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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
序章 呼吸が通らない世界へ

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序章第9話 血管を駆ける“圧”

森の静けさの中で、道は深く息を吸う。

静の呼吸を習得してから、肺の中の“動き”が今までとは別物のように感じられるようになっていた。

(……よし、いけるか)

道は右拳を握りしめた。

狙うのは、目の前の大木。

肺で圧縮したマナを、腕を通して拳の一点へ流し込むイメージを作る。

「吸って……止める。圧縮」

胸の奥で圧が高まる。 それを解放せず、右腕の血管へと無理やり押し込んだ。

「ぐっ……!!」

瞬間、右腕が内側から破裂しそうな激痛に襲われた。

血管がミシミシと悲鳴を上げ、皮膚の下でどす黒く膨れ上がる。

熱い。いや、痛い。 まるで溶けた鉛を静脈に注がれたようだ。

「止めなさい!!」

鋭い声と共に、セリアが俺の腕を掴んだ。

彼女の指先から冷涼な気が流れ込み、暴れかけていたマナを霧散させる。

「はぁっ……はぁっ……! あ、ありがとう……」

「馬鹿なのですか、あなたは」

セリアは珍しく声を荒らげ、俺の赤く腫れ上がった腕を睨みつけた。

「今のは自殺行為です。

 あなたは圧縮した蒸気を、出口のない細い管に無理やり詰め込んだだけ。

 あと数秒遅ければ、腕が内側から弾け飛んでいましたよ」

「……くそ、やっぱ単純に流すだけじゃダメか」

「当たり前です。あなたのマナは『爆発力』が強すぎる。

ただ流そうとしても、肉体が耐えきれずに壊れます」

セリアは俺の腕から手を離し、静かに言った。

「道。マナを『運ぼう』としないでください」

「運ぶ……?」

「はい。意識で運ぼうとすると、そこで流れが止まり、澱み、破裂します。

 そうではなく……『道』を作りなさい」

「道……」

「水が高いところから低いところへ流れるように。

 あなたの身体が自然と『そう動く』軌跡をなぞるのです。

 身体に染みついた、何千回、何万回と繰り返した動き……

 それが、最も頑丈な導管パイプになります」

(染みついた、動き……)

俺は自分の掌を見つめる。

思考で制御しようとするから詰まる。

なら、身体に任せればいい。

俺の身体が一番知っている動き。

俺の筋肉と骨が、無意識でも“正解”をなぞれる動き。

(……カバディだ)

道はふっと目を細め、腰を落とした。

構えを取った瞬間、身体の強張りが消える。

「カバディ……カバディ……」

前踏み。後退。横ステップ。

反転。 タッチの伸ばし。切り返し。体幹の締め。腰の入れ方。

(これだ)

筋肉が、骨が、まるで“道そのもの”のように勝手に正解へ導いていく。

肺で圧縮された熱い塊が、さっきのような痛みを発することなく、

踏み込んだ足から腰、背骨を駆け上がり、肩へと滑らかに移動していく。

「カバディ……カバディ……」

一回。十回。百回。

動きは乱れず、むしろ研ぎ澄まされていく。

圧縮したエネルギーが、物理的に骨・関節・筋肉に“乗って”いく感覚。

「……あれ? いま、流れた」

ふとした瞬間、マナが背骨へ、脚へ、腕へ―― 抵抗なく“通っていく”感覚が走った。

道は息を吹き、さらに繰り返す。

動きが速くなる。鋭くなる。

エルフの研究者たちは目が追いつかなくなる。

「ちょ、ちょっと!? 今の見えましたか!?」

「いや……残像しか……」

もはや道は、森の中を “スルッ”“パッ” と音だけ残して跳躍していた。

圧縮した力が、破裂ではなく、身体の動線に沿って導かれていく。

(いける……今なら、通る!)

最後に道は、巨木の前に立ち止まった。

掌をそっと当て、静かに一言つぶやく。

「……タッチ!」

マナが肺から走り、背骨、肩、腕、掌へ。

完全にコントロールされた“圧”が一本道となって流れる。

ドンッ!!

大木の中心に、掌を軸とした円形の穴が空く。

遅れて、重々しい音を立てて木が倒れる。

エルフたちは呆然。

道は静かに、肋骨の内側を確かめるように息を吐く。

「……これが、俺の“圧導あつどう”だ」

自分で見つけた、自分だけの技。

積み重ねと理解が生んだ、異世界の新呼吸術。

ここでようやく、圧導が“概念”から“技法”に昇格する。


序章・第1章・第2章・第3章(各10話構成)までを毎日更新します。

12/18から、1/4までの間投稿予定です。

よろしくお願いします。


また、この作者のもう一つの連載中の作品

「異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?」

https://ncode.syosetu.com/n1424ll/

もよろしければ、お読み頂けましたら幸いです。

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