかねているのではないでしょうか。六月むつき過ぎたことを知っていれば、もっと強い毒を入れてくるかと」

「けん制か?」

「わかりません」


猫猫は無表情のまま、正直に答える。


(これから、大変になるな)


壬氏はあごに手をやると、何かを考えているようである。

立場としては難しいところだろう、他の三人の妃も平等に、同時に毒を盛ったものを探さなくてはいけないのだから。


三人の妃といっても、絞られるのはひとりだろう。


梨花リファ妃は性格よりこの手の方法を好まぬだろうし、そばにいる侍女たちは正直いって無能である。実家より、別の形で女官を後宮に送り込まない限り、暗躍あんやくは不可能だろう。


里樹リーシュ妃も同様である。いまのところ、親身になってくれているのは元毒見の侍女頭のみで、他の侍女はあいかわらずのようだ。多少、柔らかくなってきているらしいが、里樹妃のためにそこまで手を汚すものはいないだろう。


だとすると、楼蘭ロウラン妃だけが残る。

半年前に入ってきた妃は、十人の侍女と三十人の下女を連れてきた。それだけでなく、医学に詳しいという宦官を三人連れてきている。


(たしかに、やぶ医者では不安だろうな)


宦官を連れてくることは、本来規定にないことであるが、ようは親のごり押しだ。

もともと入内じゅだいも、阿多アードゥオ妃を追い出して上級妃から入った。本当は、中級妃から入り、阿多妃が降りるのを待ってから昇格という形をとるはずだったらしい。


(ずいぶん、好き勝手にやってるな)


「楼蘭妃はどういうかたですか?」


正直、妃教育のとき、真っ赤な顔でにらんでいたことくらいしか頭に残っていない。


「ああ、理知的で冷静な妃だ……」


口を濁すような言い方である。隣に立つ高順ガオシュンも冷静そうに見えるがどうであろう。

なにか隠している気がしてならない。


紅娘はその様子を逃すものかと、じっと見ている。さすができた侍女頭だ、敵側の情報を漏らす気はないらしい。


「理知的と小賢しいは別物ですよね」

「そうだ」


気を取り戻したらしく、冷静に答える。


「冷静といっても、土壇場に弱ければ意味はないですよね」

「そうだ」


口数少ないのが怪しかった。


(まあ、よいか)


一応、雇用主である。

これ以上いじめてやるのは勘弁してあげよう。


(それに、もう半年だ)


年に二回、現物報酬ボーナスの時期だ。

あの冬虫夏草は、二つに分けて丸薬サプリと美容液にした。美容液は、肌に異常がでないか確認したあとで、玉葉妃および侍女たちに使ってもらっている。使い勝手は悪くないらしく、また作ってくれと言われた。


(また冬虫夏草でもいいが)


それでは少々芸がない。

無駄にいいところに住んでいるのだ、お偉い宦官どのはなにかしらすばらしいものを用意してくれるだろう。


そんなことを考えているうちに、身を乗り出していたらしい。

なんだか壬氏の顔が近い。

真剣な面持ちでこちらを見ている。


「もうしわけありません、近づきすぎました」

「いやいい。なんだ?」


優雅に足を組直す。しかし、いつのまにきらきらしいのがはがれていた。

ついでに、周りに高順と紅娘がいない。


「とても期待しております」

「期待?」


むしろ、そわそわしているのは壬氏のほうに思えなくもない。


「ええ、もうすぐ半年ですから」


猫猫の言葉に、壬氏はなぜだか顔を真っ青にした。






どうにも昨日濁した壬氏の言葉が気になったもので、いつもどおり洗濯籠に茶菓子を入れて、小蘭シャオランのもとに向かった。


あいかわらず小蘭は聞かずとも、聞きたいことをどんどん話してくれるので話が早い。


どうにも、楼蘭妃の理知的という言葉はなんだか怪しいものである。学はあるらしい。科挙を受けてもおかしくないと言われているらしい。だが、それだけなのだ。


学はあるが、機転がきかない。


そういう意味では頭の回転が速いといえない人らしい。


(うーむ。仕事は一緒にしたくないタイプだな)


妓女の中にもそういう女は何人かいた。

妓女にとって知識があるというのは強みである。しかし、暗記した漢詩を述べるだけなら門前の小僧で十分である。そこから、上手く話をつなげなければ、売り物にはならない。恐ろしいほど容赦なくやり手婆は、すっぱり仕分けしてくれるのだ。


(私もひとのことはいえんがな)


薬学をのぞいて、日常会話をしろと言われたら、三秒で切れる自信がある。

やはり、会話は喋るよりただ聞いて相槌をうつのが楽でいい。


「それでね、それでね」


小蘭が干した荔枝ライチ栗鼠りすのように頬張りながら続ける。


「なんか最近、様子がおかしいんだよ」

「おかしい?」


甘い果肉をごくんと飲むと、核心に近づくことを言ってくれた。


「赤ちゃんできたんじゃないかって。最近、噂になってるよ」


(なるほど、そういうことか)


表向きは玉葉妃付の毒見役であるが、雇用主は四夫人に平等であるべき壬氏である。


(しばらく知らないふりをするのが、一番か)


ただし、情報は多いにこしたことはない。


小蘭に残りの菓子を全部あげると、やぶ医者の所に向かった。






「やはりきましたか」


猫猫は酸漿ほおずきの入った皿だけを取り除く。

また、玉葉妃の食事に盛られていた。


実は、先日の食事は毒に気づかずに食べたことになっている。猫猫が玉葉妃と紅娘に提案したのだ。


下手に大事にするよりも、相手のでかたを見たほうが得策だといった。

盛られた量を考えても、一回で終わるものと思えなかった。持続して弱めようとしている気がした。


以前ならば、ここまで積極的に提案などしなかっただろうが、なんだかんだで玉葉妃たちに肩を持っているのだと気が付いた。


今日と一昨日の尚食の係りを調べれば、誰がやったか目安がつくだろう。


やぶ医者の話によると、壬氏に頼まれて楼蘭妃のもとを訪れたという。

あいかわらず守秘義務という言葉を知らない男である。


簡単な触診をしただけで終わったらしい。それでなにがわかるかといえば、わからない。

ただ、楼蘭妃は以前よりもふっくらとしていたらしい。そして、そばに仕える医の心得をもつという宦官はこういったという。


「六か月になります」


と。


やぶ医者は美形だったとか、くだらないことを話したがどうでもよい。


なるほど、そうなればどうなるか。


ほぼ、同時期に赤子がふたり生まれるとすれば、どちらが先か、男か女かという問題が起こる。


(あいもかわらずおどろおどろしいことで)


猫猫は毒入りの香の物をぼろ布に包むと、中身のわからぬようにくずかごに捨てた。

これで、今日もまた、玉葉妃は毒を食らったことになる。


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