11 暗躍
次の日の早朝、俺を含む子どもたちはシャロンとマリアさんを見送る為に孤児院の前に集まっていた。
ピースフルまではマリアさんの『飛行』で行くそうだ。理由は、孤児院がラージの森の奥にあり、森を出るにも10km近く離れているため徒歩だと森を抜けるまでに2日はかかってしまうからだ。
そのシャロンは、俺が記憶から創ったフリフリのついた白いワンピースを着て、赤いバレーシューズのような形をした靴を履いている。右手の薬指には入学祝(まだ合格したわけじゃないが)としてエメラルドグリーンの宝石のついた指輪をしている。指輪は、ピースフルに行っても危なくないように集中力上昇、思考速度上昇といった補助効果がついている。シャロンに上げると子供達(特にアリスとトビアス)がほしがったが、みんなにはまだ創っていない。補助装備に頼るともし装備がない時に対応が遅くなってしまうし能力の底上げの伸びが悪くなるからな。まだ、小さいんだしアイテムに頼らずに実力をつけてほしいという俺とフェイの考えだ。シャロンは当分会えなくなるから特例って事だな。ちゃんと、ピースフルに行ってからのトレー二ング方法を書いたプリントを渡してあるけど、どんな場所かは分からないし用心の意味も込めてってところだ。
今は、俺とフェイが遠出に便利だからと言って創った大型のバックを開けて出発前最後の確認ををしている。中には、着替えなどの生活用品や紙を紐で束ねたノートと筆記用具といった勉強道具が入っている。着替えは、下着も含め俺達で片っぱしから創った洋服から選んだ数着と運動の際に動きやすいようにジャージやショートパンツと言ったものを持っていくようだ。洋服は、向こうに制服もあるみたいだし量は必要ないし、運動着も洗濯すれば何回も着れるから少ししか準備していない。ちなみに、試作で作った中にブルマとスパッツもあったんだけど、動きやすいと女性陣に評判で武道の練習の際にはいつも身につけている。
いや、ストフリですか?
この世界では下着をあまり気にしないみたいだし本人達が喜んでいるからいいけど、マリアさん(26歳の顔が綺麗なボン! キュ! ボン!)がブルマってどういう状況≪シチュエーション≫ですか?
これが彩花にばれたらいったいどうなるんだろうか……
「普通は、振られるんじゃね?」
フェイはちょっと黙ってようかっ!
話が戻るが、勉強道具はさっき俺達が渡した物だ。この世界で、紙と鉛筆は高級品で、貴族などの上流階級や学校など教科書や書籍にしか使っていないらしい。一般の人も買えるが、紙やペンを買うくらいなら生活用品を買うといった感じらしい。俺とフェイは、昨日の夜にその事を聞き、森の木を使って半年分の紙と鉛筆、鉛筆削り、消しゴムを準備した。消しゴムはこの世界にはまだ無いらしいが、あったほうが楽なので使い方を説明してそのまま持たせてある。もしかしたら盗もうとする人がいるかもしれないが、学校で派手な荒事は出来ないはずだしシャロンの実力もだいぶ上がっているので大丈夫だろう。一応予備の物も用意して渡してある。その事をシャロンに伝えると俺と妖精型になっていたフェイは優しく抱き締められた。
ただ渡すだけだと、シャロンがいろいろ気にしてしまうので帰って来るときに書いたノートともしあれば参考書を持って帰って来て欲しいと伝えると、「絶対に持って帰ってきますわ!」と言われた。
無理しなくていいんだからな?
出来ればでいいんだからな?
シャロンのことだし言っても無駄だとわかってるから言わなかったけど……
抱擁から解放されると激励の言葉を伝えてシャロンから離れた。俺達の後ろにはシャロンと話をしたくてウズウズしていたみんながいたからな。俺とフェイは、出発するまでの残りの時間を他の人たちに譲り、その光景を遠目から眺めることにした。
少しすると、2人共準備が出来たようで、荷物を持って俺達から少し離れた。
「それじゃあ行って来るわね。向こうで手続きや挨拶があるから、2週間はかかると思うわ。アリスを中心に危険な事はしないようにね?みんないい子にしてるのよ?」
「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」
マリアさんの言葉に全員で返事をする。マリアさんに続いてシャロンも出発のあいさつをした。
「みんな元気でね! 行ってきます!」
「それじゃあ行ってくるわね」
「「「「「「「「行ってらっしゃい」」」」」」」」
見送りの挨拶をするとマリアさんとシャロンは風を纏って宙に浮かびだし、一定の高さに到達すると、一度こっちに手を振って飛んで行ってしまった。
俺達は、2人の姿が見えなくなるまでずっと手を降り続けた。
見送りが終わった後、アリスの指示で孤児院に入り、これからの事についての話し合いが始まった。
「まず、まとめ役を決めようと思うんだけどいい?」
アリスが最初の議題を出した。
「それはアリスでいいんじゃないの? 母さんもアリスを中心にって言ってたしこの中で一番年上はアリスだよ?」
俺は、今更何言ってるんだと思いながら意見した。
「アリスじゃないとして誰がまとめるんだ?」
シュレが、俺の意見を無視してアリスに尋ねる。
「それは、ベルとフェイにやってもらおうと思ってるよ。それならみんなも文句ないでしょ?」
アリスがドヤ顔で俺達の名前を出してみんなに問いかける。
いやいやちょっと待て! そんなんでみんなが納得するわけないだろ!? エリーとかライオとかケインならともかく、シュレとトビアスは反対するんじゃないか?
しかし、シュレはアリスの言葉を予想していたのかやっぱりなといった顔で頷いた。
「だろうな。俺はいいぜ」
「俺も兄貴がいいならそれでいい」
トビアスも普通に肯定する。
普通にオッケーしちゃったよ! 何でだよ。俺年齢的にはこの中で一番年下だぞ? こんな幼児にまとめられたくないだろ?
