14 殺人
俺の目の前には自分の何倍もの体長がある深紅のドラゴンがいる。
突如襲って来た山賊団のリーダー、グラハがシュレに軽率な言葉を言った事で、シュレが龍化してしまったのだ。
室内で龍化した事で集会広場の天井の一部は崩れ、不運にも逃げ遅れた山賊の手下が数人、瓦礫や変化したシュレの下敷きになり、辺りが鉄の匂いに包まれている。
フェイ達は部屋の隅に固まっていたため瓦礫の被害にはあわなかったようだ。
場が沈黙に包まれる中、生き残った手下達が我に返り部屋から出ようと俺達の方向に動き始める。
「GYAAAAAAS!!」
足音に気がついたシュレは、彷徨を挙げながら身体を半時計回りに回しながら、遠心力のついた太い尻尾で手下達を攻撃する。
おいおい! 俺とトビアスもいるんだぞ!?
壁を破壊しながら迫って来る尻尾から逃れる為に急いでトビアスを押し倒す。尻尾は、俺達の上を通過して手下達を部屋の破片と一緒に外の遊具場の方向に吹き飛ばす。
グラハは吹き飛ばされた手下を助けに壊れた壁から外に向かい、シュレが天井を破壊しながら追う。
俺は、フェイ達がの攻撃で無事かどうか確認しにトビアスの手を引っ張って行く。
「みんな大丈夫か?」
みんなに近づくと、所々に傷が増えているものの軽傷のようだ。
「こっちは何とか大丈夫だ。アリスとケインが手下達と戦った時の傷が気になるがエリーの『ヒール』ですぐに治るだろ」
「そうか。エリーはみんなの傷を治してやってくれ。そしたら、俺とフェイがシュレと奴らを何とかするから、奥の部屋に隠れてろ。絶対に出て来るなよ?」
俺は、今後の指示を出しながらエリーの傷を治す。
「分かった!」
アリスが代表で返事をした。
「アリスとケインは大変だろうけど、俺達の分までみんなを頼むぜ!」
「うん!」
アリスに変わってケインが元気に応えてくれた。
「よし、問題を片づけに行くか! 行くぞ相棒」
「ヨッシャ!!」
俺とフェイは、シュレが開けた大穴からシュレと山賊達を追って外に向かった。
「GYAAAAAAAAAAAAAA!」
俺達が外に行くと、怒り狂ったシュレをグラハを中心に山賊達が囲んでいる。今はグラハを含め6人しかおらず、他の仲間は瓦礫の下か、シュレの餌食になったか数が大分≪だいぶ≫減っている。
「あいつが誰かに攻撃した時に反対にいる奴が切りつけ! 攻撃したらすぐに離れろよ! 反撃食らって死んじまうぞ!」
グラハが残った仲間に指示を出しながら仕掛けていく。それに呼応して他の仲間も両刃刀を振り上げて巨体に立ち向かっていく。
「あいつらは何やってんだ? この世界の龍は知らないけどあんな装備じゃ敵≪かな≫いっこない事ぐらい分かるだろ…… あの様子じゃ魔法も使えないだろうし死にたいのか?」
俺は何でグラハ達は逃げないで戦っているのかが分からず、フェイに尋ねる。
「理由は色々あるだろ? 仲間がやられた敵討ちって理由や、龍が珍しくて高く売れるからなんとか倒そうとしてるとか。俺は前者だと思うけどな」
フェイが俺の問いかけに答えてくれる。
「何で前者だって分かるんだ?」
「もし後者なら、自分の命も計算に入れて割が合わなかったらすぐに逃げ出してるだろ? あの装備でシュレと戦うのは死ぬ可能性が高すぎる。それに手下がリーダーを置いていかないで一緒に戦ってるって所が慕われてると思ったからだよ」
「成程な。でも、このままやらせるわけにはいかないな!」
「確かに。幸い、あの装備じゃシュレを傷つけるに至ってないみたいだが、目や口の中みたいな急所を狙われれば危ないだろう。どうする?」
シュレが俺に尋ねてくる。
「俺がグラハを抑えるから、フェイはあの手下達とシュレを頼む。俺の魔法じゃどっちも相手には出来ないからな」
「オッケー、まかせな! ダイキが近くにいるから魔法も使い放題だしいな。それじゃあ無茶しすぎるなよ?」
「フェイもな! それじゃあ行くか!!」
俺は、シュレからいったん離れて指示を出しているグラハに、フェイはシュレの周りにいる手下達に向かって走り出した。
ーーーグラハsideーーー
「おめえらも一旦下がれ! 相手は疲れを知らない怪物だぞ? 交代で当たらないと死んじまうぞ!!」
俺の指示で、部下達が息を切らせながら交代でかく乱攻撃を続けている。
目の前の龍は今まで戦ってきたどの敵よりも巨大で強い。攻撃は当たるが、俺達の装備と技術じゃ、あの赤い鱗には傷一つ付く気配がなく完全なジリ貧状態だ。戦争の時もこれほどの奴はお目にかかれなかった。なんで、こんな辺境の地でこんなモンと戦わなきゃいけないんだか。だが……
「部下達が何人もやられている以上同じくらいの見返りがないと死んだやつらが報われねえんだよ!」
俺は、斧を持ち上げながら走り出す。龍がこっちに気づき、身体を回して尻尾を振ってくる。
その攻撃は見飽きたよ!
