2 海岸で
「うーん、今日はいい天気だ!」
時刻は午前4時半。迎えが来るまでまだ3時間もある。こんなに早く起きるのも引退してからも健康の為に続けて来た毎朝のトレーニングによる習慣の為だろう。
「今日は7時半に家を出るって言ってたけど、きっと今日も走り込みするんだろうな~」
そう言って、ジャージを来てトレーニングをしている大貴を想像する。
実際、家に大貴がいる気配がないのでおそらく合っているのだろう。
「それにしても……」
彩花は、昨日の買い物の事を思い出しながら溜息をつく。昨日は水着を買ってもらう所までは計算していたが、その後の夕食まで会計まで出させるつもりはなかったため、少し気に病んでいた。
「今日はその分サービスしてあげないとね」
海に行ったら大貴にたくさんサービスしようと意気込んだ彩花は、ムンと気合いを入れてからまずはとクローゼットを開くのだった。
自宅から歩いて5分ほどの場所にある児童公園は濃霧の影響か少し霞がかかっている。その公園の中には毎朝のトレーニングメニューを終えて座ってストレッチをしている大貴の姿があった。
「ふぅ~」
今大貴がやっていたメニューは、幼なじみの裕貴と小学校高学年の時にある漫画の技を使いたくて遊び半分で始めたものが年月が経つにつれて変わっていったものだ。最初に考えた時は、自分たちで出来る範囲でやってきたが、継続するうちにどんどん出来ることが増えていき、今日は彩花とのデートがあるため程々に行っていた。
メニューの内容は、海まで往復20キロを走った後に、筋トレとストレッチ、いつもならその後に、通信教室でに書いてあったものにアレンジを加えた練習メニューを消化する。
「今日もいい汗かいた! さて、家に帰ってシャワー浴びるか。」
プロ格闘選手も真っ青なメニューを軽く消化した大貴は首にかかっていたオレンジ色のタオルで滴ってくる汗を拭きながらこれから始まるメインイベントに備えるべく家に戻った。
家に戻った大貴は、一度風呂に入って身体の不純物を洗い落とす。彩花とは何年もの付き合いとはいえ、清潔にしないでデートに行く程図太い神経はしていないのだ。
風呂から出た大貴は、昨日の夜に事前に準備していた荷物を持って彩花が来る前にバイト代を貯めて買った愛車の赤いノートに載せていく。
「お待たせ~ 待った?」
すると、家の中から準備を終えた彩花がオシャレなハンドバッグを持ってやってきた。
今日の彩花は、白いワンピースに麦藁帽子をかぶった彩花が荷物を持って待っていた。
「いや、俺も準備始めたばっかりだから大丈夫だよ」
「さすが体育会系! 十分前行動は基本だよね♪」
「本当は、彩花が来る前に準備を終わらせようと思ってとんだけどな」
「そんなこと気にしなくていいのに…… どうせ、いつもの化け物トレーニングしてたんでしょ? ダイ君一体何になるの??」
彩花は苦笑しながら荷物を大貴に渡す。
「あれは前にも言ったけど、漫画に出てくる技を実際に使えたらいいなって思ってやってるだけで、あえて言うなら趣味だから何になりたいとかはないぞ? 別にプロ選手を目指してる訳じゃないし。ずっとやってれば他の人だって出来る事だよ」
「あのメニューを趣味で出来る人は世界でもダイ君とユー君しかいないと思うよ? はぁ…」
彩花が呆れるようにため息をついた。
「まあ、続きは車の中で出来るし行こうか。朝ご飯はどうする? 私が作ろうか?」
「彩花はお母さんと同じで料理に手を抜かないからこれから作っても時間かかっちゃうだろ? 途中で買って行こうか」
「む~、私はお母さんとは違うもん! じゃあ、すぐに作るから待ってて!」
彩花は、荷物を大貴に押し付けると早歩きで家の中に戻る。
大貴と彩花が出発したのは、それから30分を過ぎた頃で、あり合わせの食材で作った2人分の弁当を持ったドヤ顔の彩花が帰ってきてからだった。
車に乗った二人は数十キロ離れた所にある小さい頃に何回も行った海岸目指して出発した。
