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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
エピローグ 最強の家族と師

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後日談第2話 父の威厳と、獣人の野生

「……面白いねぇ。魔法も使わずに、あたしたちを転ばせるなんてさ」

スタジアムの芝生から、猫のようにしなやかに起き上がったのは、

獣人族最強の攻撃手レイダー・リィナだ。

彼女の目は、獲物を見つけた肉食獣のように輝いていた。

その背後では、屈強な獣人戦士たちが、喉をグルルル……と鳴らしながら包囲網を敷いている。

彼らの狙いの中心にいるのは、ただ一人。

白い道着を着て、腕を組んで仁王立ちしている巨躯の男――我波 がば・いわおだ。

「おい、あのデカいオッサン。隙がねぇぞ」

「ああ。だが、囲んじまえばこっちのもんだ」

獣人たちがジリジリと間合いを詰める。

その殺気を感じながら、巌は遠い目をして、ふと、隣にいる妻・聖子を見た。

「……懐かしいな、聖子」

その声は低く、地響きのように彼らの腹に響いた。

「ええ、そうねぇ。若い頃、インドの山奥で修行していた時……。  

 ちょうど、こんな感じの虎に襲われたことがあったわね」

「と、虎……?」 リィナが眉をひそめる。

「ああ。野生のベンガルトラだ。  

 もっと牙が鋭く、殺気も濃かったが……『野生の匂い』は似ている」

巌は、まるで散歩中の犬を見るような目で、世界最強クラスの獣人たちを見下ろし、

そして少し照れくさそうに鼻を擦った。

「あの時は、骨を3本ほど折られたが……。  

 愛する聖子を守るためだ。痛みなど感じなかった」

「もう、巌さんったら。ポッ」

聖子が顔を赤らめて、巌の太い腕にぴたりと寄り添う。

「あの時の巌さん、本当に素敵だったわぁ。

 虎の牙を腕で受け止めて……私、あの一撃で落ちちゃったのよねぇ(恋に)」

「ははは。聖子の悲鳴を聞いた瞬間、私のカバディ(狩猟本能)が覚醒したのだよ」

「…………」

「…………」

リィナと獣人たちが、スンッ……と真顔になる。

殺気立った戦場のど真ん中で、まさかの熟年夫婦ののろけ話。

しかも内容が「虎退治」という規格外のエピソードだ。

「……なにこの空気」

リィナの野生の勘が狂い始める。

強いとか弱いとかの前に、この夫婦の間には誰も割って入れない気がする。

だが、巌はすぐに表情を引き締め、再び戦士の顔に戻った。

「……今の私なら、撫でてやるくらいで済むだろう」

「……ナメるなッ!!」

リィナが吼えた。

のろけを見せつけられた上に虎扱い(猫扱い?)された屈辱。

獣人のプライドにかけて、このリア充な大男を狩る。

リィナが自慢の瞬発力で、正面から飛びかかろうとした、その瞬間だった。

ズッ。

巌が、音もなく右足を半歩、すり足で前へ出した。

「――ッ!?」

リィナの足が急ブレーキをかける。

物理的な壁があるわけではない。

だが、巌が半歩前に出ただけで、そこにあるはずの「安全地帯」が消滅し、

喉元に刃物を突きつけられたような圧迫感プレッシャーが生まれたのだ。

カバディにおけるアンティ(守備)の基本技術

――『ライン・コントロール(領域支配)』。

達人のそれは、足の爪先ひとつ動かすだけで、相手の侵入ルートを「死地」へと変える。

「な、なにこれ……近づけない……!」

リィナが冷や汗を流して硬直する。

ならば、と背後から巨漢の熊獣人が動いた。

死角からのタックル狙い。これなら防げない。

だが。

スッ。

巌は振り返りもせず、今度は左足を半歩、後ろへ引いた。

熊獣人はいつも通りのタックルに移った……はずだった。

が、巌の体の中心に向かっていたはずの体は、巌の体スレスレを通り抜けようとしていた。

