15 自責
「ダイ君……」
赤と黄色、2つの陽光が血で赤く染まった槍を持つ俺と、胸から大量の血を流して倒れているグラハ、その光景を見て冷たい視線を送ってくる彩花を照らしている。
「彩花、俺……」
彩花は、何も言わず顔が返り血で汚れた俺を見つめ続ける。
「俺はどうすれば良かったんだ? 彩花なら、グラハを殺さないで解決する方法も見つけられたんじゃないか? 俺にはそれが見つけられなかったんだ…… 俺は人を殺した」
俺は、初めて人を殺した事で弱気になっているみたいだ。いつもならこんな弱音は言わないはずなのにな……
「まだ、グラハの身体の感触が手に残ってるんだ」
槍から血が伝って赤くなった手を彩花に見せる。
「ダイ君……」
彩花は表情を変えずにそれを見つめる。
「なあ、頼むから何か言ってくれよ………………」
彩花は、何も言わずに後ろを向いて歩き出した。
「どこ行くんだよ? 置いてかないでくれよ?」
彩花を追いかけようとするが、グラハの死体が俺の足を掴んで動きを止めてくる。
「離してくれ! 見捨てないでくれよ!? 頼む! 行かないでくれえ―――っ!!」
ガバっ!
彩花の背中を追おうとしたところで目に映る風景が変わる。
「夢…………だったのか?」
俺は、布団を強く握ってハアハアと荒い呼吸をしながら状況の確認をするために周りを見てみる。外はまだ明るいらしく窓から光がさしていて、俺の周りには6枚の布団が敷かれている。どうやら男部屋で寝ていたようだ。
そういえば、フェイがシュレを元に戻したあたりで気絶したんだっけか? あれから何時間たってんだ? みんなは大丈夫なのか?
俺は、布団から出てみんなの有無を確認するため部屋出る。
部屋を出て左に進み、突き当たりを右に曲がると玄関につながる廊下に出る。廊下は、シュレや山賊達が壊した壁や天井の破片が散らばっていて痛々しくなっている。調理場、客間、集会広場と覗いて行ったが、誰もいない。そのかわり、戦闘中に会ったはずの死体がすべて消えている。何で死体まで無いのかは分からないが、家族にまで置いて行かれたのではと不安になり早足で院の外に向かう。
幸いなことに、みんなはすぐに見つかった。遊具場に倒れている山賊の身体を2人で1人を持って森の入口まで運んでいるようだ。運ばれて行く山賊達は手が力無く垂れており、死んでいるのだろう。
フェイが殺したのか? だけど、さっきはただ気絶しているだけに見えたんだけどな?
死体の状態に疑問を抱いていると、遠くから大きなソプラノボイスが聞こえてきた。
「ああ~! ベルが起きた!!」
「えっ? どこにいるの?」
「玄関とこにいるよっ。ベルぅ~」
声の方向に視線をやると、森から帰って来た所で俺に気付いたライオが走って抱き付いてきた。
「うぐっ」
「大丈夫? どこか痛いところない?」
「だっ、大丈夫だから離してくれっ」
ライオは、苦しそうに頼むとすぐに離してくれた。
「俺とエリーが治してるんだから大丈夫に決まってるんだろ」
「ベル君大丈夫?」
「エリーも心配し過ぎだよ」
「何だ、大丈夫そうだな」
「元気そうで良かったよ」
ライオの声につられて、フェイ、エリー、アリス、トビアス、ケインがやってきた。ん? シュレがいない?
「あれ? シュレはどうしたんだ?」
するとみんなが顔を見合った後に陰りが浮かぶ。
「どうしたんだよ? 早く教えろよ」
だが、誰も答えようとせずフェイとトビアス、アリスとケインが目線を下に落とす。
えっ? ちょっと待って? そんなに深刻な状態なのかよ? 実はフェイが力加減を間違えてたとか?