斧を龍の頭上に放り投げて、迫ってきた尻尾を跳んでかわす。着地してすぐに斧の落下地点に走り、落ちてきた斧を空中で掴み落下の勢いで龍の膝に振り落とす!
「GYAAAAAAAA………………」
相変わらず傷はつかないが、声を聞いてると痛みはあるようだ。
しかし、斧の重量と俺の全体重を合わせた斬撃で痛みを感じるだけなんて…… 俺以外の攻撃は無駄だな。
「お前らは攻撃しなくていいからこいつの注意を引いててくれ! その間に俺が攻撃する!」
「「「「「へい!」」」」」
部下達が返事をする。
よし! まだ覇気は衰えていないみたいだ。龍から獲れる素材は貴重で王都まで行けば高く売れるだろう。なんとかこいつを倒して、ガキ達を始末すればまだなんとかなるはずだ。
俺が再び攻撃しようと斧を担ぐと視界の左側から小さな影が入ってきた。咄嗟≪とっさ≫に左手を曲げて顔を守ると腕に衝撃が響く。思っていた以上に威力が高く、少し身体が浮いてしまう。
「ってーーーー。おいおい、誰だよ、こんな忙しい時に」
そう言って衝撃が来た方向を見ると、ちょうど着地した黒髪のボウズの姿があった。
「すみませんね。これ以上俺の家族をやらせる訳にはいかないんですよ」
「家族って、あれはもう化け物だろうが。さっきも攻撃に巻き込まれかけてたみたいだし、見捨てて俺達の邪魔はしないでもらえるか?」
「あれは事故だと割り切っているんで気にしてません。それに、シュレがしなかったら俺が殺ってたと思いますから。なんで、あなたが諦めて退いてください」
「悪いな。部下達が何人も死んでるのに、はいそうですかって訳にはいかないんでね」
「そうですか…… このまま話していても平行線ですね。実力行使で行きましょう」
「殺されても文句言うなよ、ボウズ!」
俺は、斧を右肩に担いで右足を引きいつでも動けるようにする。
それに対して、ボウズは右手の腕輪が光って出てきた金色の棒を半身になって両手で持っている。戦い方を知らないボウズだと思っていたが、今のボウズの構えからは全く隙がなかった。どうやら、認識を改めたほうがよさそうだ。
「言い構えじゃねえか。クラインはボウズみたいなガキにも武術を教えてるのか?」
「いえ、これは自前なので母さんは関係ありませんよ」
「そうか、ボウズも充分化け物だな! それでは元王国騎士団10人隊隊長グラハ・ローウェルが相手をしてやるぜ!」
俺の名乗りにボウズは驚愕の表情を見せている。そりゃあそうか。騎士団員がこんなところで山賊してるんだもんな。
ボウズは、すぐに意識を切り替えたようで俺に続いて名乗りを上げた。
「クライン孤児院5男ベル・クラインがお相手する!」
俺は、大人げないが高揚感に身を任せながら二周り以上小さい子供に向かって行った。
―――グラハsideout―――
さっきの不意打ちは完璧だったのにガードされるとは思わなかった。出来るだけ早く倒してフェイの手助けに行きたかったけど、そう上手くいかないな……
話を聞いていると、どうやらフェイの仮説が正しかったみたいだ。賊のイメージはもっと個人主義でそのトップは性根が腐った奴だと思ってたけど、こいつはどうやら違うみたいだ。
殺しなんてしたくないし、黙って引いてくれないかと思ったけど、やっぱり無理か。
「元王国騎士団10人隊隊長、グラハローウェルが相手になるぜ!」
何?! 今元王国騎士団って言ったか? マリアさんの部下的な人がなんで山賊なんかやってるんだ?
