6 教授
次の日、夜遅くまで降った雨も今は止んでおり、昇りはじめた太陽の光が濡れた地面で反射している。
ダイキは、朝早く起きて昨日できなかったトレーニングメニューを消化していた。
と言っても、成長途上の段階で筋肉をつけすぎると成長に影響(主に身長)が出る可能性があるため程々のメニューにしてある。
今日は、朝食の準備のために早起きしていたエリーとシャロンが練習を見学している。
二人とも、技の確認の為に行っていた武術(我流)の形の動きに目を奪われていた。
「そのうごきはなにをしているんですか?」
ちょうど、打撃の形の練習をやっていると、ずっと見ていたシャロンが意味を尋ねてきた。
「これは『形』って呼ばれる練習方法で、基本的な動きを覚えたり、実践ですぐにできるように身体に覚えさせることができるようになるんだよ。
この練習を繰り返すことで、1つ1つの動作の無駄をなくしていくことで相手に悟られないうちに攻撃することができるようになるよ。
俺の世界では、奥義に分類されていて『無拍子』と呼ばれてる」
「ベル君はそのムビョウシっていうのできる?」
エリーが期待に目を輝かせながら聞いてきた。
「出来ているかは実際に見たことないからわからないけど、そう簡単にできたら奥義とは呼ばれないよ。
俺のはただ早いだけだと思います」
「そうなんだ… ベル君でもできないことはあるんだね……」
「当り前だって。
俺は神様でもなければ達人でもない。
エリー達と同じただの人だから」
「ただの人は、そんなちいさいときにそんなうごきはできないし、あんなまほうもつかえませんわ!」
シャロンは、ただの人と言う答えに納得がいかないようだ。
「ねえ、わたしにもそのたたかいかたをおしえてくれません?」
「それはいいけど、確かシャロンは魔法使いを目指すんじゃなかったっけ?
それに母さんに剣術も教わってたでしょ?」
「たしかにけんじゅつはおそわっていますが、いつもてもとにけんがあるとはかぎりません。
そのときのためにおぼえておきたいのです」
「わたしもおしえてほしいな…」
エリーもちょこんと手を挙げながら参加したいと言ってきた。
「教えるのはいいけど、剣術の練習中にはそんなに教えられないよ?
しっかり覚えたいなら早朝や昼の空いている時間に教るよ。
それでもいい?」
「けんじゅつのれんしゅうをおろそかにするつもりはありませんし、わたしはもんだいないですわ」
「わたしもだいじょうぶだよ。
あさおきるのはとくいだから」
そう言って二人とも頷いた。
「わかりました。それなら俺の国に女性でも簡単に相手を無力化できるものがあるから、それを教えるよ。
名前は『合気道』っていうものだよ。
俺のは身体能力が大きく影響しちゃうし、女の子だとでは厳しいと思うから今回はやめておこうね」
「わかりましたわ。
でも、そんなたたかいかたがあるなんて、ベルのせかいはあらそいごとがなかったはずじゃないんですの?」
「俺が生きていたときになかっただけで昔は大きな戦いがたくさんあったんだよ。
この世界の事は分からないけど、俺の国は昔、たくさんの国に分かれて戦っていて歴史も結構古いんだよ。
歴史が長ければそれだけいろいろな知識や戦術も出てくるものだろ?」
「そんなものかしら?」
「そんなものです。
そろそろ朝食を作り始めないとみんなが起きてきちゃうね。
今日は午後に剣術練習をやるって母さんが言ってたしそのときに続きを話すよ」
「そうですわね、じゃあまたのちほどおねがいするわ」
「わたし、さきにちょうりばにいってるね」
エリーが一足先に調理場に行こうとする。
「わらしもやさいをもったらすぐにいきますわ」
「俺も手伝うよ」
シャロンは菜園のほうに歩いていき、ダイキもその後を追った。
♦♦♦
朝の献立は、リバフロの肉団子と菜園サラダだ。食卓に料理を並べだすと匂いにつられて続々とみんなが起きて来る。
全員が席に座り終わる頃には、食事の準備も完了していた。
「それじゃあ、みんな目をつぶって自然の恵みに感謝しながら、お祈りすること!」
マリアが目をつぶると、みんなも一斉に目をつぶって自然に祈りをささげる。
孤児院の食事前と後に必ず行うしきたりのようなものだ。3秒ほどすると各自目をあけて食事に入る。
それが終われば、騒がしい食卓になる。
「こらトビアス! サラダもちゃんと食べなさい! ライオのお皿に移しちゃだめでしょ!」
ライオットに自分のサラダをあげようとしたトビアスを叱る。
「今日の肉団子おいしいねー」
「今日のはエリーが味付けしたのですから当たり前です」
「そんなことないよぅ… 今日はベルとシャロン姉さんが味見してくれたからだよ」
その横では肉団子を何個も頬張るアリスと行儀よくサラダを口に運ぶシャロンが、顔を赤く染めたエリーを褒めている。
シュレーダーとライオットは一心不乱に食べ物を食べている。
ダイキは肉団子を食べながらそんな風景を見て和んでいた。
前の世界ではダイキは一人っ子だった上に、父親もレスキューチームにいて一緒に食卓を囲むことが少なかったので、こういった騒がしい食卓には密かにあこがれていた。
(ワンピースの食事時とか楽しそうで一度でいいから体験してみたかったんだよな。
彩花の家との食事会も父さんたちが酒を飲んだおかげで騒がしかったけどなんか違ったんだけど、異世界で夢が1つ叶っちゃったな)
そんなことを思いながらダイキは目の前にある肉団子に向かって木製のフォークを伸ばす。
(そうそう、今日の肉団子はほとんど俺が味付けをしたんだ。
かくれんぼの時にスパイスあるのを知って使ってみたら胡椒みたいなやつがあったんだよな。
でも、そうなると炭水化物取りたいな……
こっちの世界に来てから、お米食べたい症候群が発症しそうになるくらいご飯を食べていない気がする。
今度魔法で作ってみよう!)
