後日談第9話 継承と親離れ
「ファイナル・レイド(最終攻撃)。攻撃手、我波 道」
審判人形のアナウンスが流れる。 スコアは同点。
この一本で、勝負が決まる。
「……ふぅー」
道は、深く息を吐き出し、センターラインに立った。
目の前には、3人の師匠。
その中心で、父・巌が仁王立ちしている。
(デカいな……)
道は改めて思う。 物理的なサイズではない。
幼い頃から見てきた、絶対的な「強さ」の象徴。
空手とカバディの師であり、人生の師であり、そして越えられない壁。
これまでの自分なら、足がすくんでいただろう。
だが、今は違う。
背中に、仲間の視線を感じる。
レア、ノワール、バルド、リィナ、ライラ……。
彼らの呼吸が、自分の呼吸と重なっている。
「(一人じゃない。俺の体には今、7人分の意志が宿っている)」
道は静かに踏み出した。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
詠唱と共に、道が敵陣へ入る。
その動きは、今までで一番遅かった。
いや、「静か」だった。
水面を揺らさないアメンボのように、気配を殺して間合いを詰める。
対する巌は、動かない。
ただ、その眼光だけで道の動きを制圧している。
「どこからでも来い。全て叩き伏せる」という、王者の風格。
道が動いた。 右への鋭いステップ。
巌が反応する。
その瞬間、道は急停止し、逆方向へ切り返す。
ヴィクラム直伝の「蛇のステップ」。
だが、巌はそれすら読んでいた。
道の切り返しに合わせて、既に左足を引いている。
完璧な「ライン・コントロール」。
道の進路は完全に塞がれた。
「(……やはり、通用しないか)」 ヴィクラムが眼鏡の奥で目を細める。
「(個人の技量では、ダディには届かない。……さあ、どうする? 道ボーイ)」
行き場を失った道に、巌の右手が迫る。 捕まれば終わる。
その絶体絶命の瞬間。
「(今だッ!)」
道が、信じられない行動に出た。
回避するのではなく、自ら体勢を崩し、倒れ込んだのだ。
「何っ!?」 巌の目が僅かに見開かれる。
道が倒れた先。 そこは、観客席のレアたちが座っている方向だった。
レアが、祈るように手を組んでいる。
その視線が、道と交錯する。
『信じてる』
声なき声が聞こえた気がした。
その瞬間、道の脳内で、仲間たちとの連携が繋がった。
「意志」のパスが回ったのだ。
父さんが叩き込んでくれた『狩人の目』で、最強の獲物の「死角」を見抜く。 そこへ流し込むのは――ノワールの重力制御のような「重心移動」。
リィナの野生のような「爆発的な加速」。
聖子のヨガのような「柔軟な捻り」。
道は、倒れ込む勢いを利用して、独楽のように回転した。
巌の腕の下を、紙一重ですり抜ける。 そして、その回転の遠心力を指先に乗せ――。
パァンッ!!
乾いた音が響いた。
道の指先が、巌の足の甲を捉えた音だ。
「……ぬぅッ!?」
巌がバランスを崩す。
まさか、自分の懐の、一番深い場所に潜り込まれるとは。
「カバディッ!!」
道は回転の勢いのまま、床を蹴った。
自陣へ戻るための、最後のダッシュ。
「逃がさんッ!!」
巌が振り返りざまに手を伸ばす。
その指先が、道の道着をかすめる。
捕まるか。
逃げ切れるか。
その時、道は背中越しに感じた。
父の「圧」ではない。
父の、不器用な「愛」を。
(……ああ、そうか。 父さんはずっと、俺がこうして『背中を見せて旅立つ』のを待っていたんだ)
道は、全力で地面を蹴った。
父の手を振り切り、センターラインへ飛び込む。
「……っ!!」
道の体が、自陣のマットに滑り込んだ。
ピーッ!!!
長いブザーが鳴り響く。
審判人形が、高らかに宣言した。
「攻撃成功! 1ポイント! 勝者、チーム・ウィンド!!」
スタジアムに、静寂が訪れる。
道は、荒い息を吐きながら仰向けに倒れ込んでいた。 天井が高い。
空が青い。
「……やった……」
レアたちが駆け寄ってくる。
「道!」
「勝った!」
「信じられん!」
歓喜の声が渦巻く中、道はゆっくりと体を起こした。
目の前には、巌が立っていた。
最強の父。
その顔には、もう「戦士」の険しさはない。
巌は、静かに歩み寄り、膝をついて道と目線を合わせた。
「……見事だ」
短く、しかし温かい声だった。
「私のタックルをかわしたのは、技ではない。
お前の中に宿る、仲間たちの『支え』だ。
……一人では届かない場所へ、お前は仲間と共に辿り着いたのだな」
巌の大きな手が、道の頭に置かれた。
ポン、と優しく撫でられる。
それは、子供扱いではない。
一人前の男への、敬意を込めた手触りだった。
「……強くなったな、道」
その一言で、道の目から涙が溢れた。
ずっと追いかけてきた背中。
超えられないと思っていた壁。
それを今、ようやく「卒業」できたのだ。
「オゥイェス! 感動的ネ!」
ヴィクラムが拍手しながら近づいてくる。
「道ボーイ、君の最後の回転……あれはもう、私の教えたカバディじゃない。
君だけの『オリジナル』だヨ。 ……もう、私から教えることは何もないネ」
ヴィクラムが、サムズアップを送る。
「道……」 聖子も、目を潤ませながら歩み寄ってきた。
「もう……無茶ばっかりして。ハラハラしたじゃない」
聖子は、道と、その後ろにいるレアたちを交互に見て、ふわりと微笑んだ。
「合格よ。……いい仲間を見つけたわね」
その言葉は、勝敗以上の意味を持っていた。
「あなたがこの世界で生きていけることを、安心したわ」という、母としての安堵。
「……ありがとう、父さん、母さん、師匠」
道は涙を拭い、深く頭を下げた。
「俺は……この世界で、もっと強くなります。 みんなと一緒に」
師匠たちの顔が、満足げに綻ぶ。
そこにはもう、教える者と教わる者の上下関係はない。
互いに認め合い、尊重し合う、大人同士の絆があった。
これは、最強の家族からの「卒業試験」。
そして、道が本当の意味で「親離れ」を果たした瞬間だった。
自ら倒れ込み、回転してタッチする。
師匠の技術、母の柔軟性、父の目、そして仲間の支え。
全てを合わせた道の一撃が、父に届きました。
「強くなったな」という言葉で、涙腺が崩壊します。
そして別れの時。
しんみりするかと思いきや、聖子さんが最後に爆弾を投下していきました。
「孫の顔、楽しみにしてるからね?」
次回、最終話『またね、父さん、母さん、先生』。
レア様が爆発します。