俺はみんなに何で俺なのか聞き返すと、「この中で一番しっかりしてるし」やら、「頼りになるし」と言った意見が出た。
「この中で一番魔法が上手いし、武術も教えてくれてるし頭もいいし反対する人なんていないよ。それに、今まで色々教えてくれてるのにいまさらじゃん?」
アリスが理由を述べるとみんなが一斉にうなずく。
「まあ、いいじゃねえか。精神の年齢は俺達のほうが全然年上だしみんなが納得してるんだからよ」
フェイまでそんなことを言う。みんながいいならいいだけどさ。
「はぁ~、分かったよ。それじゃあ母さんが戻ってくるまでは俺とフェイがまとめ役をやるよ? みんなそれでいい?」
「「「「「「いいよ~」」」」」」
「まかされたぜ! みんなマリアが帰ってくるまでよろしくな!」
フェイは、自分が責任者になって気合いが入ったようだ。俺も何事もないようにしっかりしないとな。
「よし! まずは係分担から決めようか」
俺は気を引き締めるとこれからの生活に関するルールを決めに入った。
---フロン村sideーーー
ラージの森を抜けて半日ほど歩いたところにクライン孤児院がお世話になっているヒト族が暮らす村がある。人口は600人を超え村と呼ぶには人が多い気もするが、村の周りは村民が開拓した畑で囲まれており、畑から収穫されたもので生計を立てているためあえて村と呼ぶことにする。村は活気にあふれていて、王都や戦争が終わってから姿を現し始めた他種族の商人、特に獣人族の商人が他人数で訪れるため、商業が非常に盛んなのがこのフロン村の特徴である。また、フロン村は他種族に対しても気兼ねなく過ごせる珍しい村であるという特徴もある。戦争が終わって数年がたったが戦争の遺恨が残っており、多くの村や街では他種族に対して軋轢がある。そのため、他種族の地域に進んでいこうとする者が少なく交流があまり進んでいない。
そんな中フロン村がこんなに外向的なのには理由がある。フロン村は獣人国との国境が近く、戦争の際には兵士が駐留して様々な問題が上がっていた。そんなときに獣人が襲撃してきて兵士を倒され村民は死を覚悟したが、獣人の兵は物を奪わず、村民も一人も殺さずに家屋などの壊れた場所を修復していった。最後に獣人の代表者らしきうら若い女性が「我々はあくまで平和を望んでいる。今は戦時中で難しいかもしれないが、将来戦争が終わったら我々と交流してほしい」と言って獣人は村を去って行った。その代表者は獣人の国の第2王女であり、停戦協定の際の獣人代表を務めたであったエンジェ・ハルトであったと知るのは戦争が終わって半年程経った後だった。その後も、偶にお忍びで村に訪問に来ていたエンジェと触れ合った事と、戦時中の事もあり他種族に対してあまり悪い印象をもっていないことが理由であった。
商人が多く訪れるのには別の理由もあり、この村では非常に美味で珍しい食材が出回っているという噂を聞きつけて、それを一目見ようと、あわよくば商品として扱おうとする人がいるからである。
その噂を聞きつけてガラの悪い20人前後の集団がフロン村に来ていた。集団は全員ヒト族の男性で30代から40代の集まりだ。着古して様々な箇所に穴があいた茶色い服を着ていて顔には無精ひげが生えている。その中でも、一回り大きい体格の大きい首領らしき男性が他の部下らしき人にその珍しい商品に関しての情報を集めるように指示を出していた。彼らは、近隣を拠点にしている有名な山賊であり、商品の出所をつかみ独占しようと考えていた。
「おい! 情報はまだ手に入れられねえのか!?」
村に入って3日が過ぎており、いまだに詳しい情報が手に入れられていないことに苛立ちを覚えていた。
「すいやせん! 商品を売っている奴までは分ったんですが、どこから来ているか知っているにがいなくて……」
部下の1人がすまなそうにしながら現状報告をする。
「能書きはいい! その売っている奴は誰だ!?」
「へえ、マリア・クラインって女らしいです」
「何!? マリア・クラインってあのマリア・クラインか!?」
「どのマリア・クラインかは分かりやせんが、20代前後のヒト族の女らしいです」
「そうか…… 分かった。そのまま他の情報を探ってくれ」
「了解しやした!」
部下Aは返事をすると、人混みの中に消えて行った。
(まさか、魔法剣士のマリアがこんな所にいるとは…… どうするか、ここは止めておいた方がいいか?)
首領は、商品の出所が自分の知っているマリアだと確信すると、これからどうするか思案に入った。
マリアはヒト族では稀な魔人と同等の魔法を扱える使い手だった。その魔法を状況に合わせて使いこなし、戦時中は国に貢献し、終戦後は、冒険者としてギルドに所属し活躍した。しかし、数年前に突然姿を消し、それ以降はたまに見たと言う噂を聞く位だった。
今の部下は、一般人に毛が生えたような実力で返り討ちに合うのは必至。仮に商品がマリアと関係なかった場合はやられ損。はっきり言って全く割りが合わないのだ。
(この件から手を引く事も考えておかないとな)
首領は、新しい情報が入ってくるまで頭を悩ませるのだった。
その数日後、マリアが孤児院を開いていて近くの森の深部に存在すること、現在マリアは所用のため孤児院を離れており1週間は帰ってこないこと、そこの孤児院で商品を栽培しているという情報を部下が手に入れてきた。首領は、情報を聞いて孤児院に向かう事を決めすぐに装備を整えさせるとラージの森へと向かった。
村を出発した日は、マリアがシャロンとピースフルに向かって2日が経過した頃だった。