車に乗る事約二時間。向かっている海岸には高速道路で行けないため下の道路で移動していた。俺と彩花を乗せた車は目的地まで後数十分という所まで来ていた。
「たぶんこの山を越えれば海が見えるよ」
運転している俺は、隣で楽しそうに歌っている彩花に声をかける。
「二人寄り添ってある~いて~ 永久の愛を形に~して…… えっ、もうそんな所まできたの?」
「歌うのに集中しすぎだよ。ここに来るのも6年振りかな?」
「そうだね~、もう6年もたっちゃったんだね~」
今日行く海は大貴達が中学生の頃まで毎年親に連れてきてもらった海だ。この砂浜は、この付近の穴場になっており運がいいと夜に海ガメが産卵のために浜に上がってくることがある。それを生かして、大貴達の小学校六年生の時の自由研究はウミガメ観察日記だった。最近は砂浜が汚れてウミガメの姿を見れる地域も少なくなった事からウミガメを自由研究の題材にした小学生は少ないのではないだろうか。
その場所には俺たちが初めて遠出した場所、はじめて二人だけの秘密ができた場所、はじめて泳げるようになった場所、たくさんの初めてが詰まった場所だ。毎年のように来ていたが、俺たちが高校生になって部活動が忙しくなったり、うちの親が仕事で忙しくなったりといった理由で来なくなっていた。
ちなみに、来なくなった理由は、大貴達が成長して時間を取れなくなったのと、両方の父親が昇進し、忙しくなった事が挙げられる。
「懐かしいな… 彩花が海の中でおもらしして泣いちゃった事とかな」
運転している大貴が彩花の恥ずかしい記憶を思い出す。
「ちょっ、それは忘れてって言ったじゃん!?」
彩花は、大貴の言葉に反応し顏を真っ赤にして抗議?する。
「別にいいだろ? 今じゃ懐かしい思い出じゃん」
「それでもダメーーー!!」
彩花はあまりの恥ずかしさで顔を赤く染めながら限界まで叫んだ。
それから数分後、山を越えた大貴達の前には昔と変わらない大海原と砂浜が広がっていた。
海岸近くの駐車場に車を置いた大貴達は、俺が荷物を持って行って砂浜へ向かい、彩花は車で水着に着替え始めた。
「さーて、これからなにしようか考えるか………」
大貴はこれからのことについて考えながら誰もいない砂浜にビーチパラソルをさす。
「ダイ君おまたせ~♪」
声がした方向に振り返ると着替え終わった彩花がいた。昨日買った青いビキニに背中まで伸びた黒髪が引き立てられて絶妙のバランスが成り立っている。そこに、熱く照らす光と蒼い海が背景になっているのだ。まるで、映画のワンシーンのような光景に思わず声が出てしまった。
「………綺麗だ」
「えっ? もうっ、お世辞はいいからダイ君も早く着替えなよ~」
大貴のつぶやきに反応した彩花ぎ笑いながら流す。
実際、今の大貴の言葉は本当に綺麗だと感じたから出た言葉だったのだが彩花の反応を見て冗談だったと解釈する。
大貴は、彩花の言葉に従って着替えに車に向かった。彩花の耳元が赤く染まっているのに気付かずに……
―――彩花side―――
「………綺麗だ」
「えっ? お世辞はいいからダイ君も早く着替えなよ~」
(もうっ! いきなり綺麗だなんて恥ずかしいよ~)
彩花は大貴に悟られないように表情に出さないように気を付けているが、内心はかなり喜んでいた。普段はお世辞の一つも言ってくれない唐変木が、いきなり褒めてくれたのだ。完全に油断していた彩花はそれを表に出さなかっただけでも称賛に値する。
(本当に、油断してるといつもこうなんだから……… まあ、すごくうれしいんだけどそれを表情に出すと負けた気がするんだよねー)
大貴は実績や人間性などほとんどの分野で大きく彩花に劣っていると考えているため少しでも釣り合うようにと努力しているようだが、彩花からすれば逆に自分が劣っていると考えており、少しでも大貴に近づこうとしている。そのため、たまに素直になれないときが出てしまうのだ。
(まあその分たくさんサービスしちゃうんだから覚悟してよね! 私ファイトー!!)
