4.チキンとポテトのクリーム煮
「あ、明日からでも!って話なんだけどね」
「はぁ、そうなの……いや、びっくりしたわよ」
戻るとちょうど休憩時間だったので、厨房のスタッフにもマシューさんにも事情を根掘り葉掘り聞かれるが、掘るほどの情報は自分にだってない。むしろ降ってわいた願ってもない職場からの要請に、まだ頭がぼんやりとしてしまうくらいだ。と、そこに一人の騎士さんがやってきた。
「エルヴィラ、いる?あ~いたいた」
「はい、なんでしょう」
『ぎゅううくるる』
緊張が解けてきたせいか、お腹が空いてきたのを思い出すように鳴ってしまった。
「腹でも返事か。えーと、なんかエルヴィラに侯爵家から客というか使者というか……そんな人が来てるんだけど、出られる?」
「えっ」
今日の今日で、何か忘れていたことでもあったかしら。と急いで身支度を整えて玄関ホールに向かう。そこには何やら立派な雰囲気の紳士が立っていた。騎士団の古ぼけた雰囲気の建物とは馴染まない感じだ。
「エルヴィラ・オルセー様でいらっしゃいますか」
「は、はい」
簡単に礼を取ろうとすると止められる。
「私は侯爵家の使用人でセドリックと申します。どうぞそのままで。主からの伝言をお伝えに参りました」
「伝言、ですか」
「はい。できればでいいのですが、『今日の夜食を作ってもらえないだろうか』とのことなのですが、ご都合はいかがでしょうか」
「お夜食ですか。ええと、こちらの食事を今から作るのですが、それと同様のメニューでも構いませんか?」
「ええ、もちろんです。お願いできますでしょうか」
「はい、大丈夫です」
とたんにホッと息をつく。そのくらいなら何の問題もない。と、思ったのだけれど。
「ありがとうございます、出来上がるまで待たせていただけますか?」
「あーええと、作るにしても食堂になるので……そちらでお待ちいただいてもいいでしょうか」
「ありがとうございます、そうさせていただきます」
そんな訳でセドリックさんには食堂の片隅に座ってもらい、厨房でいつものように食事の支度を始める。食堂へやってくる騎士さんがちらちらとセドリックさんを気にする様子が見えるが、その都度、最初に案内をしてくれて一部始終を見ていた騎士さんが説明をしてくれているようだ。まぁ噂に、なりますよね……。
「あの執事さんさ」
「執事さんなんですかね」
「なんでもいいよ。エルヴィラの異動を騎士団に匂わせるために来たんじゃないのかね」
「ええ~まさか、そんな」
じゃがいもの皮を剥きながら目線を上げると、セドリックさんがこちらを見ていたようだ。会釈をして仕事に戻る。
まずは今夜の食堂の食事だ。自分もすっかりお腹が空いてしまったことだし、と小腹にクッキーをつまんだから、お腹の音はしばらく大丈夫なはず。侯爵様の分も下ごしらえは一緒にしてしまうことにした。
マッシュルームをきれいなふきんでそっと拭きとり、玉ねぎを薄切りにしていく。皮を剥いたじゃがいもは厚めにスライスするけど、今日は水にさらさない。なんとなくだけど、その方がおいしい気がする料理だから。
野菜の次はチキンにフォークをぷすぷすと刺していく。塩をもみこんで出てきたドリップをきれいに拭き取り、これを一口大に切って小麦粉をまぶした。ここで侯爵様の分だけとてもいい部位を選んだことは、騎士団の方々には秘密だ。
熱くしたフライパンにバターを落とし、玉ねぎが薄く色づくくらい炒める。マッシュルームも加えて火を通し、野菜は取り出しておく。
その鍋を軽く拭き、今度はチキンを皮目を下にして入れた。弱火でじっくり焼いていくと、いい香りが厨房に漂い始める。皮にいい焼き色がついたところで裏返し、炒めた野菜を戻す。さっとチキンの油を吸わせたところに、こちらは別に準備してもらっていたホワイトソースを加える。上からスライスしたじゃがいもを乗せ、さらにホワイトソースではさみ、これを蓋をして蒸し焼きにする。
工程の各所で少しずつ魔力を加えているけれど、加減をしないと味にも少し変化があるようなのでそれも気を遣う作業ではある。本当はもっとこう、派手にドーンと入れてしまいたいのだけれど!