口に含んだ肉団子を味わいながら考え事をするダイキだった。
♦♦♦
食事を片付けた後は、自由時間だったのでシャロンとエリーを呼んで合気道を教えようと考えていたが、なぜかマリアとアリスとケインが様子を見に来た。
シュレーダー達は孤児院の中で遊んでいるようだ。
「ええっと、母さんたちはどうしたんですか?」
「私はベルが今度は何するのか興味があっただけよ」
「わたしはシャロンたちがたのしそうにしてたからなかまはずれはやだなーっておもっただけだよ!」
「ぼくは……かあさんとおなじかな~」
3人が、期待してるぞって顔をしながら答えてくる。
(はあ、そうやってハードル上げるのはやめてほしいよ……)
ダイキはマリアたちの言葉に内心緊張しながら説明を始める。
「まあいいんだけどさ。
それでは合気道について教えていきます。
合気道は、僕の世界では約60年前に生まれました。生まれたといっても、元の武術から分かれただけで本当は約300年位前からある伝統的な武道です。
合気道の特徴は、「小よく大を制する」で、自分の体を合理的に使うことで体格体力に関係なく相手を投げ技や固め技で傷つけずに無力化することができます。
ここまでで何か質問はありますか?」
「はい!」
「はい、シャロンねぇ」
元気良く手を挙げたシャロンをあてる。
「なげわざやかためわざとはなんですの?」
「そうですね…、母さんは分かりますか?」
「いいえ、よくわからないわ」
「そこからですか…
投げ技というのは効率よく相手を地面に倒すが出来る技、固め技は、効率よく相手の動きを封じる事が出来る技をさします」
「「「「「?」」」」」
みんな首を傾げてハテナマークを出している。
(見せた方が早いかな?)
「実際にやったほうがわかりやすいと思います。アリスねぇ、僕に殴りかかって来てください」
「えっ?
ほんとうにいいの?」
「はい。とりあえず、蹴りはやめて本気で僕の顔を殴って来て下さい」
「わかった。じゃあ行くよっ!」
アリスはダイキに言われた通りに顔面めがけて右ストレートを放ってきた。
本気でと言っただけあってスピードは結構早い。
ダイキはその攻撃を素早く避け、目標を失って身体が前方に流れているアリスの右手上腕部をつかむと同時に懐に入る。
重心が崩れた足元を右足で蹴りあげ、腰を支点にしてアリスの身体は宙を舞った。殴りかかったはずのアリスは一瞬で地面に寝転がってしまっている。
アリスの反応をみると自分が何をされたのか分かっていないみたいだ。
「大丈夫?」
「えっ?」
一応アリスは受け身を覚えていないと思い、衝撃が来ないように優しく投げたつもりなのだが、ピクリとも動かないとどこか怪我をさせたのではないかと不安になってしまう。
「あっ、うん大丈夫だよ…」
とりあえず立ち上がって返事をしてきたがまだ放心状態だ。まあ、大丈夫みたいだし先に進めるか。
「今のが投げ技のひとつで『一本背負い』と呼ばれるものです。合気道の技ではありませんがこれも投げ技のひとつです。
大体の感じは掴めましたか?」
ダイキはみんなに確認するが、みんなも今の動きに呆気にとられているようだ。
一番最初に我に返ったケインが頷いてくれる。
「今のは、怪我をしないように動きを押えましたが、本来なら地面に投げられた瞬間に大きな衝撃が身体を襲い動けなくなります。
投げられても、地面に当たる直前に『受け身』と呼ばれる技法を使えば衝撃を和らげることができますし、投げられている間にも相手の投げを崩すことでいくらかダメージは抑えられます。
ですが、地面に投げられた瞬間に不利な状況になったと考えていいです。
投げた方は、相手が寝ている間主導権を握ることができるので、逃げるもよし、捕縛するもよし、首を踏んで殺すもよしと、いろいろなことができるからです。
固め技は、捕縛中心の技法だと考えてもらえれば結構です。
分かってもらえましたか?」
「とりあえず……、少なくとも私たちが見たことがない技術だって言うのは分かったわ。
それにしても、人ってあんなに早く動けるのね…」
「実際には、早く動いているように見えているだけです。
これは、剣術にも通じる事だと思いますが、生き物は動くときに必ず予備動作をとります。
人なら、殴る時に一度手をひいたり、歩くときに手を振ろうとしたりと様々です。
