20 模擬戦 (2)
孤児院の周りを10キルメル以上囲んで存在するラージの森。
人の手がついていないこの森には様々な種類の動物や魔物が存在していると言われている。
ラージの森の一角、孤児院から約200メル離れた森には半径1キルメルの半円形の結界が出来上がっている。この結界は、異世界「地球」から来た俺と別の世界から俺に巻き込まれてしまった不死鳥で現在その影響で俺と同化してしまった相棒フェイがマリアと共に考えて発動させたものだ。
この結界は、模擬戦を行う為に作られた物で結界内ではいくつかの決まりが作られている。まずは、全員に分かりやすく勝敗を決めるために全体と各部位(頭、心臓の急所に加えて各四肢)にHPを設けた。勝敗は、2箇所の急所のうちのどちらかのHPが0になった時点で負け、各四肢のHPが0になった場合はその部位が黒くなり、結界内では動かせなくなる。もちろん治癒魔法は使用可能なので模擬戦の合間に回復することも可能だ。但し出来ればではあるが。
また、子供達と平等な勝負にする為にもベルとフェイ、マリアには能力に制限を掛けるようになっている。具体的には子供達が使えない魔法は使用不可、身体強化の魔法「フォース」も魔力制限を作る事で子供達との差を小さくすることにした。要するに技術と経験で戦うと言う事だ。流石にこれ以上制限を掛けると子供達の為にならないので以上の事が結界内の決まりになっている。
結界内の状況は、孤児院の前の待機場所に用意したディスプレイ型の魔具に映し出すようにして、見ている人にも分かるようにした。
場所が変わって現在の結界内には、水色の少し伸びた髪で背中に弓と鏃を潰した矢が入った矢筒を背負った少年ケインと、紅い髪をして素手での格闘を戦い方にしている子供モードのフェイが相手の居場所を掴もうと移動している。
フェイは落ち着いているようで、周りの警戒はしているものの不自然な物音にも最低限の反応しか示さない。逆にケイは凄く気負っているようで必要以上に周りの物音に敏感になっているみたいだ。あれではフェイに接触する前に集中力が切れてしまうし体力の消費も激しいだろう。簡単に言うと肩の力を抜けってことだな。
2人の距離はまだ700メル以上離れており木の葉や草花が生い茂っているため相対するにはまだ時間がかかるだろう。
俺は、魔具の前に子供たちを集めて二人の状況を観戦している。子どもたちは、マリアさんに教わったことを守り今のフェイやケイの状況を自分のことに置き換えて考えながら観戦しているようで時には隣にいる人と話したりしている。こういう言われたことを自分で考えて理解しようとするところが子供たちのいいところだな。この世界の他の子供のことは分からないがやっぱりこの子たちも特殊なんじゃないかなと思うけど、そんなこと言うと俺が一番特殊だって言われるのかな?
「クゥーン」
そうやって画面の前に胡座≪あぐら≫をかいて物思いに耽って≪ふけって≫いるとボルが俺の前にきて顔を舐めまわす。その後ろにはゴンもいて無機質な目でこちらを見つめている。どうやら俺が黙ったままで考え事をしているのを心配してくれたらしい。別に何でもないよという意思表示としてゴンに笑いかけながらボルの喉を搔いてやるとゴンはそのまま俺の横に座り、ボルは目を細めて気持ちよさそうにすり寄ってくる。うん、癒される。
それから、戦況が動くまではゴルやボルの相手をしながら色々話していた子供たちが俺に分からないところを聞いてきたり、今まで教えたことの復習をしたり、雑談したりしてたが二人の距離が400メルをきった辺りから戦況に動きが出始めた。
―――ケインside―――
(もぎせんがはじまってどれくらいたったんだろ?)
模擬戦が始まって約10ミニが過ぎた頃、もしかしたらすでにフェイが近くにいるかもしれない、罠がすでに仕掛けてあるかもしれないと、普通なら有り得ない事にも緊張いるため小さな物音にまで反応してしまうケインはすでに疲労が溜まっていた。
現在は誕生日にベルの世界では贈り物を渡すからって理由で貰った眼鏡って言う魔具に装備されている自動探知を使ってフェイの居場所を掴もうとしているが余りにも反応がないので徐々に焦り始めている。
(フェイの『アンモク』はぼくたちとおなじくらいになってるはずだからみつかるはずなのになんでみつからないんだろ?)
周りを見渡しても木や葉っぱが視界に入るだけだし眼鏡にも反応がない。
(どうしよう…… きまりで『ドウカ』もつかっちゃいけないことになってるし、まだぜんぜんちかづいてないのかな?)
