後日談第8話 激闘! 源流 VS 現代(静かなる対話)
「1ポイント」
審判人形の無機質な声だけが、スタジアムに響いた。
巌は何も言わず、悠然と自陣に立っている。
だが、その沈黙こそが、何よりも雄弁な「答え」だった。
魔族最強の将軍、ノワール・ヴェイル。
聖子によって姿勢を矯正され、万全の体勢で構えていた彼が、たった一撃で、反応すらできずに吹き飛ばされた。
魔法も小細工もない。
ただの「間合い」と「体捌き」だけで、これほどの絶望的な差があるのか。
「……ッ」 チーム・ウィンドの7人が、目に見えない重圧に押し潰されそうになる。
足がすくむ。呼吸が浅くなる。
だが。
「……息を吐け」
静かな声が響いた。 我波 道だ。
彼はセンターラインに立ち、チームメイトたちに背中を向けたまま言った。
「あの人たちは化物だ。個人のスペックじゃ、逆立ちしたって勝てない。
……でも、思い出せ。俺たちは『虚無王』とどう戦った?」
「……繋がった」 レアが答える。
「そうだ。俺たちは呼吸を合わせ、意識を共有し、一つの『生き物』になった。
……相手が『個の極致』なら、俺たちは『群れの極致』で挑むんだ」
道が、深く、長く息を吐いた。
「吸って――」
その声に合わせて、レアが、ノワールが、バルドが、リィナが。 全員が同時に息を吸い込む。
「吐いて――」
全員が同時に息を吐く。 7人の呼吸音が重なり、スタジアムに不思議な共鳴音が生まれた。
恐怖でバラバラになりかけていた7つの心音が、徐々にリズムを合わせていく。
「……行くぞ」
道が敵陣に足を踏み入れた。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
道の動きが変わった。 肩の力が抜け、まるで水面を滑るようなステップ。
対峙するのは、鉄壁の守備を誇る3人の師匠。
その中央に、母・聖子が立っている。
聖子は構えていなかった。 ただ、両足を肩幅に開き、リラックスして立っているだけ。
ヨガの基本、『山のポーズ(タダーサナ)』。
だが、道には見えていた。
その立ち姿が、大地に根を張った大樹のように、微動だにしない絶対的な壁であることを。
「(母さんの『アンティ』は、待つ守備だ。こちらがミスをするまで、永遠に待つ)」
道はフェイントをかけ、左右に揺さぶる。
だが、聖子の視線は道の「へそ(重心)」に固定され、ピクリとも動かない。
小手先の揺さぶりなど通用しない。
「カバディ、カバディ……ッ!」
道が勝負に出た。
聖子の足元への、低いトゥ・タッチ(つま先狙い)。
瞬間。 聖子が動いた。
吸い込むような動作で半歩下がり、道の手を空振りさせる。
同時に、横からヴィクラムがカバーに入り、道の退路を塞ぐ。
「(捕まる……!)」
だが、道は止まらなかった。
空振りした勢いを殺さず、さらに低く沈み込み、床を転がるようにしてヴィクラムの股下をくぐり抜けたのだ。
「オウッ!?」 ヴィクラムが驚いて手を伸ばすが、道は既に自陣へと戻っていた。
「……カバディ。セーフ」
道が息を整える。
ポイントは取れなかった(ボークライン成立のみ)。
だが、無傷で帰ってきた。
「ほう……」 ヴィクラムが眼鏡を押し上げた。
「(今のローリング……ミーが教えた『蛇の動き』と、聖子マミーの『柔軟性』を混ぜたネ?)」
師匠たちの目に、わずかに色が灯る。
言葉はいらない。
その動きだけで、弟子がどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたか、雄弁に語っていた。
攻守交代。
次はヴィクラムの攻撃。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
陽気な男の雰囲気が一変する。 変幻自在のステップ。
どこを見て、どこを狙っているのか全く読めない「幻惑のステップ」。
「(バルド、下がるな。前だ)」
レアが目配せを送る。
「(分かっておる!)」
バルドが前に出る。
ヴィクラムがニヤリと笑い、バルドの足元へ手を伸ばす――フェイクだ。
本命は、後ろにいるライラへのタッチ。
だが。
ガシッ!!