それを、なくしていくことで相手に行動の起こりを悟られにくくなり、気づかれないうちに相手に行動を起こしたり攻撃できたりします。
これは朝にシャロンねぇとエリーねぇには話しましたが、これを突き詰めていくと『無拍子』という奥義に達します」
今の話を聞いてエリー以外の4人がゴクっと唾をのんだ。
「それじゃあ、ベル君の今のもムビョウシじゃないの?」
それに1人気が付いてないエリーがダイキに聞いてくる。
「いえ、先ほどの動きでもまだ至っていないと思います。
これから、剣を振ったりするときも予備動作について考えながら練習してみるといいかもしれませんね。
日々精進ですよ」
「そうね…… ベルの動きを見ていると自分のレベルがどれだけ低いのかよくわかったわ」
マリアが、ダイキと自分を比べたのか自嘲気味につぶやく。
「そんなに卑下に考えないでよ。
剣術の技術や戦いの経験は母さんのほうが全然上だって。
俺には前の世界の知識もあるし、少し反則をしてるだけだから」
「そう言ってくれると少し楽になるわ。
ありがとう」
マリアが表情を暗くしながらダイキにお礼を言う。
(ヤバい…
場の空気が沈んでしまった
確かに俺が逆の立場で自分より年下が圧倒的に上の実力を持って慰められたらショック受けるな…
でも、俺の言ったことも本当のことで真剣勝負ならマリアさんの方が何枚も上手なんだけどな)
今は何を言っても信じてもらえないと考えたダイキはうちで弁護しつつ話を戻す。
「それじゃあ本題に戻りますが、細かいことは置いておいてとりあえず稽古を始めましょう。
シャロンとエリーに説明しながら技をかけるので感じを身体で覚えてください」
そう言って近づくと、シャロンとエリーは身体をビクっと震わせた。
(自分がさっきのアリスみたいな事になるのが怖いのかな?)
「……今日はやめておく?
ちなみに、技をかけるといっても俺がするのは二人に感覚を知ってもらうことだから、さっきみたいに早い技はかけないよ?」
無理するといけないと思い声をかけたがそれは杞憂だったようだ。
「わたしはやりますわ!」
「わたしもやるっ!
じぶんでやりたくていいだしたことだし、ベル君をしんじてるからだいじょうぶ!」
怯えもすぐに収まったようで、二人とも顔にやる気が満ち溢れていた。
空元気ではないようなので本当に良かった。
すると、アリスとケインが近づいてきて俺に頭を下げてきた。
「ベルっ!
私にも教えてちょうだい!
早くお母さんを助けられるように強くなりたいのっ!!」
「ぼくにもおしえてほしい!
ぼくもはやくつよくなってたいせつなひとをまもれるようになりたいんだっ!!」
あまりに真剣な態度で頼まれたのでダイキはうろたえてしまう。
「そっ、そんなに畏まらないでよ。
教えるに決まってるじゃないか。
頭を上げてくれ!」
すると、マリアまで頭を下げてきてしまった。
「ベル、もし良かったら私にも教えて欲しいわ!」
「母さんまで!? とりあえず頭を下げるのをやめて!」
(なんでこんな状況になったんだよ… 誰か助けてくれっ)
すると、ちょうど外に出てきたシュレーダー達と目があった。
そして、こっちに走ってきた。
(助かった……
これできっと流れが変わる)
と、気を抜いたのがいけなかった。
シュレーダーは、その勢いを緩める事なくこちらに突撃してきた。
「みんなにいったいなにしたんだ!?」
(ああ、完全に勘違いして居やがる… 俺がみんなを虐めているようにでも見えたのかな?)
「とりあえず落ち着いてっ!
シュレにぃが考えているようなことはしてないから!」
「シュレーダー落ち着いて。
ベルは何も悪いことはしていないわ」
マリアもシュレーダーのほうを向いて宥めてくれる。
{かあさんはだまってて!
なにをしたかはかんけいない!
ベルっ!!
おれとしょうぶしろ!!」
「そうだ、しょうぶしろ!!」
「しょうぶしょうぶ!」
頭に血が上ったシュレーダーはマリアの声が聞こえておらず、一緒にいるトビアスは煽り、ライオットも意味を分かって言っているのかシュレーダーに続いている。
(うーん、このまま話術で丸めこむこともできるけどシュレーダーはきっと納得しないだろうし今まで正面からぶつかったことなかったし、なんの勝負をするかは分からないけどとりあえず受けるか)
「分かった!
その勝負受けよう!」
こうして、合気道を教えていただけだったのに、いつのまにかシュレーダーと勝負することになってしまった。