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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【一発ネタ】どこの世界も、こんなはずじゃないことばかり

作者: もろっち



――姓は朝霧あさぎり、名は希鐘きしょう。それが俺の名前。


何処にでもいるような風貌で、何処にでもいるように浮き沈みの激しい性格。


特に秀でたこともなく、特に不得意な事もなく、それはそれで当たり前な事。だってそれに困ったことなどなかったから。



――変わったのは去年。就職に失敗し、逃げ場の進学すらも失い、どうしようもないまま途方にくれたバカな男。いつしか家に引き篭もり、惰眠をむさぼる毎日だけを送っていた。


父の、母の、妹の目が毎日痛かった。心配げなようで、何処か呆れているようで、それでいて見下しているようで、そんな目が嫌だった。


そうして、いつの間にか本当の引き篭もりに――ただ部屋で一人ゲームをするような人――否、自分ですら嫌悪していたはずの社会の底辺になり下がってしまっていた。


どうしてこうなってしまったのだろう? 大人になりきれない俺は全てを時代の、世間のせいにする。だって、そういう世界だろう? 俺はそう愚痴を吐く。毎日、毎日。



――そんな俺が手に、入れてしまったのが、『dimension』と言う名を冠するVRMMO。最新式のバーチャルリアリティ機能が用いられたそれは発表された瞬間にありとあらゆるプレイヤーの目を集めた。


ゲームの世界で人に触れた感触があり、話しかけることが出来、物語の主人公のように敵と戦う。そんな夢のようなゲームがある。


知って、それを買った。ゲームとそのプレイに必要な機器の値段はそれほど高くはない。オンラインゲームであるがため、そこから元を取るのだろう。俺も難なく手に入れることが出来た。


部屋の中、一人。『dimension』用のヘッドギアを片手に、俺は立ち尽くしていた。もうすぐ始まる。俺の新しい世界が、始まる。思えば、これは逃避なのかもしれない。家族との空間すら断って、食事は最低限しかとらず、そんな俺が――












――――登録プレイヤー名『朝霧希鐘』。


――――機器ID照合――承認。


――――『dimension』きど――きど――き――ど――――


――――ERROR――――ERROR――――再接続――――ERROR――


――――称号『??』装備。解除不可。


――――『d?m#n*i‘n』起動。


――――スタート地点は固定されました。




俺が――――













『dimension』がログアウト不可のデスゲームと判明したのは当日購入のすべてのプレイヤーがオンラインになった直後、運営からの通知。


ゲーム内での死は現実での死と同義であるということ。それを聞いた直後、プレイヤー達の罵詈雑言やら何やらが交じり合ったものが響き渡る。


しかし、それが止まるのもまた運営の言葉。



――このゲームには勇者が存在する。そして、このゲームをクリアすることは勇者にしか出来ない。



オンラインゲームと言うジャンルにおいて、不特定多数の中に存在する勇者。ゲームを始めたばかりの彼らにはそれが誰か分かる訳が無い。


それでも人々は希望に縋った。唯一の勇者を望み、ひたすらに探した。



一月後、勇者は見つかった。固有の称号を持った存在。人々の希望は高まった。『dimension』のほぼ全てのプレイヤーが勇者のために行動した。プレイヤーの心は一つになり、それは団結力を生んだ。


このゲームはこのために存在したのではないかと思うほど、人々の結束は固まったのだ。












――ラストダンジョン『魔王の砦』


様々なダンジョンを乗り越え、勇者はそこへ辿り着いた。その傍には勇敢なる冒険者の護衛達。目前に群がる怪物たちを魔道士の炎が焼き尽くす。


幾重もの階段を上り――


近付いてくる。


リザードマンの首を落とし――


殺すために。


そして、その扉を開く――


全てのプレイヤーを救うために。








「――兄、さん?」

「…………」





この魔王おれを、朝霧 希鐘を殺しに、


勇者、朝霧 鈴音すずねが、俺の妹が。



――ああ、本当に、世界はこんなはずじゃないことばかり。こんな仮想の世界でさえも。



「――脆弱なる人間どもよ。我が命を奪いに来たか」

「ちょっと兄さん。何をふざけて――」

「しかし、我は魔王。たかが人間どもに殺されることなど無い」



広い王の間、その王座から決められた言葉を口にする。何度も何度も練習したその言葉を。


妹の顔は驚愕に彩られ、その周りの護衛の目もまた信じられないようにこちらを見ていた。


結局はそういう仕組み。クリアするにはラスボス、魔王を倒すしかなくて、魔王は俺で、




俺には全プレイヤーを殺して生きるか、殺されてプレイヤーを助ける選択肢しか残されていなくて――




傍らに在った杖を取る。先端には髑髏を模した水晶の、俺の趣味とは正反対の装飾がついている。それを手に取った瞬間、体に力が漲るのを感じた。それがあれば負ける気がしないと思ってしまうほどの。


それを力のまま振り下ろす。王の間にいくつもの落雷が落ちた。悲鳴を上げたのは、先頭に立っていた妹。その手に握られている血まみれの聖剣は小刻みに震えている。



「こ、こんなのおかしいじゃない! どうして、どうして兄さんが魔王なのよっ!!」

「……さぁ、勇者よ。その仲間達よ。来るがよい。この魔王の力。存分に見せてやる」

「もうやめてよっ! どうしてこんな……ッ!!」

「消えよ塵芥!!」



再び振り下ろされた杖からは衝撃波が飛び、妹の小さな体と周りの者達の体を吹き飛ばした。そのまま壁に背中を打ちつけ、呻きをあげる。


小さく、ほんの小さく、眉を潜めた。



どうしてこうなってしまったのだろう?


