1話 灰の玉座、終わらぬ業火
「……クハッ!」
魔王マルバスが激痛と共に、冷たい空気を肺に吸い込んだ。
心臓があるはずの胸を見るが傷一つない。
だが、聖剣に灼かれ、肉が爆ぜたあの悍しい感覚だけは、魂に深く深く刻み込まれていた。
つるりとした皮膚に違和感を禁じ得ない。
「……また、戻されたか」
先ほど流したはずの自身の青い血は、彼の苦痛も戦いの意味も最初から存在しなかったかのように、すでに塵となって消えている。
「……魔王、様……」
背後で、力なく声をかける骨がいた。
「……私は、今度で何回死んだ?」
「数えるのは……おやめなされ。心が壊れてしまいます」
重厚な扉の向こうから、聞き飽きた足音が響いてくる。
コツコツとまるで散歩に出かけるような気軽さだ。
扉が開く。
「またか、魔王。何度蘇ろうと、僕たちが君を討つだけだ」
聖剣を構え、冷徹な目でマルバスを見据える。
勇者の言葉に、マルバスは自嘲気味に口元を歪めた。
(お前たちが俺を殺しているのではない。この世界が、俺たちを殺し合わせているのだ)
立ち上がり、漆黒の魔力を練り上げる。
意思とは関係なく、肉体が最適行動を取り始める。
「来い、人間。この永劫の地獄に、終わりがあるのならな……!」
絶望を隠した咆哮が、冷え切った玉座の間に虚しく響き渡った。
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「……三百四十二回目」
魔王マルバスは目覚めると同時に、その数字を心の中で刻んだ。
胸の痛みを無視し、すぐに立ち上がる。
彼にはもう、絶望している時間すら惜しかった。
「魔王様、また勇者が扉の向こうに……」
「構うな。ホネ。お前に最後の命令だ。私が陣を描く間、三十秒だけ時間を稼げ」
マルバスは玉座の床を爪で引き裂き、自身の血で「魔法陣」を描き始める。
何度も殺される中で、彼は気づいてしまった。
再生が処理される一瞬だけ、世界の根幹へのアクセス権が解放されることに。
「違うな…ならば…完全消去のみか…」
ドォン! と扉が爆破され、勇者が乱入してくる。
「魔王! 往生際が悪いぞ!」
「行かせませぬ!」
骨の側近が「肉の壁」となり、聖剣の光へ身を投じる。
一瞬で消滅する部下。
だが、その犠牲で稼いだ三十秒で、マルバスは陣を完成させる。
「――世界よ、我が命を消去せよ」
聖剣がマルバスの心臓を貫くと同時に、魔法陣が禍々しい漆黒の光を放った。
いつもなら即座に始まる「肉体再構成」が、エラーを起こして停止する。
【警告:対象の存在証明に致命的な欠損を検知しました】
【再構成を中止し初期化します――】
視界が真っ白に染まっていく。
痛みが消える。
世界から、自分という痕跡が剥がれ落ちていく。
(これで、ようやく終わる……)
消えゆく意識の淵で、マルバスは確かに勝利の笑みを浮かべていた。




