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3 渦潮

「よし! これで終わりだな!」


 大貴は、寝そべっている彩花に万感の思いを込めて話しかける。


「うん。ダイ君ありがとう!」


 彩花の返事でようやく大貴にとっての苦痛?な時間が終わりをつげた。

 正直これ以上続けていたら気持ちのままに彩花を襲ってしまっていたかもしれないところまで追いつめられていた大貴は心の底から安堵する。

 確かに、大貴もいっぱしの男性でありそう言ったことに興味もあれば知識もある。

 何度も経験もした。

 しかし、今の彩花はただオイルを塗ってほしかっただけだと思った大貴はそういった行為をしてはいけないとなんとかその気持ちを抑えていたのだ。


 大貴は、そんなことを思いながら持っているオイル瓶を荷物入れにしまいだす。


 その一方、水着を直している彩花は少し無暮れた顔をしていた。 


(周りに人のいるような気配がないし別に襲われても良かったのに……)


 大貴がサンオイルを片付けている間に水着を着直した彩花は密かに思う。

 今日は、今までの感謝もこめて色々サービスしてあげようと考えていた彩花は、オイル塗りの最中に大貴に求められることもやぶさかではなかったものの上手くいかなかったからだ。


(まぁ、こんな感じになるんじゃないかなって思ってたけど……)


 彩花は、そんなことを思いながらこれからのアプローチについて考えだすのだった。




「これから何する?」


彩花がこれからの作戦を練っていると片付けが終えた大貴が話し掛けてきた。


「えっ?! ナニするの?!」


そっち方面の事を考えていた彩花が変な解釈をしながら反応する。


「ん? 何言ってんだよ…… これからどうするかって事だよ」


「ああ~、そっちの事ね」


「そっちって…… 他に何があるんだよ……」


「まあまあ~ 今って何時か分かる?」


彩花が尋ねると、大貴はシートに置いてある携帯電話に手を伸ばす。


「え~っと、今は10時ちょっと過ぎだな」


「じゃあ、先にお弁当食べようよ。まだ朝ご飯食べてなかったしお腹ペコペコだよ」


「そうだな。そういえば、俺も朝はウィダーゼリーを数本しか腹にいれてなかったわ」


「じゃあケッテイだね! 食べよう食べよう!」


そう言って彩花は、持ってきた手提げ袋から花柄の布に包まれた弁当箱を二つ取り出した。


大貴と彩花は、少し遅い朝食を食べながら他愛もない話をした。

そして、朝食が食べ終わり弁当箱をしまうとこれから何をするかという話題になった。


「さて、これからどうする?」


「うーん、どうしよっか。完全に見切り発車だったから何も持ってきてないしね~」


大貴の問いかけに彩花はムーっと顎に手を当てながら考える。


「あっ! そうだ! ねえダイ君、これから食後の運動もかねて勝負しない?」


「別にこのまま話しててもいいだろ?」


「体動かしたくなっちゃったの。どうせやるなら勝負事のほうがいいんじゃない?」


「まあそれはそうだが……せっかく塗ったオイルが落ちちゃうんじゃないのか?」


「それぐらい大丈夫よ。勝負したくないの?」


 大貴はこのまま話してて良かったんだけどな、と思いつつ彩花の意見にうなずく。


「で、なにするんだ?砂浜ダッシュか?それとも、泳ぎで競争か?」


「うーん、ダッシュだと分が悪すぎるし泳ぎにしよっか。ちょうどあそこに小島があるし」


 そう言って彩花は約50メートルほど離れた小島を指さす。


「わかった。小島までの往復勝負でいいか?ハンデはどうする?」


「往復は望むところだけどハンデは無し!昔はどっちが泳ぐの速かったと思ってる?」


「いつも俺が負けてたよ…じゃあハンデは無しだな」


「当り前よ!!それじゃあ勝負はじめるよ」


 そういうと、彩花は泳いでる最中につらないように準備運動を始めた。

 大貴も彩花にならって身体をを伸ばし始める。


 小島までは片道約50メートル、往復100メートル程。長すぎるとどうしても地力で勝っている大貴が勝ってしまう為、このルールはフェアな勝負になるだろう。

 ここ数年は泳ぎの真剣勝負はしていなかったが、高校までの水泳の勝負は大貴が負け越している。


 身体をほぐし終えた大貴は、バックから自分と彩花の分、2つのゴーグルと黒いスマートフォンを取り出す。


「今から携帯のカウントダウン機能使うから音が鳴ったらスタートね。ゴールはシートの荷物に先にタッチすること。負けたら勝ったほうの言うことをひとつ聞くこと。これでいいよな?」