とりあえず先に進もうと草を身長に踏み分けて罠がないことを確認しながら移動をするケイン。
すると、数十歩進むとついに眼鏡の端に光が点滅するようになった。
距離は約400メル。
自分に身体強化魔法である『フォース』をかけ身近にある木に登りそこからは枝伝いに近づいて行く。
幸いフェイはこちらに気がついていないようでこっちとは見当違いな方向に進んでいる。
ケインは残り200メルに近づいた所で丁度フェイの姿が見える位置を見つけ、そこから狙撃することを決めた。
(う~ん、たぶんこれくらいじゃないとフェイにきづかれちゃうししょうがないか……)
一応、ベルとフェイが発案した『遠距離攻撃トレーニングその1、遠い距離での射撃と、その3針の穴を通す性格性』を真面目にやってきたケインにとってこの状況ははそれ程苦ではない。
しかし、今までは「物」や野生動物相手に弓を引いてきたが自分より格上、矢を放っても事前に察知される相手に引くのは初めてなのだ。
そう、ケインは自分の射撃が回避された時の対処方法を真剣に考えた事がないのだ。
実際には、ベルやフェイに「自分なりに考えておくように。考えてそれでも解らなかったら聞きにこい」とは言われていたがただ必ず命中させることだけ考えてきたため、ここに来てツケが回ってきた。
(わかんないことかんがえてもしょうがないし、あてることだけにしゅうちゅうしよう!)
ケインは肩にかけていた弓を持ち矢筒から矢を取り出す。一度深呼吸をしてから矢を弓につがえて矢に水属性初級変化『氷結』を付加をし着弾と同時に発動するようにする。
当たった後すぐに次の矢を打つためにも追加で2本ほど取り出し付加していく。
(まずはフェイのうごきをとめないと! これがあたればぼくのかちだ!!)
ケインは、矢に付加が完了したのを確認するとフェイの脚部に目標を定め意識を集中する。
矢を弦につがえてゆっくりと構えて行く。
歳とは思えないほど綺麗な形で引かれた矢は枝や木の葉の隙間を通り抜けフェイの脚部《狙い通りの場所》へ飛んで行った。
―――フェイside―――
ケインが弓を射る少し前、フェイは周りを探る為に無属性初級『索敵』を展開していた。
『索敵』は、ベルとフェイで作ったオリジナル魔法『探知』の劣化版のようなもので、『探知』が『暗黙』などの気配絶ち魔法の影響を受けずに魔法量によっては数キルメル圏内の敵味方、指定すれば野草や動物などの現在位置や情報が解るのに対し、『探索』は初級魔法と言うだけあり個人差はあるもののおおよその距離はせいぜい200メルで『暗黙』や『同化』といった対認識除外魔法と呼ばれるものの影響も受けやい。その上、敵味方の区別はつけられず、人や中遠距離からの攻撃を事前に察知できるくらいのの反応を示すだけのもので信用性に欠けるものだ。
信用性に欠けるといっても、ただ『探知』が優秀なだけで、一般的には殆どの人が使用している必須魔法である。
(うーん、やっぱり『索敵』じゃ全然分かんねぇな。こう本体《元の姿》に戻って一息吐けば終わるんだけどそれじゃあケインの練習にならないしな。たしかダイキの世界では本末転倒って言うんだったっけか?)
(確かケインは渡した魔具には『探知』が使えるようになってたはずだし、適当にうろついてれば向こうが勝手に細くして攻撃してくるだろう。こっちの『索敵』とじゃ話にならないし先制攻撃はしょうがねぇ。制限かかってるって言っても基本能力は俺が上だからな。外れたら一気に接近戦に持ち込んでやるぜ。それで俺の勝ちだぜ!)
フェイはこれからの戦いの流れを予想しながら手を強く握りしめる。もともと熱くなりやすい性格なだけに数分前には面倒くさいと思っていたことも忘れているようだ。
そのままぬかるんだ地面や木の枝に足を取られないように最低限の警戒をしつつ森の中を進んでいくフェイ。
すると、フェイの進行方向に対して右後方から高速で近づいてくるのを『索敵』が察知した。
(きたな!)
フェイは知覚すると同時に右前方に大きく飛び込んで後ろから飛んできた物体を回避する。
後ろから来た予想通りケインが放ってきた矢のようで、青い光を帯びながらフェイがいた場所に刺さった。矢は地面に刺さると同時に高さ1メル、横50センメルの氷の塊が発現した。
(なるほどな。これで俺の動きを封じてから仕留めようとしてたんだな)
すると、同じ方向から続いて先端が赤い矢が飛んできた。
(一回避けてるんだからもうあたらねぇよ!)
