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6.ほうれん草とベーコンのケーク・サレ

「え、ここ……ですか?」


 案内された部屋は『個別キッチン』として想像していたのとは規模がすでに違っていた。子爵家である自宅のキッチンに迫る大きさの部屋が作られてしまっている。壁沿いには最新型の魔導キッチン用品が並び、すばらしく大きなダブルシンクの横にはこれまた大型の……。


「これはまさか、出たばかりと噂の!」

「冷凍冷蔵庫だな。兄が都合をつけてくれた。厨房用のものよりは劣るが、ふたり分としては十分だろう」

「本当に一体型なんですね!うわ、すごい……」


 ドアをパタパタと開け閉めする。確かに厨房機器としての冷蔵庫と比べるとコンパクトだけど、ふたり分……ん?ふたり?


「あの、自分の料理は侯爵様専用では」

「君も食べたらいい」

「それでは、せっかく放出した魔力が戻ってしまいます」

「ああ、そうか……そうだったな」

「まぁ、おひとり様分としてもそこそこだとは思います。良い機器をそろえていただき、ありがとうございます」


 一番大事なことを失念されていたらしい。それにしても、ここにすでに食材が入っているのはどういうことだろう。


「あの、私の異動は本日時点で決まっていなかったと思いますが……結構な食材が入っていますね?」

「今日、試しに何かを作ってもらえたらと……」


 俯き加減にそういう侯爵様。期待してらしたんですね。


「ええと……じゃあ、あとであたため返していただけるような、簡単なものを作ってみましょうか」

「お願いできるか」


 ぱっと顔を上げた侯爵様はとても嬉しそう。はらぺこの気持ちはわかるので、これは頑張るしかない。

 何か食べやすく、おいしいものを……そうだ、あれはどうだろう。思いついて食材をチェックする。ほうれん草と玉ねぎ、たまごにチーズと牛乳。うん、大丈夫そう。調理台に食材を並べると、見ていた侯爵様がぽつりとなにかつぶやいた。


「いま、何かおっしゃいました?」

「ほうれん草は苦手だ、と言った」


 侯爵様が痩せているのは、どうやら好き嫌いにも原因があったようだ。というのは、実は昨日、隊長さんから聞いた話。幼少期は吐き戻しの発作もあって辛かったらしく、そのまま『食べたくないから食べない』というスタイルに落ち着いたらしい。


「侯爵様が管轄なさる騎士団の皆様には、「よく食べるように」と通達が来ていたと思いますが」

「私が出しているな」

「侯爵様ご自身は召し上がらないのですね」

「……必要ないと思っていた」


 思っていた、ということは。


「これからは私のお食事をたくさん召し上がっていただけるよう、がんばりますね」

「いや、魔力さえ乗せてもらえたら、普段のままで」

「いえ。あまり少ないとそれほど魔力を乗せることができません。たくさん召し上がってください」

「……」


 それは苦虫をかみつぶしたような、心底面倒くさい、という顔。


「それと、自分が作りたい料理の方が魔力が乗りやすいんです」

「より多く魔力を摂取できる、ということか?」

「おそらく。今までおひとりに向けて作った事はありませんでしたが……」

「そのために転職を要請したんだ。……仕方ない、僕も努力する」


 それまで後ろに控えていたセドリックさんがぴくり、と反応した。


「主人は力もですが体力面も心配ですので、普通にお食事していただけると嬉しいです」

「まぁ、ほどほどに。……では僕は仕事に戻ることにします」

「はい。出来上がりましたら、セドリックさんへお任せしていきますね」

「よろしく、お願いします」


 少し怪訝な表情をしながら、侯爵様は部屋を出ていった。さて、料理にとりかかりますか。

 侯爵様は厨房を出ていった。セドリックさんから魔道具の説明を一通りしてもらう。


「これで、だいたい大丈夫でしょうか」

「はい!なんとかやれそうです。ありがとうございます。それにしても、侯爵様もお腹が空いてそうでしたね」


自分ほどではないかもしれないけれど。


「いえ、あのように食事に意欲を持たれたラウル様は、初めて見ました」

「……セドリックさんは、侯爵様がお小さい頃からこちらで?」

「はい、主人の側にと歳の近い私が選ばれました。本日はとても貴重な日となりそうです」


 そこまで言われては、頑張らないわけにはいかない。


「魔力が欲しいのですね」


 打算で言えばそこがポイントだろう。


「奥様も魔力の面ではご苦労なさったと伺っておりますが……」


『きゅるるぐううぅぅ……』


 このタイミングで鳴らなくても……!