 彩花にゴーグルを渡しながら尋ねる。


「いいよ。じゃあスタートの合図よろしく!」


 ゴーグルを装着した大貴がバックの上に携帯を置くとカウントダウンの音が始まった。


 ピッ 5秒前 彩花がゴーグルをつけてスタートの構えを作る。

 ピッ 4秒前 大貴も彩花に習い地面に手を置き腰を上げる

 ピッ 3秒前 彩花の方をチラッと見ると集中した顔になっていた。どうやら本当に真剣勝負のようだ。

 ピッ 2秒前 大貴の頭が真っ白になっていく。久々に彩花との勝負が出来るし悔いを残したくない。

 ピッ 1秒前 筋肉繊維の1本1本が盛り上がっていく。後はスタートのタイミングだけだ。

 ピーー 音と同時に2人同時にスタートを切る。向こうもいいスタートが出来たようだ。


 走り出した大貴達はすぐに海に入る。彩花の身体に比べて大貴の方が身体が大きい分どうしても水の抵抗を受けてしまい進みが遅い。

そのため、腰まで海に浸かると一度潜りドルフィンキックで再度加速する。彩花は太もも付近まで浸かった所で泳ぎ出していたためすでに先行されている。


 大貴は加速が十分になってから海上に上がり古式泳法通称「伸泳」と呼ばれる泳ぎ方で追撃する。

 伸泳とはクロールに似た泳ぎだ。クロールに比べて無駄な息継ぎや身体の動きが少ない。身体がデカい大貴には最適な泳ぎ方であった為良く練習していたのである。


 彩花は、現在バタフライで泳いでおり大貴の約3メートル前を泳いでいる。


 バタフライは、人の泳ぎ方の中で一番速い泳ぎ方だと言われている。

一般の人は体力が続かずすぐにスピードが落ちてしまうが、彩花は全国区のテニスプレイヤーだったのだ。今はテニスはしていないがダイエットだと言って、大貴と一緒にトレーニングは続けているため体力は落ちるどころか昔よりも上がっているように見える。


 そんな彩花だがバタフライからクロールにシフトチェンジしたようだ。

しかしこれはバテて変えたのではなく体力を調整しているのだ。

今泳いでいるのはプールではなく海である。プールと違い波は不規則な上にプールよりも冷たい。

しかも戻りの時は波に逆らって泳ぐのだ。

ここで体力を温存しないと途中で失速してしまうかもしれないのだ。

そういう戦略性はさすが彩花だと思う。


 ちょうど小島にさしかかった時、彩花との差は1メートル程になっていた。

小島にタッチした彩花はそのまま前転し小島を蹴る。

そこから身体をひねり折り返した。見事なクイックターンだ。

大貴も、同じくクイックターンで折り返し、彩花に追いつこうとする。

さすがにこの波に逆らって泳ぐのはキツいだろう。


残り25メートルという所でようやく、彩花に追いついた。

 泳いでいる彩花は息が荒く明らかに体力が減っている。

 こちらは伸し泳法のおかげでまだ体力が残っている。

 地力のさで大貴が勝つだろうと思っていた。だがそれは甘かった。


 彩花は大貴が追いついたのを確認するとニヤリと笑い海に潜った。

ここからバタフライでスパートをかけるのかと思ったが全く浮いて来ない。

どうしたのかと思い少し潜ってみると隣にいたはずの彩花が前を泳いでいる。

潜水で泳いでいるのだ。

すでに15メートルをきっておりこちらも伸泳からバタフライに変えてスパートをかける。


 しかし、もう少しで近づくという所で異変が起きた。

 いきなり前に進まなくなってしまったのだ。

後ろを見ると20メートル程小島から離れた場所に渦潮が出来ていて、それに引き寄せられている。


(ヤバい! 早く陸に逃げないと!!)


 その状態に身の危険を感じた大貴は、出来るだけ渦潮から離れようとクロールや潜水を駆使するがどうしても逃げられずどんどん渦潮に引き寄せられる。

 その間に彩花はすでに足の届く場所まで進んでおり後は走ってゴールするだけというところだった。

 しかし、後ろから大貴が来ない事に気付きこっちに振り返った。

 視線の先には、さっきまで無かった場所にある不自然な渦潮と渦潮から遠ざかろうとするものの徐々に引き寄せられている大貴が映った。


「ダイ君ッ!? ダメ! 逃げて!! 私も今助けに行くから諦めないで!!!」


 すぐに状況を把握した彩花は叫ぶと同時に大貴を助けに向かう。


「来るなっ! ガボッ、彩花まで巻き、ゲホッ…… 巻き込まれる!!」


 大貴は、口に海水が入りながら向かってくる彩花を止めようとするが、すでに大貴を助けることしか考えられない彩花はどんどんこっちに向かってくる。

その間にも大貴は徐々に渦の中心に引き寄せられ、すでにデッドラインを越えてしまっていた。


「もういい! 無理だ! 戻れ!! 戻ってくれ………」


 自分の状況を理解した大貴は、二次災害を起こさないために未だに近づいてきている彩花に大声で叫ぶ。


「いや、イヤ、嫌! ダイ君が死ねなんて絶対に嫌ッ!! 私が勝ったんだからちゃんと言う事聞かないと怒るよ!?」


 ゴーグルに守られているため良く見えないが、彩花は海水と涙で顔をクシャクシャにしながらなおも大貴を助けようとしている。


(本当に彩花はムチャばかり言うよな~)


 自分の死が近づいてきている状況なのになぜか大貴は笑っていた。

もう動く体力がほとんど残っていないので笑うしかないと言った方が正しいのかもしれない。


(もう渦潮の流れに巻き込まれてるからどんなことがあっても助からないのに……)


 大貴は体力が完全に切れ、渦潮の流れに身を任せて回りながら中心に向かうだけなっている。

もう渦の中心部も目の前だ。


「彩花っ!!! ………幸せにな」


 大貴は、最後に伝えたかった一言を彩花に向けて言い放つ。

 伝わったかどうかは分からないがその一言を言えただけで大貴は満足だった。


「いやあああァァァ!!!」


 海中に引き込まれたショックで気を失う直前、彩花が渦潮を横切りながら泳いでくるのが見えた気がした。




 渦に飲み込まれた大貴と彩花はそのまま海の中に消えた……

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