「あ、でも今日はこの後でお楽しみがあるんだった」
小さく呟きながら、順番に作成中の別の鍋にも魔力を注いでいく。気づくと厨房の外から、セドリックさんが騎士さんたちと一緒に覗き込んでいた。侯爵様の分は、もうちょっとお待ちください。
食堂で出す料理が一段落したので、取り分けておいた侯爵様用の材料を冷蔵庫から取り出す。今夜の食事はボリューム感があるので、あまり量を多くしないように気をつけなくては。
「それっぽっちかい?」
「ええ、マシューさんなら一口分かしら」
「そうかもね!あっはっは」
厨房が片付けでさわさわとする中、さっきより小さめのフライパンを準備する。作り方はさっきと同じだけれど、調理中の魔力注入の配分を気をつけていく。あと魔力多めにというリクエストは強く継続とのことなので、遠慮なく注ぎ込みます!
さっきは大量だったのもあり、厨房のスタッフにホワイトソースを作ってもらったけれど、こちらは一から十まで自作する。
といっても作り方は簡単で、フライパンに小麦粉を入れ、温めながらミルクを少しずつ加えてとろりとするまでのばしていく。隠し味に練乳をほんの少し加え、沸騰しないように気をつけつつバターを加えてゆっくり混ぜる。あとは塩こしょうで味を整えたら準備OKだ。
気持ち多めに魔力を注ぐと、自分の空腹感が治っていくのは奇妙なことのようにも思える。これを3食していいのなら、今のように食事の量や間食を増やさなくてもちょうどよく過ごせるようになるのかもしれない。
そんな侯爵家での生活を夢想している間に、目の前のチキンはきれいなキツネ色の焼き目がついており、慌ててひっくり返した。さっきと同じように野菜を加えて、ここに先ほどのホワイトソースを加える。
一人分の料理に魔力を乗せる時、いつもよりほんの少しだけ丁寧な作業になる。これがなんだかわくわくと楽しく、空腹感をさらに減らしてくれる。きっと今日はいい魔力が乗ったはずだ。
ぐつぐつと煮込む間に、持ち帰ってもらうための皿を準備することにした。侯爵家が王城からそう離れていないとはいえ、馬車で持ち替えればそれなりに冷めてしまう。今日の料理は冷めてほしくなかったので、保温ポットに入れることにして、中にお湯を入れて温める。
騎士団の遠征用保温ポットは優秀な魔道具で、熱いものを入れれば数時間はそのあたたかさを維持できる。その分、材料に火を通しすぎないように気をつける必要はあるけれど、クリーム煮だから温かいままで召し上がっていただける方がきっといい。
ポットにクリーム煮、夕方に焼いたパンを添えてお弁当のセットができた。
「セドリックさん、お待たせしました。……って、あれ?」
「すみません、おすすめいただいて私も食事をとらせてもらっていました」
なんと待たせている間に、いつの間にか騎士さんたちと食事に参加していたらしい。すっかり皿をピカピカにして、同じテーブルの騎士さんたちと談笑していた。
「こちらをいただいて、エルヴィラ様のお料理のすごさがわかりました。それにとてもおいしいです。今日の食事も、主人もきっと喜びます」
「もしそうなら、嬉しいです。パンはお召し上がり前に、少しあたため返してくださいね」
「はい、厨房に必ず伝えます」
セドリックさんもぺろりと食事をたいらげてくれたので、おそらく魔力の増幅は感じているのだろう。入ってきた時の緊張感のある表情が一段ゆるんでいる。いそいそとお弁当を持って食堂を出ていく後ろ姿を見送った。と、急に周りに騎士団のみなさんが寄ってくる。
「エルヴィラ、どうしたんだ?侯爵家から弁当頼まれるなんて」
「俺、昨日も今日も侯爵様の馬車を見たぞ」
「もしかして……」
「まさか……」
「「 結婚、とか!!! 」」
ち
「違います!!!転職です!!!!!」
食堂が大騒ぎになったのは、いうまでもない。
[続く]