フェイは、飛んでくる矢を避けながらケインがいるであろう方向に向けて走り出す。
すると、フェイの後ろでパキーンッと何かが壊れるような甲高い音がして、走りながら後ろに視線を向けると先ほど避けた氷の塊の破片が飛んで来ていた。
(くっ。さっきの矢はこれの伏線ってか? ケインも案外考えてるじゃねぇか!)
すぐさま近くにある木の後ろに走りこみ破片をやり過ごしながらも徐々に近づいていくフェイは、この攻撃を仕掛けてきたケインに対して少し評価を改める。
フェイの中でのケインは、どこか創造力が乏しいと考えていた為、今の攻撃も最初の足を氷付けにして終わりだと考えていた。
まさか、ケインに読み負けるとは思っていなかった為、見直したわけだ。
(でも、こんな障害物が多い所で使うような物ではなかったな!)
木の陰に隠れながら徐々に近づいていたフェイはついにケインを『索敵』の有効範囲内に捉えた。
そのまま、反応の示す方向に進んで行くと、地上から6メル程の高さにある枝と枝をを起用に跳んで移動しているケインの姿が確認出来た。
どうやら、ケインもこちらを視認したらしく空中で両手から水弾と氷弾を交互にこちらにむかって撃ってくる。
しかし、雑な狙いの攻撃はフェイの急所から大きく外れている。稀に急所に飛んでくる物もあるがそれは手で弾いて手や足に当たる攻撃は全て無視してケイン《目標》に向けて走り続ける。
残り50メルを切った所で表示されているフェイの四肢は全て半分を切っている。
ここでフェイは、ケインが一瞬視線外した瞬間、右手に炎弾を作り次にケインが着地するであろう枝に向かって投げる。
ケインは、意識を枝に集中していた為と、攻撃を潜り抜けて《くぐりぬけて》どんどん肉薄して来るフェイに重圧を感じていた事もあり何の対処もできず燃えて脆くなっている枝に着地。
ケインの体重を支えきれない枝はそのまま折れてケインと共に地面に落ちて行く。
ケインは何とか近くの枝に掴まろうとするが、その前にフェイが『フォース』を一時的に強化しケインがいる高さまで飛び上がり、地面まで蹴り落とす。
その一瞬の行動にケインは身動き1つとれず、受け身もとれぬままぬかるんだ地面に叩きつけられる。
「カハッ……」
この攻撃でケインの左手と左足はHPが70以上減って赤くなり、急所が23、その他の位置は40程減って黄色くなる。
(クソッ! 地面が柔らかいから思ったよりもダメージを与えられねぇか…… だけどこれで終わらせねぇよっ!!)
予想よりも低いダメージに内心で毒づきながらもフェイの攻撃はまだ終わらない。
ケインと時間差で地面に着地したフェイは、何とか立ち上がったケインの懐に潜り込もうとする。
ケインも満身創痍の中、泥に汚れた右手を使って苦し紛れの打撃を放つ。
フェイは、その攻撃を右手で捌きながら右足を軸に体を半時計回りに回し、ケインの左顎目掛けて左裏拳をぶつける。
ケインは、左膝を曲げ顔を右に回す事で打撃を避けるが、避けきれず顎に掠った為なのか、それとも足のHPが赤くなっていた為なのか分からないがその場に左膝をついてしまった。
これを好機と見たフェイは、右足でケインの右膝を踏みつけてから左膝で右こめかみを思い切り蹴り抜いた。
脳に強烈な一撃を貰ったケインはそのまま気絶。
急所である頭部のHPも0になりケインが結界の外、みんながいる場所に転送される。
(なんとか終わったか。最後は夢中になってたから手加減なしでシャイニング・ウィザードかましちゃったけど大丈夫だよな?)
模擬戦が終わり落ち着いたフェイは倒してしまったケインの身を案じてすぐにみんなの元に転移するのだった。
―――ケインside―――
一撃に掛けた矢はやっはり避けられて、思い付いた攻撃も周りの木を使って回避された。
その場にいても見つかるだけだから直ぐに離れたけど、眼鏡にはどんどん近づいて来るフェイの反応が嫌でも見える。
移動を初めて数ミニすると自分の目でフェイの姿を確認する事が出来た。
(なんでしたをはしってるのにぼくよりはやいんだよ)
すでに距離は50メルをきっており、何もなければすぐに追いつかれてしまうだろう。
(くっそ~!!)
