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薬屋番外編  作者: 日向夏
旧蛇足編
12/32

12 後宮管理

「湯あみなさりますか」

「ああ、頼む」


高順ガオシュンは、いつもの官服でない主人あるじにたずねる。

さきほどまで、皇帝および複数の高官とともにいた。


着なれぬころもの襟をゆるめ、長椅子カウチに寝そべる。けだるげな壬氏ジンシに、初老の女官、水蓮スイレンは冷えた果実水をさしだす。


下男に湯を用意させる。

しばし時間がかかることだろう。


「やっぱ、避けられぬ問題だろうな」


問いかけているわけではない。自分に言い聞かせているのだろうと、高順は答えない。


弊害、巨大になり過ぎた後宮の。


先代の後宮は女官五千をこえていた。

今はその半分もない。

年々、減らし続けてきたからだ。


それでも、後宮の適正人数は今の半分ほどでよい。皇帝も同じ考えを持っている。


とある娘は、女官狩りにあったというが、それは時機タイミングが悪かった。

ちょうど里樹リーシュ妃の輿入れとともに、女官の入れ替えを行った頃だった。


今が平和な時代でよかった。

ここ数十年、蝗害こうがいや大きな飢饉は起きていない。それらしい内乱もなく、時折、異民族がちょっかいをかけてくるぐらいだ。


女の園にかかる維持費は、時に国庫を空にしかねない。

しかし一方でそれは、雇用対策にもつながっている。

貧しい農民の出稼ぎ先として、花の園が好まれるとは皮肉なことだ。


その雇用という名目で、これ以上縮小すべきでないと唱えるのは宰相だった。

さきの皇太后の覚えめでたき初老の男は、後宮を無駄に巨大にした張本人である。


先帝に子ができぬならば、生める妃を増やせばよいと、年々、女官の人数を増やしていった。

そもそも、子ができぬ原因はまったく別のところにあったわけだが、その理由は口にもだしたくないおぞましいものである。

つまり、先の帝は妙齢の女性にょしょうに興味をもたれない性癖を持っていただけにすぎない。


でなければ、国一番の美姫と言われた娘を惜しげもせず下賜したりするだろうか。

他にも、臣下に妃を惜しげもなく下賜することはまれでなかった。


なので、現帝の弟君が生まれた際、誰もが皇太后の不貞を疑ったほどだ。

皇帝が育ちきった后に食指を動かすはずはないと。


先の時代に甘い汁を吸い、肥え太った宰相は今の時代も自分のものと思っているのだろう。

かなり強引な方法で自分の娘を輿入れさせている。

阿多アードゥオ妃を追い出してまで。


「どうにかせねばなるまいな」


壬氏がつぶやく。高順は黙ったまま控えている。


したくはなくとも、せねばなるまい。それが、壬氏の仕事である。


水蓮が着替えを持ってきたのをみると、壬氏は湯殿へと向かった。


皇帝も無茶をなさる。

数え十九の若者に、無理難題を押し付ける。


そうせねばならないのかと。

壬氏の選んだ道ならば仕方なくついていくしかない。






翡翠宮ひすいきゅうに来てみると、なんだか奇妙な熱気が漂っており、高順はそのもとへと向かう。


今日は壬氏はおらず、言付けを伝えるためにきた。


台所には騒ぎのもとである小柄な女官が、鍋とにらみ合っていた。

花の香しさが周りに立ち込めている。


「なにをしているのですか」

「高順さま」


無表情の猫猫マオマオの額にはうっすら汗が浮かんでいる。


かまどにかけられた鍋のその先に奇妙なくだが伸びており、その先からちろちろと液体が落ちている。

匂いのもとはこれらしい。


「薔薇水を作っています」


なるほど、香しいのはそのせいか。

そういえば、園遊会のあと薔薇そうびの鉢植えを後宮内に移植していた。

その花びらを利用したのだろう。


それにしても、どうにも突飛なことをする娘である。

しかも、それに気づいていないからたちが悪い。


なにか集中すると、周りが見えなくなるものはいるがその典型だろう。

他の事では冷静に立ち回っているというのに。


薔薇水を小瓶に入れ、高順に渡す。

凝縮された香りが鼻腔に広がる。


「野生の薔薇のほうが香りは強いのですが」


どこか不満げな顔をする猫猫。

完璧を求めるところは、どうにも研究者気質である。


もうひとつの竈にも大きな鍋がかけられている。

同じように陶器の管が伸び、透明な液体が滴っている。

薔薇の香りとは違う。頭がくらくらする匂いだ。


「そちらは、酒精をためたものです」


なるほど、嗅ぐだけで酔いそうになるわけだ。

それにしても、やることなすこと薬師の領分をこえている気がしてならない。

言えば、確実に不興を買うだろうが、やはり軍師どのと似ている部分が多い。奇人の血は奇人である。


猫猫は器にたまった液体を回収すると、手際よく片付けていく。

高順も手伝うと、相変わらずまめですね、と言われた。

どうにも、年上の妻を持ったせいか、こういうことには身体が先に動くようになってしまったらしい。


ふと、無粋なことが頭をよぎった。

まあ、口にしてもさして気にしないだろうから、聞いてみることにする。


小猫シャオマオは、嫁ぐことは考えないのですか?」


数え十八、すでに適齢期も後半にさしかかっている。

後宮という特殊な環境だからこそ、忘れてしまいがちになるが、もう親にせっつかれる年齢なのだ。


「出産には興味ありますが、嫁ぐことは頭にないです」


なんとも一足とびな答えである。

だとすれば、子どもは欲しいということか。


「しかし、子どもに興味がわくという確証もないので、ほいほい種をもらうわけにもいかないですし」


出産という行為自体に興味を示しているということか。

なんとも頭が痛くなる。


「実行しないでください」

「責任が持てるまでやりません」


いつかはやるのか。

それまでにうまくねじ込めるかどうか。


竈の火を落としながら、高順はぽりぽりと首の裏をかいた。

まったく面倒なものを気に入られたものである。


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