「ホワッツ!?」
ヴィクラムの手がライラに届く寸前、バルドが「見ずに」ヴィクラムの手首を掴んでいた。
いや、違う。
ライラがバルドの背中を押し、バルドを強制的に動かして掴ませたのだ。
「捕まえた!」
「押し出せッ!」
リィナとノワールが即座に加勢し、ヴィクラムを押し出そうとする。
「ノォォォォォッ!!」
ヴィクラムは、掴まれた手首を軸に、信じられない柔軟性で体をねじり、強引に自陣へ指先を伸ばした。
「……ストラグル(もがき)! ラインタッチ!」
審判人形の判定。
セーフ。
ヴィクラムは汗を拭いながら自陣へ戻る。
ギリギリだった。あと数センチで捕まっていた。
「……アメージング」
ヴィクラムが、自らの手首をさすりながら呟いた。
「(視線誘導が効かない……。君たち、目じゃなくて『気配』で繋がってるのか)」
師匠たちの顔から、完全に笑みが消えた。 彼らは認めたのだ。
目の前の7人が、単なる数合わせの集団ではなく、一つの「強敵」であることを。
続く道チームの攻撃。 リィナが飛び出したが、隙のない3人の守備を崩せず、牽制だけして自陣へ戻った。
互いに譲らぬ攻防。 そして、その均衡を破るように――。
「……カバディ」
再び、巌が前に出た。
先ほどとは違う。
「獲物を狩る目」ではない。
「戦士を屠る目」だ。
全身から放たれる闘気が、
スタジアムの空気をビリビリと震わせる。
「来るぞ……!!」
道が叫ぶ。
巌の突進。
それは、ダンプカーが突っ込んでくるような暴力的な質量攻撃。
狙われたのは、チームの要である道だ。
「(受け止めるな! 流せ!)」
道は正面から接触した。
普通なら吹き飛ばされる。
だが、その背中をレアが支え、そのレアをノワールが、さらにバルドが支える。
7人が一直線に並び、巌の衝撃を分散させる『多重の盾』。
「ぬぅッ!?」
巌の突進が止まった。
7人の呼吸が完全に同調し、巨大なクッションのように衝撃を吸収したのだ。
「今だッ!!」
道の号令と共に、7人が一斉に巌を囲い込む。 足首を掴み、腰を抑え、腕を封じる。
魔法などない。
あるのは、互いの筋肉の動きを感じ取り、力のベクトルを一点に集中させる「阿吽の呼吸」のみ。
「おおおおおおおおおおッ!!」
巌が吼える。 全身の筋肉を膨張させ、7人を振り払おうとする。
だが、鎖は切れない。
7人の意志が、鋼鉄よりも硬い絆となって、最強の父を縛り付ける。
「カバディ! カバディ! カバディ!」
審判のカウントが進む。
巌の詠唱が途切れそうになる「……フンッ!!」
。
あと少し。
あと少しで、あの「最強」を止められる。
「……フンッ!!」
最後の一瞬。
巌は、強引に振りほどくのではなく、あえて脱力した。
7人の力が空回りした瞬間、その隙間を縫うようにして、指先だけをセンターラインへ伸ばす。
あと数センチ。 指先がラインにかかるか、かからないか。 その極限の刹那。
「……ッ」
巌の口から、微かに息が漏れた。 キャント(詠唱)が、途切れたのだ。
ピーッ!!!
「守備成功! 1ポイント!」
審判人形の無機質な声が響く。
巌の指先は、センターラインのわずか1センチ手前で止まっていた。
「はぁ……はぁ……ッ!」
道たちが、力の抜けた巌の上で荒い息をつく。
止めた。
あの怪物を、ギリギリのところで押し留めたのだ。
これでスコアは1対1の同点。 勝負の行方は、最後の攻撃手――我波 道に託された。スタジアムに、荒い息遣いだけが響く。
巌は、乱れた道着を直しながら、ゆっくりと立ち上がった。
その表情には、悔しさも、怒りもない。
ただ、静かに道たちを見渡し、短く言った。
「……重かったぞ」
それは、巌なりの最大の賛辞だった。
物理的な体重ではない。
7人が積み上げてきた、信頼と絆の重さ。
それが、源流の怪物を止めたのだ。
道が、汗だくの顔で笑った。
「……言っただろ。俺たちは、一人じゃないって」
戦いは、まだ終わっていない。
だが、この瞬間。
「最強の家族」と「最強のチーム」の間には、確かなリスペクトが生まれていた。
静かなる達人たちの会話は、拳と呼吸を通じて、確かに交わされたのだ。
7人全員で衝撃を分散し、ついに父の突進を止めました!
あの巌が「重かったぞ」と認めるシーン、熱いですね。
スコアは1対1。
勝負の行方は、最後の攻撃手・道に託されました。
父の完璧な守備をどう崩すのか? ヒントは、母から受け継いだ「柔軟性」と、仲間との「パス」です。
次回、『継承と親離れ』。
最強の父を超える時が来ました。