ケインは滞空中に両手に水弾と氷弾を作り近づいて来るフェイ目掛けて発射する。
しかし、フェイは速度を落とさずに危険な物だけ弾きながらどんどん接近して来る。
ケインは自分が取る行動が命取りになることに気づかずに、一瞬視線をフェイから次に降りる枝に移す。
すると、フェイはその一瞬の間に炎弾を作り自分が着地しようとしてる枝に投げつける。
炎弾が当たった枝は、火が燃え移り自分の体重を支えられない事は明らかだった。
もし、ここでケインが宙に浮かんだり空中でも方向転換出来る技や発想があれば勝負はまた変わっていたのかもしれない。
しかし、まだ4歳のケインにそんな技や技術がある訳がなくその枝に着地し、折れた枝と共に地面に落ちて行く。
(まだだ! どっかのえだにつかまれればダイジョウブだ!!)
そう考えたケインは、最初に視界に入った枝に手を伸ばす。
だが、そんな思い通りにいかないのが世の中だ。
ケインが枝に手がかかりそうになった時いつの間にか追いついたフェイがケインより上に飛び上がっていて地面目掛けて回し蹴りを入れてきた。
蹴りの勢いと重力に引かれて地面に叩きつけられるケイン。
「カハッ」
余りの衝撃に、肩に掛けていた弓と矢筒は壊れ、眼鏡はどこかに飛んで行ってしまった。
ケインの意識はこの時点すでに朦朧としておりその後の事はよく覚えていない。
ただ、あえてあげるなら意識が途絶える直前にやってきた衝撃は山賊と戦っていた時に貰ったどの攻撃よりも痛かったと言う事だろう。
模擬戦第1試合 フェイ(素手、火属性魔法、無属性魔法)VSケイン(弓、水属性魔法、火属性魔法)
勝者 フェイ 決まり手 シャイニング・ウィザード
―――???side―――
場所は変わってフロン村では、宿屋から出た女性と少女の二人が近くの露店で食事をしていた。
「先生、そんなに食べても大丈夫なんですか?」
少女が声をかけた先生と呼ばれる女性の目の前にはすでに10枚の皿が積み重なっており、今も11枚目の料理を食べている最中である。
「大丈夫に決まっている! それよりもここの料理は何でこんなに美味いんだ!? 今まで100と少し生きてきて時間があれば色々な土地を巡ってきたがここまでにうまい料理は初めてだ!!」
女性は興奮しながら11枚目の皿を食べ終えると山に乗せる。
「それは、多分私の弟達が関係してるのだと思います。フロン村がここまで賑やかになったのはエンジェ様の御力もあったと思いますがやはりこの料理の元となってる特別な香辛料や素材のおかげでもあると私は考えています」
「確かにエンジェはとても素晴らしい人格をしているしここの話も聞いていたから発展しているのも頷ける。それにしても、その服といい君の弟たちは本当に凄いのだな! 俄か≪にわか≫には信じられないよ。弟といっても一番下の1歳か2歳だろ? まだ、マリアがやったと言われた方が説明がつく」
女性が、苦笑しながら少女に話しかける。
「年は分かりませんけど、やっぱり先生もそう思いますよね…… 私も最初はあまりにも非常識で信じられませんでした。でも、毎日が驚きの連続でいつの間にかそれが普通になってました。この指輪も弟にもらったものですしね」
「そうか…… それにしても、君といい話しに聞く弟達と言いマリアの子供達はなんで普通の子供達よりも大人びてるんだ?」
「さあ? 自覚は全くありませんが、一番下の弟が兄弟の中で一番大人びてますよ。私は3番目くらいです。あえて言うなら母さんの教育の賜物≪たまもの≫だと思います」
「教育の賜物か。実技も学力も次席を大きく離した首席の君より凄い弟とはいったいなんなんだ。もしその話が本当だとしたら私よりもマリアが教師をやった方がいいんじゃないか?」
女性は、少女の言葉にショックをうけたの弱った声で少女に話しかける。
「そんなことないですよ。先生にはよくしてもらってますし、学院で首席になれたのも先生のおかげだと思ってます。本当にありがとうございます」
少女はすかさず女性にフォローの言葉を送る。
「…………ハァ。そう言うところが大人びてるというんだよ。とりあえず、腹も膨れたことだしその弟達を見に行くとするか」
「わかりました。多分先生も驚かれると思いますよ。私の自慢の弟たちなんですから」
女性は、自分と少女が食べた料理の勘定を払うと荷物を持ってラージの森の奥にある孤児院、クライン孤児院を目指して移動を始めるのだった。