俺が驚愕の表情をグラハがやっぱりなと口元を上げる。
クソっ。嘘ではなさそうだし、本当にやりにくくなっちまったな。でも倒さないとシュレや家族がやられちまうし、彩花に会えなくなっちまう。
「クライン孤児院5男、ベル・クラインがお相手する!」
全力でお前を倒す!
俺は、棍棒を作り中段に構える。
グラハは斧使いで一発必殺のパワータイプだ。スピードは俺のほうが断然早いが、当たれば強化してる状態でもどうなるか分からないだろう。だからって自分から当たりに行ったりしないけどな。だって、怖いし怪我したら嫌だし。
グラハが、斧を右肩に担ぎながらこっちに迫ってくる。
俺は、ヒット&アウェイを採用し、グラハを中心に時計回りに動きながら様子を見る。
グラハは、その場に止まり俺を見失わないように同じ方向に回り始めた。
斧が届かない距離でステップを踏みながら攻撃のタイミングを探す。
3週目に入ったところで隙を作らせるために少しスピードを落とすと焦れてたグラハが突っ込んできた。俺は、落としたスピードをすぐに1段上げ後ろに回って左ひざ裏に棍棒を打ち付けようとする。いわゆる膝カックンを仕掛けた俺に対して後ろに回られることを察していたのかグラハは左足を軸にして身体を回し、風を切りながら斧が俺の顔に迫って来る。しかし、俺の打撃の方が早く当たり、バランスを失った斧は頭の上を通過する。斧を振りながら膝をついたグラハの左膝に棍棒を真上から打ち下ろす。場に「ゴキン!」っと鈍い音が響きグラハの顔が苦痛に歪む。
「これで勝負はついただろ? 今ので左足は動かせなくなったはずだ。降参しろ」
一応、反撃を警戒して射程範囲外に下がってからグラハに声をかける。しかしグラハは脂汗を出しながら斧を支えに立ち上がる。
「何言ってやがる…… 決闘で降参なんてありえねえ! 始めた時点で命のやり取りなんだよ。それにまだ終わってねえだろ」
「そうか……」
こっちの世界では命のやり取りが当たり前なのか? しかし、グラハの目は冗談を言っているようには見えない。
「そんなに……、死にたいのか?」
俺は、その感覚を理解できず、グラハに聞く。
「逆に聞きたい。なんで決闘なのに殺そうとしない? クラインがそう教えたのか?」
「母さんがどうなのか知らないが俺は簡単に殺したくないだけだ」
「なら、覚えておけ。時には殺さないことが生き残るよりもキツイことなんだ。決闘の時に命が残るなんて事があったら負け犬と後ろ指さされることになる。これはすべての種族共通の事でもある」
グラハは、相変わらず額から脂汗をかきながら真剣な面持ちで言う。
「……………………分かった」
本当は殺したくない。だが、グラハは本気で殺してほしいと願っている。さっきの戦闘≪やりとり≫と今の状態で勝ち目がないと考えたのか?
俺は、腹を括って棍棒を槍に変えて握りなおし、切先をグラハに向ける。
せめて痛みを感じないようにと心臓を狙い肩を、腕を、そして手を身体の内側に捻りながら突く。
「そうだ。それでいい」
グラハが何か言った気がしたが、俺は初めて人の命を奪う事に頭が真っ白になっていてよく聞こえなかった。
目をあけると、胸に槍が刺さって絶命しながらも薄く笑っているグラハがいる。
ああ、俺は人殺しになったんだな……
俺の手には、グラハを貫いた感覚が残っており、急に吐き気がして泣きたくなった。
だが、まだ終わっていないと自分に言い聞かせて我慢してフェイの方を見る。
向こうはほとんど終わっていて、シュレが前にブルウォルフを縛った紅い鎖の大きいバージョンで地面に縛りつけられて動けなくなっており、手下たちは死んでいるのか分からないが地面に倒れている。
フェイはシュレの頭の上にいて、前に話で聞いたように後頭部に強い衝撃を与える。すると、シュレの身体が輝き、数秒後、裸で気絶したシュレがフェイの下に現れた。
山賊のリーダーは俺が殺して、手下達は気絶してるか死んだかのどちらかで今は何もできない、シュレも元に戻ったし、みんなは無事。
安全を確認して気を抜くと、視界がグチャグチャに歪み始め、気付くと地面に倒れていた。
…………あれ? なんで倒れてるんだ?
俺の意識は原因を考えてる間に無くなった。
今週から試験期間が近づいているので投稿が遅れるかもしれません。
試験が終わるまでは多分4~5日ペースになると思います。