後日談第1話 襲来! 買い物袋を提げた破壊神
「……カバディ、カバディ、カバディ!!」
世界カバディ連盟(WKA)中央スタジアム。
決勝戦の熱狂は最高潮に達し、世界最強の英雄・我波 道が、
次世代チームの守備網を突破しようとしていた瞬間だった。
ピキリ。
青空の一角に、不自然な亀裂が入った。
それはマナの歪みでも、虚無獣の影でもない。
もっとこう、物理的に「硝子を叩き割った」ような、荒々しいヒビだった。
「……ん?」 道が足を止める。
スタジアム中の数万人の視線が、上空の一点に釘付けになる。
パリィィィィィンッ!!!
盛大な音と共に、空が割れた。
そこから現れたのは、3つの人影だった。
一人は、白い道着を着た、巨大な岩のような巨躯の男。
一人は、派手なシャツを着た、褐色の肌の陽気そうな男。
そしてもう一人は――スーパーの買い物袋を両手に提げた、ごく普通のエプロン姿の女性。
「……道ぉぉぉぉぉぉッ!!!」
スタジアムの歓声をかき消す、怒声が響き渡った。
拡声魔法など使っていない。
純粋な腹式呼吸による、鼓膜を震わせる「お母さんの怒鳴り声」だ。
「げっ、げげっ……!?」
道の顔色が、虚無王と対峙した時以上に真っ青になる。
「あ、あれは……?」
観客席のレア・エルフェリアが目を丸くする。
空から降ってきた3人は、魔法も使わずに、猫のような身のこなしでスタジアムの芝生に「スタッ」と着地した。
衝撃波で芝生が円形に抉れる。
「あんたねぇ! 『行ってくる』って言ったまま、もう一年よ!?」
エプロンの女性――我波 聖子が、
買い物袋(ネギが飛び出している)を振り回しながら道に詰め寄る。
「ご、ごめん母ちゃん! ちょっとこっちの世界を救うのに手間取って……!」
「言い訳しない! 夕飯の時間過ぎてるのよ! あの日はカレーだって言ったでしょ!」
「マミー、落ち着くネ。道ボーイも元気そうヨ」
派手なシャツの男――ヴィクラムが、軽薄そうな口調で聖子を宥める。
「そうだな。……少し痩せたか、道」
道着の男――我波 巌は、腕を組んで息子をジロリと値踏みした。
「と、父さんまで……! それにヴィクラム師匠も!?」
道が後ずさる。
スタジアムは騒然としていた。
突然の乱入者。
しかも、あの最強の英雄・道が、子供のように怯えているのだ。
「曲者だ! 確保しろ!」
警備にあたっていたドワーフ兵士たちが、槍を構えて殺到する。
「待て! そいつらはヤバい!」
道が叫ぶが遅かった。
「ヌンッ!」
ドワーフの重戦車のようなタックルが、巌に迫る。
しかし、巌は動かない。
接触の瞬間、巌の体がゴムのようにしなり、ドワーフの突進エネルギーをそのまま受け流した。
そして、呼吸一つ。
「フッ」 軽く肩を当てただけで、ドワーフの巨体が砲弾のように吹き飛び、壁にめり込んだ。
「なっ……!?」 魔法ではない。純粋な「体捌き」と「浸透勁」だ。
「そこのマダム! 危険ですから離れて!」
エルフの弓兵が、聖子に向かって威嚇射撃を行う。
正確無比な矢が、聖子の足元を狙って飛来する。 だが。
「あら、危ないわねぇ」
聖子は買い物袋から大根を取り出すと、まるでハエを叩くように「パンッ!」と矢を叩き落とした。
「!!?」 エルフたちが絶句する。
時速数百キロの矢を、大根で迎撃した?
「ヘイヘイ、危ないヨ〜」
ヴィクラムは、獣人のスピードスターたちが放つ爪の連撃を、まるでダンスを踊るようにスイスイと躱している。
「動きが直線的すぎるネ。もっと腰を使って!」
彼は躱しながら、獣人の肩や腰をポンポンと叩く。
すると、獣人たちはバランスを崩し、ドミノ倒しのように転倒した。
「……な、なんだコイツらは……」
世界最強の連合軍が、たった3人の人間に翻弄されている。
「ええい、私がやる!」 見かねたノワール・ヴェイルが、貴賓席から飛び出した。
「貴様ら、何者か知らんが……私の重力魔法で地に這いつくばれ!」
ノワールが手をかざし、超重力場を展開する。
普通の人間なら圧死するレベルの重圧だ。
しかし。
「……ん? なんか肩が凝るわね」
聖子は首をコキコキと鳴らしただけだった。
「え、ええぇ……? 効かない……?」
ノワールが脂汗を流す。
「体幹よ、若いの」
聖子はニッコリと笑い、ノワールに歩み寄った。
「姿勢が悪いのよ。もっと背筋を伸ばして!」
バシンッ!! 聖子の平手打ちが、ノワールの背中に炸裂する。
「ぐはぁッ!?」
魔族最強の将軍が、たった一撃で白目を剥いて昏倒した。
スタジアムに、完全な静寂が訪れる。
世界を救った英雄たちを、瞬殺。
魔法も、スキルも、常識も通じない。
「……というか、父さんたち、なんで平気なんだよ!?」
道が驚愕して尋ねる。
「ここの空気はマナが濃すぎて、毒みたいなもんだぞ!?
俺は最初、呼吸すらままならなかったのに……!」
「ん?」
巌が不思議そうに眉を上げた。
「ああ、空気か。
多少の毒や異物は、肺に入れる前により分けて吐き出しているだけだ」
「は? より分ける?」
「インドの師匠に教わらなかったか?
『選別の呼吸』だ」
「教わってねぇよ!
なんだよその人間空気清浄機みたいな技術!」
「そういえば、まだ教えてなかったな」
巌は「忘れていた」とばかりに頭をかいた。
「お前は平和な日本で暮らすと思っていたからな。
戦場のような過酷な環境に行くための技術は、まだ不要だと思って教えていなかったのだ。ガハハ!」
「笑い事じゃねぇよ!」
道が頭を抱える。
つまりこの3人は、呼吸一つで毒ガス地帯でも平気で活動できるということだ。
生物としてのレベルが違う。
「さあ道! 帰ってご飯食べるわよ!……と言いたいところだけど」
聖子は周囲の、唖然としているレアやライラたちを見渡した。
「なんか、面白そうな子たちがいるじゃない。
……ちょっと、挨拶させてもらうわよ?」
最強の母と、二人の師匠。
異世界カバディの「源流」にして「頂点」が、今ここに降臨した。
道の本当の受難は、ここから始まるのだ。
空が物理的に割れて、最強の「オカン」が降臨しました。
魔族将軍の重力魔法を「肩こり」で済ませ、エルフの矢を大根で叩き落とす。
虚無王より強いんじゃないでしょうか、この人たち。
道も完全に「怒られる子供」に戻ってしまいましたね。
さて、暴れているのはお母さんだけではありません。
沈黙を守る巨岩・父の巌。
彼が獣人たちと対峙します。
次回、『父の威厳と、獣人の野生』。
野生の獣たちが、一瞬で猫になります。