「おっ? ベルも起きたか。 さっきは迷惑かけてわりいな」
俺が色々な可能性について考えを巡らせていると、何事もなかったかのように院の中から両手に木製のシャベルを3本持ったシュレが姿を見せた。
俺は、やり切れない感じになりフェイ達に振り返ると、フェイとトビアスがニヤリと言う表現が似合うように口元を吊り上げ、他は苦笑している。
「俺達は何も言ってないぜ? 勝手に勘違いしたのはお前だからな」
「おっ、お前ら~~~」
「だって、ベルが簡単に騙されるなんて思わなかったんだもん」
「ごめんね、ベル君」
「ベルにも冗談が通じるんだな」
他者多様の反応を見せるみんなに内心溜息を吐きつつ、みんなの状態を聞く。
「とりあえずみんなは大丈夫なのか? いきなり襲われて精神的に回復してないだろうし、シュレは龍化が解けて時間も経ってないだろうし動いて大丈夫なのか?」
「俺は龍化した時の記憶がないから何とも言えないんだが怪我はしてないぜ。前になったときも特に異常はなかったし今回も大丈夫だろ。といっても俺が起きたのもさっきなんだけどな!」
「私たちもエリーとフェイが治してくれたから大丈夫だよ。それに時間が経ってないって言っても4時間は経ってるしみんな少なからず荒事も経験してるから平気よ。それよりもベルだよ! いきなり気絶しちゃったっみたいだし、どっか怪我したんじゃないかってみんなが心配したんだからね!?」
アリスがプンプンと怒り、シュレとフェイ以外が頷く。
「あれは、色々あって疲れてたから、終わったって思ったら気が抜けちゃったんだ。心配掛けて悪いと思ってるよ」
初めて人を殺してショックを受けてたなんて言えないもんな。
「これからは倒れる時はちゃんと伝えてから倒れろよな」
んな無茶なと心の中でトビアスに突っ込みを入れつつ頷いておく。
「それより、みんなは今何してたんだ? 森の方に行ってたみたいだけど」
「今は死体の片づけ兼埋葬だな。このまま放置してても家を直す時の邪魔になるだけだし、血の匂いに釣られて結界内に肉食動物が入ってくるかもしれないからな」
「僕は2人運んだよ!」
「こら! そんなことで自慢しちゃだめよ」
ライオが右手でピースして胸を張ったがアリスに頭をはたかれている。
「外の死体はフェイが殺したのか?」
「いや、俺が相手にした奴は気絶させてたんだが、目を覚ましてグラハが死んだのを知ったら全員舌噛んで自害しやがった」
トップの死を知ってすぐに自害って事は事前から情報を漏らさないように捕まったらそうするように決めてたか、自害を試みる程グラハが慕われていたか。結果としてしっかり統率のとれた集団だったってことか…… 彩花のように機転がきけばこんな結果にならなかったのかもしれないな……
「そうか…… グラハの遺体はもう移動させたのか?」
「いや、まだそのままにしてあるが?」
「グラハの身体は俺が持っていく。それが、決闘をした相手への礼儀だ」
「分かった。よし、ベルも大丈夫そうだし作業に戻るぞ! 早くしないと日が暮れちまうからな!」
フェイが号令をかけ各自の作業に戻っていく。俺も、仰向けに事切れているグラハの元に進み始めた。
俺はグラハを両手で抱えて運んで森に入ったところに置き、戻ってグラハが使っていた斧も持ってくる。シュレ達はここから20m程離れた場所で移動した死体達を地面に埋めているところだ。
俺もグラハの身体が大きいので、広めに地面を掘ってそこに遺体を入れる。顔を覗くとグラハの顔は清々しい位に笑っている。
「何で殺されたのにそんな笑顔でいられるんだ……」
俺の問いかけに死体は何も答えず、小さな風がふいた。俺はそのまましゃべり続ける。
「もっと違う出会い方をしていれば、あんたとはいい友人になれたと思ってるんだぜ。短い時間だったし、あまり言葉を交わしてないけど戦っててそう思ったよ。あんたは俺と戦っててどう思った?」
「あんたを貫いた時の感触がまだ残ってる。実を言うと俺は違う世界から来たんだ。だから、殺し合いをするのも、自分の手で人を殺すのもあんたが初めてだった。話ではあんたはたくさんの人を手にかけたみたいだが、初めて殺した時はどんな気分だったんだ? 今の俺の気分は最悪だよ…… 思い出すと吐きそうになる」
「もし、またあんたと逢えたら他にも聞きたいことがあるから教えてくれよ。あんたの仲間は近くで眠ってるから、向こうでまた会えるだろう。だから……安らかに眠ってくれ」
俺は、近くに咲いていた白い花を数本摘んで胸の上に重ねた手の上に置き、目を瞑って両手を合わせる。いつの間にか、フェイが後ろに来ていてグラハに花を供えてから両手を合わせた。
数秒間手を合わせた俺達は、無言で遺体を土で埋める。埋め終わると斧を墓石代わりに地面に刺したフェイが俺に笑って話しかけてきた。
「何か悩み事があるんじゃないか? 初めて人を殺して心が揺れているのが俺に伝わってきてるんだ。俺には、弱気なところを見せていいんだぜ?」
「……さっきからずっと考えてるんだ。グラハを殺さなくてもいい方法があったんじゃないかってさ。あの時、グラハの仲間が何人も死んでて退けないのは分かってたけど、彩花だったら違う方法を考えてグラハ達が戦いをやめるように説得できたんじゃないかって。何で、俺にはそれが出来ないんだって」
「直接彩花に会ったことねえからはっきりと言えねえが、あの時はグラハとは戦うしかなかったし、あそこでシュレが龍化して山賊達を殺しちまうなんて誰も考え付かないだろ? 今回はしょうがないと思うし、これからに生かせばいいじゃねえか」
「それだけじゃない。俺は人殺しだ。こっちの世界ではどうか分からないが地球では完全な犯罪者なんだ。そんな俺がのうのうと彩花に会っていいのかって思って…… 彩花は俺が人殺しだって知ったら見捨てるんじゃないかって……」
「おいおい、それは考えすぎだろ。お前の記憶で見た限りの彩花はそんなことする奴には見えねえし、実際しないだろ? 嫌なことが連続して起きてるから考え方がネガティブになってるだけだよ」
「そうか?」
「そうだよ。少し時間をおいて気持ちを落ち着かせろよ。これからも相談に乗ってやるから今日は早めに寝な」
「…………分かった。相談に乗ってくれてありがとな」
「気にすんなよ。俺達は親友だろ?」
「ああ、そうだな」
「それと、家族に心配かけないように隠すのはあまり感心しないぜ。チビたちに相談しろとは言わないがせめてマリアには話しておけよ? なんてったって俺達の『母さん』なんだからな!」
「考えておくよ。それじゃあ、みんなも終わったみたいだし、戻って片づけを再開するか!」
そう言って、俺達はみんなが待つ孤児院に歩き出した。