10.おなかにやさしいスープです
侯爵様が発熱した。
おそらく今回の出撃の疲れと急激な魔力を保持したことによるもの……らしい。お茶を持ってきてほしい、と言われて準備し侯爵様の部屋に入ると、ちょうど診察が終わったところらしかった。
「無理されたんでしょう」
「無理はしていない」
「では無茶を」
ふい、と顔を逸らされてしまう。表情を見られなくないのだろう。
「食事はできそうですか」
「君の作ったものなら」
まだそこにいる医師に向き直り、確認を取る。
「魔力入りの食事をしても、大丈夫ですか?」
「ええ、それは問題ありません。ただ、消化の良いものにしてください」
「わかりました」
侯爵様にぺこりと頭を下げ、医師と一緒に部屋を出た。
「先生、ほかに何か食事で気をつけるようなことはありますか?」
「熱以外は健康なようです。魔力を得て嬉しかったのでしょう」
「……ええと、知恵熱みたいな」
「まぁ、はい。はっきりと私の口からは」
「わ、わかりました……」
どうやら病気の心配はしなくていいらしい。食事の制限もないらしい。でも今は消化のいいものがいいらしい、と。
「さて、じゃあ何か作りましょう!」
侯爵邸の「自分の厨房」に戻って気合を入れる。
引越しをしようとしたタイミングで侯爵様が倒れたので、まだ自室の引越しが終わっていない。とりあえず私物の調理道具だけを持ってきたところだ。
「消化のいい食事、って……スープとかでいいかしら」
野菜とチキンの滋味のあるスープ。よし決定。でも材料が足りないので、本館の厨房にちょっとお邪魔する。
「こんにちは」
「エルヴィラさま、いらっしゃいませ。何か御用ですか?」
「はい、ちょっと食材を分けていただけますか?」
何なりとどうぞ、と食糧庫に案内してもらえたので、遠慮なくささみと野菜を貰い受ける。いつきても素晴らしい食糧庫。野菜の鮮度も申し分ない。
侯爵様は元々それほどこちらで食事をされていなかったため、自分がきても厨房の予定にはほとんど影響がないらしい。派閥争いに巻き込まれないのはありがたい。
「侯爵様の食の細さにはお小さい頃から悩みました。エルヴィラ様のおかげで食事ができるようになり、厨房全員、喜んでいますよ」
「皆様のご苦労、お察し申し上げm」
『キュるグゥぅぅぐぐぅぅ』
しまった……お腹で続きを言ってしまった。厨房の皆様が必死に笑いを堪えている。
「あの、いつもこんな感じなので、どうかお気になさらず……」
恥ずかしさで俯くのも久しぶり。早くお互いに慣れたいものです……。
改めて小さい方の厨房へと戻る。ひとりきりの空間なので、お腹は鳴らし放題だ。というかお腹がすいてきつくなってきたので、パンを切り分けながら端っこをちょっとだけちょうだいする。うん、おいしい。これは味見。
改めて、手を洗ってから作業開始。今日は消化にいいものだから、スープにすることにした。野菜とチキンをくたくたに煮てしまおう。味付けは後で考えようかな。
いつもならマシューさんと相談しながら作っていた料理、これからはずっと一人で作るのかぁ、と少し寂しい気持ちになった。
「いやいや、お仕事だからこれでいいんだよね。じゃあまず玉ねぎを刻んでっと~」
『ぎゅるるぅぅぅくうぅ』
十分にお腹が空いている。早く始めなくてはと調理台へ向かったところで、まな板も鍋も新品だということに気づく。
「そういえば、最初から新品のものを使うのは初めてかもしれないわ……上手にできるかしら」
玉ねぎを薄く切り、鍋に入れて弱火でじっくり火を通す。うすくきつね色になったくらいで水と白ワインを少し足して、刻んだ生姜をほんの少し加える。旬のキャベツはざく切りにして鍋に重ね入れ、蓋をして少し蒸す。この間にささみを軽く茹でてから小さく割き、薄く刻んだにんじんと一緒に鍋に加えた。
「うわ、キャベツがきれーい!」
鍋の中のキャベツが蒸されて、春の新緑のように光っている。なんだかちょっと嬉しくなりながら、水をひたひたになるまで足して、塩と砂糖をほんの少し。一緒に魔力を、ちょっと多めに。……だいぶ調味料じみてきたな。と思いつつ。
「蒸した方がキャベツが柔らかくて甘くなるんだよね」
一枚つまみ食いをしながら味を整え、もうちょっと煮ることにして蓋をする。最後に普段ならスパイスを加えるところだけど、今日は仕上げにミルクを加えて火を止める。よし、お腹の減り具合もゆるやかになってきた感じ。ちょうどよく魔力を消費しているかも。
「これとパンでいいかな」
合いの手の入らない会話に、ちょっとため息。いやいや食器を出そう、と思って初めて戸棚を開けてみる。騎士団では見なかったような美しい食器の数々に一瞬、圧倒される。その中から小さめのスープカップとパンを並べるお皿を取り出す。パンはオーブンの余熱であたため返したので、ぱりっと温かい。明日はできたてのパンをお出ししたいなぁ。と考えながら盛り付け……にも、魔力を足すのを忘れずに。
「ありがとう、待っていたよ」
一人分をお茶と一緒にワゴンで部屋へお持ちすると、セドリックさんがセッティングをして待っていてくれた。瀟洒なティーテーブルに準備が終わるや否や、侯爵様が嬉しそうに席についた。簡単にお祈りをしてからスプーンでスープをすくう。
「……うん、おいしい」
熱がある割には食欲は衰えていないらしいことにほっとする。侯爵様はおいしそうに、優雅にスープを食べていく。その様子を見ていたら。
『きゅうぅぅぅ』
「あっ……」
侯爵様とセドリックさんの視線が集中する。
「す、すみません……」
「いや。君ももう戻って、食事をしてください。今日はありがとう」
「はい、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げて部屋から下がらせてもらう。早く力一杯の料理を作りたい!と廊下をできるだけ走っていない速度で駆け抜けた。
[続く]




