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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
序章 呼吸が通らない世界へ

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序章第8話 呼吸が“価値”へ変わるとき

虚無獣が森の奥へ逃げていったあと、 広場にはしばらく淡い黒霧が残っていた。

逃げた―― 倒したわけではない。

立ち尽くす俺の呼吸は荒れたままで、 胸の結晶の芽もまだ不規則に脈打っていた。

「……はぁ……っ……は……っ……」

足も震えている。

自分が何かを成し遂げたわけではないことは、はっきりしていた。

(……一瞬、避けられただけだ)

背後を取れたのも、本当に偶然。

もしあの瞬間がなければ――俺は死んでいた。

「我波道、大丈夫ですか?」

セリアが近寄ってくる。

その顔には心配よりも、別の“驚き”が浮かんでいた。

「あなた……さっき本当に、動と静の切り替えを瞬間で行いましたね」

「いや、あれは……たまたまだ」

「“たまたま”であれをできる人はいません。

 あの動きだけで、あなたの価値は証明されました」

価値―― 俺にはいまいちピンとこない言葉だ。

そこへ、リュミエラが魔導端末を抱えて駆け込んできた。

「道さん! 今の、解析できたんです!」

「お、おう……」

「あなた、動の呼吸で肺圧が跳ね上がった瞬間、

 マナ結晶の芽から微量のマナが逆流してるの!」

「逆流……?」

「はい!普通は絶対にあり得ません。

 マナ不導体が“内部でマナを循環させる”なんて――

 世界初です!!」

リュミエラは完全に興奮している。

「道さん、あなたの呼吸は……“戦闘体系”なんです!」

「戦闘体系?」

「そう!

 強さの話じゃありません。

 動の圧縮、静の沈降、肺圧と結晶反応の連動……

 あなたの呼吸は、既存のどの流派にも当てはまらない!」

そこへ、兵士の一人がこちらへ駆け寄ってきた。

「皆さん、伝令です! 女神国から使者が!」

「女神国……?」

セリアが振り返る。

その後ろから、淡い金装飾を施したマントを纏う使者が現れた。

武官ではなく、文官のような立ち姿だが、その目は酷く冷ややかだった。

使者は俺の目の前で止まると、値踏みするように視線を走らせた。

「我波道――異界より落ちてきた“異物”よ。

 貴公がこの世界に穴を空けて来訪した瞬間から……

 我ら女神国は、貴公を監視対象としてマークしていた」

「監視……?」

「左様。

 空間とマナ流を乱す存在など、本来であれば即時排除、あるいは隔離対象だ」

使者の言葉に、場の空気が凍りつく。

リュミエラが息を呑んだ。

「排除って……」

「だが――本日、判断を保留とした」

使者は淡い黒霧がまだ漂う広場を見回し、再び俺を見た。

「虚無獣との交戦にて、貴公は《マナ反応ゼロ》となり――

 さらに体表に“光屈折の迷彩膜”を展開した。

 虚無獣が貴公を視認できなかったという事実は、貴公が虚無のことわりの外側に立っている証左だ」

一歩、踏み込んでくる。

そこには歓迎の意志など微塵もない。

あるのは、実験動物を見るような目だ。

「貴公のその呼吸。

 危険因子だが……使い道があるやもしれん」

「……使い道、だと?」

「そうだ。

 武闘祭グランド・アセンブルへ出頭せよ。

 そこで貴公の“価値”を証明してみせるがいい」

「証明って……俺を大会に出すのか?

 俺、さっきの虚無獣も倒せてねぇぞ?」

はっきり言っておく。 誤解で参加させられても、すぐに死ぬだけだ。

しかし使者は、鼻で笑うように目を細めた。

「倒したかどうかなど、些末な問題だ」

「……は?」

「今年の武闘祭は、単なる力比べの場ではない。

 世界は今、虚無災害に脅かされている。

 既存の戦術が通じぬ今、必要なのは“新たなことわり”だ」

使者は冷徹に告げた。

「貴公の“動と静”を切り替える体系は、どの種族にも存在しない。

 未熟で、不格好で、不安定だが――

 “サンプル”としては興味深い」

(サンプル……扱いかよ)

カチンとくる響きだった。

だが、使者は構わず続ける。

「異界枠として特例で参加を認める。

 各国の猛者たちの中に放り込まれ、貴公のその異質な呼吸がどう機能するか……

 あるいは、ただの欠陥品として潰れるか。

 我々に見せてもらいたい」

セリアが鋭い視線を送るが、口は挟まない。

これは俺への通告だ。

「断れば?」

「この世界にとって“益なし”と判断されれば、元の監視対象に戻るだけだ。

 危険因子としてな」

つまり、選択肢はない。

役に立つか、排除されるか。

なら、答えはひとつだ。

「……上等だよ」

俺が低い声で言うと、リュミエラが不安げに俺を見た。

「道さん……」

「俺は“異物”で、“サンプル”か。

 いいぜ、やってやるよ」

恐怖よりも先に、腹の奥で熱いものが渦巻いた。

カバディを始めたときもそうだった。

マイナーだ、変なスポーツだ、と笑われた。

でも、俺たちは呼吸ひとつで戦い抜いてきた。

「俺の呼吸が、欠陥品か、武器になるか……

 その武闘祭とやらで、はっきりさせてやる」

深く吸い込んで。

ゆっくり吐く。

使者に向けて、俺は不敵に笑ってみせた。

「見極めてみろよ。

 俺の『カバディ』が、この世界でどこまで通用するかを」

使者はわずかに口角を上げたようだった。

「よかろう。

 その意気だけは買おう、我波道。

 武闘祭グランド・アセンブルにて、貴公の“あがき”を期待している」

踵を返し、使者は去っていく。 残された俺たちの間に、ピリついた空気が漂っていた。

リュミエラが憤慨して声を上げる。

「なんなんですか、あの態度!

 道さんを実験台みたいに……!」

「事実だろ。

 俺はまだ、何も成し遂げてない」

俺は拳を握りしめた。

悔しいが、今のままじゃただの異物だ。

認めてもらうには、結果を出すしかない。

セリアが静かに一礼した。

「私も同行します。

 あのような連中に、私の弟子を安売りさせるわけにはいきませんから」

「……頼もしいな」

「当然です。あなたは“伸びる”人です。

 見返してやりましょう、世界を」

体の奥の結晶が、確かな力で脈打つ。

(呼吸でどこまで行けるか……試してみるか)

こうして――

俺の呼吸は、世界の戦場へ歩み出した。


序章・第1章・第2章・第3章(各10話構成)までを毎日更新します。

12/18から、1/4までの間投稿予定です。

よろしくお願いします。


また、この作者のもう一つの連載中の作品

「異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?」

https://ncode.syosetu.com/n1424ll/

もよろしければ、お読み頂けましたら幸いです。

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