巌に逃げられたのではない。

「吸い込まれた」のだ。

引かれた足によって生じた空間の空白バキュームに、熊獣人の体が釣られるように前のめりになる。

カバディの『誘い(フェイント)』。

相手の重心をコントロールし、自分の間合い(テリトリー)へと招き入れる罠。

「しまっ……!?」

熊獣人が気づいた時には、もう遅い。

彼の巨体は、巌のふところスレスレを通過させられていた。

そして、その交差の一瞬。

カッ。

巌の足が、絶妙なタイミングで熊獣人の足首にフックした。

派手な蹴りではない。

進む力に、ほんの少しの回転を加えるだけの、最小限の崩し。

「ぐわぁぁぁッ!?」

熊獣人の体が独楽コマのように回転し、空中に放り出される。

頭から地面に激突するコースだ。

この速度で落ちれば、首の骨が折れる。

ガシッ。

鈍い音がして、回転が止まった。

巌が、片手で熊獣人の襟首を掴み、空中で静止させていたのだ。

「……大丈夫か? その速度で転んだら怪我をするぞ」

巌は無表情のまま、熊獣人をそっと芝生の上に下ろした。

まるで、転んだ子供を助け起こす父親のように。

「…………」

「…………」

スタジアムが静まり返る。

リィナも、熊獣人も、他の戦士たちも、言葉を失って固まっていた。

魔法も筋力も使っていない。

ただの「足運び」と「呼吸」だけで、最強の攻撃手たちが子供扱いされたのだ。

「ふむ。守備アンティはこんなものか」

巌はパンパンと道着の埃を払うと、ゆっくりとリィナたちの方へ向き直った。

「じゃあ、次は攻守交代ターンオーバーといこうか」

巌が前傾姿勢をとる。

その瞬間、彼の背後に「巨大な岩山」のような幻影が立ち上がった気がした。

「カバディ、カバディ、カバディ……」

低く、重い詠唱キャント

巌の視線が、端から順に獣人たちを舐めるように見ていく。

品定めだ。

どの獲物から狩ろうか。

どこが一番柔らかいか。

そんな、原始の狩人が持つ「捕食者のハンター・アイ」。

「ヒッ……!」

リィナの尻尾が股の間に挟まる。

本能が叫んでいた。 逃げられない。

狩られる。

食われる。

「……こ、降参!!」

リィナが叫び、その場にゴロンとお腹を見せて転がった。

完全なる服従のポーズだ。

「えっ、姉御!?」

「馬鹿! お前らも早く腹を見せろ! 狩られるぞ!」

リィナの悲鳴に近い指示で、十数人の屈強な獣人たちが、一斉に芝生の上でゴロンゴロンと腹を見せて寝転がった。

スタジアムが異様な光景に包まれる。

世界を恐怖させた獣人部隊が、たった一人の人間の「視線」だけで、ペットのように腹をさらけ出しているのだ。

「……勝負あり、だな」

ヴィクラムがニヤニヤしながら口笛を吹く。

「あらあら、可愛い猫ちゃんたちねぇ」

聖子はニコニコしながら、お腹を出したリィナの頭を撫でた。

「いい子いい子。

 ……あら、毛並みがいいわね。

 ちゃんとお風呂入ってる?」

「ニャ〜ん……(逆らえない……)」

道は頭を抱えた。

「……親父、それ『対・猛獣用』の威嚇だろ。

 一般人にやるなよ。

 あと母さんも、戦場でイチャイチャすんな!」

「む? 手加減はしたつもりだが」

「あら、羨ましいの? 道」

最強の獣人たちを手なずけた父の威厳と、母の愛。

それは、これから始まる「最強の家族」による異世界侵略の、ほんの序章に過ぎなかった。


魔法も筋力も使わず、「歩法」だけで獣人部隊を制圧した父・巌。

最後は全員お腹を見せて降参(服従)ポーズでした。

そして戦場で始まる夫婦ののろけ話……誰も勝てません。

次は、アロハシャツの師匠・ヴィクラムの出番です。

彼が各国のリーダーたちに教えるのは、技術ではなく「性格の悪さ」!?

次回、『師ヴィクラムのカバディ教室』。

スポーツマンシップのギリギリを攻める、大人の授業です。


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