そんな事を思っているうちに大貴が服に手をかけていた。車の中で水着をすでに着てきていると言っていたのでただ服を脱ぐだけですぐに終わるだろう。服を脱ぎ終えた大貴は黒に赤い線の入った競泳水着を着ていた。しかしそれよりも目を奪われたのは大貴の鍛え抜かれた身体である。上半身は余計な脂肪が付いてない見事に六等分された腹筋に分厚い胸板、腕回りも美しい形になっている。下半身は毎日トレーニングしているだけあって某モビルスーツのような足まわりになっている。いずれも長年の成果が出ていると言える。
私はその努力の結晶の美しさに見惚れてジッと大貴を見つめている。
「ん? そんなにこっちを見て一体どうした??」
「ううん、なんでもないよ~ ただ、やっぱりダイ君はかっこいいなーって思ってただけ」
「ッッッ!!! いきなりそんなこと言うなよな!」
私が満面の笑顔で褒めると、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら脱いだ服をたたみだした。
そんな姿を見て、私は自分の気持ちを再確認するのだった。
(本当にかっこいいんだから、大好きだよ、ダイ君♪)
---彩花sideout---
(くそっ、さっきのお返しなのか? 彩花があんなこと言うときは必ず裏があるからな)
そそくさと脱いだ服を片づけた大貴は、さっきの彩花の言葉にどういう意味があるのか腕を組んで考察していた。彩花のあの言葉はさっきの大貴の言葉同様裏のない言葉だったのだが本人しか知る由もない。
「ねえ、ダイ君にお願いがあるんだけどいいかな?」
「なっ、内容にもよるかな~」
大貴は、ほら来た!! とビクつきながら答えた。
その態度に、彩花は少し不機嫌になり唇を尖らす。
「なんでそんなに警戒してるの? 私なんかしたっけ??」
「いっ、いや何もしてないぞ! それよりお願いは何だ?」
彩花は返答に釈然としつつも持ってきた荷物から琥珀色の瓶を取り出して大貴に渡す。
「?? これをどうするんだ?」
「今から横になるから背中に塗ってほしいな~」
そう言って彩花はシートを下に敷いてうつぶせに寝そべり、ビキニのひもをほど出した。
(なんでだ? なんでこんな状況になってんだ?)
大貴は現在進行形で進んでいく状況についていけず受け取った瓶を手に立ち尽くしてしまう。
「ね~準備出来てるから早く塗ってよ~。遊ぶ時間無くなっちゃうよ?」
彩花が、損だ大貴を見て焦れたのか声をかける。
「わっ、分かった。これを背中に塗ればいいんだな?」
「そうそう♪ 均等に塗ってね~」
大貴は、いままでこんなことをしたことがなかったため、容器のふたを開けるととりあえず彩花の背中にドバーっという効果音が付くぐらいにオイルを満遍なく垂らした。
「冷たーー!! いったい何してるの!?」
彩花は、水着を腕で抑えながら起き上った。相当驚いたようで、涙目になりながら俺をにらみつけてくる。
「いや、俺やり方知らないし均等にって言われたからとりあえず背中に垂らしたんだけど……」
「まずは手に垂らして手で温めてからぬらなきゃだめなの!」
「ごっごめん。次は気をつける」
大貴は謝ると同時に身体を直角に曲げる。
「ふー、まあいいや。ちょっとびっくりしただけだったし。それじゃあ続きよろしくね」
そういうと、彩花またうつぶせに横になった。
(しかし、これをどうしろって言うんだ)
大貴の目の前には、無防備に背中を出して寝転がっている彩花がいる。いつもの彩花でもその可愛さに緊張してしまうのに、今回は背中を無防備に晒しているうえに垂らしたオイルが妖しく光っている。もう少しで21歳になる大貴だが、年相応の性に関する知識と興味は持っている。
なので、この状況はタガが外れそうで非常にまずい。といいても、彩花が大貴を信用してくれているのは理解しているので理性を総動員して我慢するのだが。
「じゃあ、行くぞ」
さっきのことを反省し声を掛けてから彩花の背中に触れる。
「んっ……」
触れた瞬間彩花がビクッと身体を震わせながら声を出す。
「続けて大丈夫か?」
「うん、ちょっとくすぐったかっただけだから大丈夫だよ」
了承をもらったのでまた背中を塗りだした。塗りだしたんだが…
「ん… あっ……」
(そんなこえだすのはやめてくれーーー)
大貴が手を動かすと、それに連動して彩花の声を出すのを我慢しているのにどうしても漏れる声が響き興奮してしまう。
大貴の理性と本能のせめぎ合いは彩花がいいというまで続くのだった。