俺は何処で間違えて、こうなってしまったのだろう?


間違えたのは――間違えたのは、いつだって俺だった。それを認めたくなくて、逃げた。逃げた先が優しい世界だと思い込んだ。でも実際そんなことはなかった。


多分、ただそれだけのこと。



「――――ッ!!」



追憶に浸した記憶を急速に呼び戻したのは目前に迫る炎弾。咄嗟にマントを翻し、顔を覆う。腕が燃える。痛みに悲鳴をあげそうになる。ゲームに存在するはずの痛覚制御はログアウトの不可と共に変更不可になっている。


だからそれは、実際に燃えているのと同じ痛みなんだろう。腕を一振りしてそれを消す。火を放ったのlは妹の傍らの魔道士。杖をこちらへと向け、睨んでいる。


俺は、ただ笑う。笑う以外出来なかった。恐怖に慄くことも、涙を流し嘆くことも。



腕の傷が急速で修復する。魔王の力。勇者以外の攻撃で完全に再生する力。だから魔王おれを殺せるのは勇者いもうとだけ。



それでもこの体を傷つけることは出来る。傷は癒えても悲鳴を上げたくなるような痛みは何度でもある。


痛いのは怖い。死ぬのは怖い。人に嫌われることすら怖い。だったらどうすればいい? 全てのプレイヤーを殺して生きるなんてできる訳無い。俺はそこまで割り切ることが出来ない。妹を殺して生きるなんて論外だ。


じゃあ、死ぬ? 死ぬ? 死ぬと? 嫌だ。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖いッ!!


どうしようもない、思考の繰り返し。結局答えは出なかった。



だから――抗うしかないのだ。














所詮一人。元人間の魔王が一人。どれだけ傷が治ろうと、数の暴力の前には勝てない。それでも、俺は膝をつかずに立っていた。執念か、それとも別の何かか。冒険者達は肩で呼吸をし、勇者の復活を待ち望んでいた。その為の時間を稼いでいた。


そして、その時は、きた。



「――兄さん」

「っ……」



傷一つなく、凛と立つその様は勇者か。その背は重そうに見えた。冒険者達の間で声が上がる。


しかし、その目は、揺れていた。



「なんで……なんでよぉっ! なんで兄さんが魔王なの!?」

「…………」

「だって、やっとっ。このゲームでやっと会えたのに、ねぇ、どうして!?」

「……俺がいると知って、ずっと、探していたのか?」



鼻を啜り、しかしこくんと頷いた。体から一気に力が抜けて、膝をついた。


――妹もまたこのゲームをプレイしていることを知ったのはすぐのこと。魔王に許された、魔物の目と繋がる方法を用いることで妹の姿を垣間見ることが出来た。


物語のように戦い、仲間達と協力し合い成長していく妹を見て、やるせなくなる自分に気付く。妹は、いや、家族は僕のことを嫌いになってるとばかり思っていた。


でも違った。普段ゲームなんかやらない妹が。こうして自分と同じゲームをするというその意味を、俺は今までずっと勘違いしていた。



――ずっと勘違いしたままだった。



俺の体の傷は治りつつある。護衛の冒険者が妹に何かしらを促した。それは恐らく、言うまでも無いことなのだろう。それを手で制止、一歩前に出た。



「ねぇ、お願いだから言って。一言だけでいいの。一言’死にたくない’って言って。そうしたらきっと、兄さんを斬らないで済むから」



冒険者達に激震が走った。見るからに同様が表れ、勇者に詰め寄る。しかしその視線は真っ直ぐと、俺の目を見ていた。


それを見つめ返しながら、俺は思考を他所にやった。



……’死にたくない’。


死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。





…………うん。俺はやっぱり死にたくない。






「――笑わせるな人間が」

「――――え?」





言いたい言葉とは全く異なる言葉が口から出る。


本音は心の中であんなに言った。だから実際に口にするのは嘘の言葉。


思えば俺はこの短い人生でどれだけの人を幸せに出来ただろう?

いや、そんなおこがましい事じゃない。どれだけの人を笑顔に出来ただろう?


浮かぶのは、家族の冷たい顔。友人だった者の嘲笑と慰めの顔。俺は一体何のために生きていたのだろう?


平凡な毎日を生きる中、自分なら出来ると錯覚した。結局それはただの勘違い。極小な自分はただ誰かを困らせる事しかできず。


それでも――それでも尚――



「我は魔王。貴様ら人間ごときに負ける訳が無いだろう。命乞いなど無意味」



嘘をつく。笑顔で嘘をつく。俺は、俺は――



「分からず屋ッ!!」



ああ、俺は――生きたかった。















――その日、とある病院。皮肉にも同時刻、同じ家で同じ症状が発見された兄妹が同じ病室に搬送され、


片方が目覚めた直後、片方の心臓は静かに停止した。



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― 新着の感想 ―
[一言] お兄ちゃん死亡だよね? 妹が精神的にやばくなりそうな予感……
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