「す、すみません……私のはこんな、どうしようもない状態で……。ええと、お腹が空いたのでお料理を作ってもいいでしょうか?」

「「はい!よろしくお願いいたします」


 元より厨房の視察ということだったので、調理服は持参していた。部屋を借りて着替えると『仕事だなぁ』と思えて、とてもよい。この転職はやはり、天職を得たのだ。と、なれば。


「よし!侯爵様のおなかを何としても満たすわ!」


 気合を入れなおして、調理台の前に立つ。騎士団でもそれなりの材料を触ってはいたけれど、さすが侯爵邸だけあってそれ以上だ。野菜もひとつずつがとても綺麗で、処理もしやすい。


「下準備のお手伝いをしてもよろしいでしょうか?」

「えっ助かります!計量とか手伝っていただけます?よろしくお願いします」


 セドリックさんが材料の計量をしてくれるのだが、なかなか手つきがいい。その手元を確認してから、野菜を下ごしらえしていく。ほうれん草は洗って茹で、玉ねぎとベーコンを刻む。せっかくのいいベーコンだから厚切りにしてふちが軽くカリっとするくらいまで炒める。玉ねぎはベーコンから出た油でさっと炒め、冷ましておく。


 計量してもらった牛乳に卵を加え、小麦粉を少しずつ入れながら滑らかになるように混ぜていく。小さく刻んだチーズを入れて混ぜ合わせ、塩コショウで下味をつけた中にベーコンと玉ねぎ、ほうれん草も加えてなじませた。これをバターを塗った型に流し込む。


 この辺りで、自分のおなかの音がようやく気にならなくなってきたことに気づいた。騎士団の厨房のように時間に追われていないせいか、料理に集中しているからだろうか。不思議と今まで『どのタイミングで魔力が流れ込むのか』はっきりとはしていなかったけれど、こういう段階から徐々に手先の道具を伝って流れていくのがわかる。身体がすっと軽くなるのだ。


「あとはオーブンで30分ほど焼いていきましょう」

「はい、温めてあります」


 さすがセドリックさん、料理までめちゃくちゃできる。しかし大きなケーキ型に作ってしまったので、『侯爵様だけに』魔力を渡すにはちょっと量がある。騎士団の量に慣れてしまっているから、ちょっと作りすぎたかもしれない。


「すみません、量の加減がまだできなくて……侯爵様が召し上がってから、こちらの皆様で分けてください。ただ、魔力があるので気をつけて、少しずつで」


 後片付けをしながら、そう声をかけてみた。厨房にはもうすでにパイの焼けるいい香りがし始めている。


「ありがとうございます、気を付けていただきます」

「メイン以外にももう少し、お野菜とか食べてもらえるといいですよね」

「そうですね。おそらく主人は、こちらを一切れでお腹いっぱいとおっしゃるかと……」

「そうなの?!」


 ほんとに?!


「ええ……。なので、ど今後はどうかできるだけ主人の少なめの食事に魔力をご注力願います」


(難しい課題を言われた気分だわ)


 それもまた楽しい挑戦かな、と思っていたらオーブンが焼き上がりの音を鳴らした。


「できましたね、ケーク・サレ。甘くないお食事ケーキです」


 オーブンから取り出したケーキ型は、こんもりときれいに盛り上がっている。バターのあまい香りが漂うそれを、調理台の上に敷いたふきんの上にトンと落とす。さくさくと包丁で型から外し取り出すと、白い湯気がほわりとあたりに零れた。


「これは……なんとおいしそうな」


 ほう、とセドリックさんがため息をつく。魔力を入れるせいなのか、私の料理は『見た目も美味しそう』なのが特徴だった。


「少しだけ、味見してください」


 そう言って、セドリックさんに少し取り分けた。


「おいしい……!」


 もぐもぐと口を動かしながら、とてもおいしそうに頷く。


「えっと……どうですか?」

「これは侯爵様も喜んでお召し上がりになると思います!」


 ほんとかしら?と思いながら、自分でも一口だけ食べてみる。


「うん、おいしい。よくできたわね」


 玉ねぎは甘くやわらかだけど、ベーコンの塩気で食事っぽい。外側のカリカリした食感と、ほうれん草の風味が卵も入った生地でふんわりまとまっている。魔力もちょうどいい感じに入ったようだ。


「それでは私は片付けをしたら退出させていただきます」

「はい。本日も本当にありがとうございました。お早めにお引越しを願っております」

「あはは……はい」

「玄関に馬車を手配しておきます」

「こちらこそ、ありがとうございました」


どうやら侯爵様がこの日、夜食のおかわりをしたらしい、というのは後日聞くことになる。


[続く]

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